313 近江に領地くれ
山城国妙覚寺(三条坊門小路上ル町小路東入) 織田家家臣 森伊豆守可成
傳兵衛の処遇の話が終わり、殿の前を辞すと、傳兵衛と共に宿にしている妙覚寺へと戻り、二人きりで話す。
「父上、久々利の窯は如何なりましょう?」
先ずは久々利の焼き物の話からか?
傳兵衛の茶狂いに磨きがかかってはおらぬか?
「そのまま次郎左衛門に任せようかと思うておる」
今まで傳兵衛の命で、次郎左衛門は勝三郎と共に久々利を見ておったのだ。
下手に新たな人を入れるよりも、傳兵衛にあの辺りを任されて慣れておる次郎左衛門に、そのまま任せた方が良かろう。
「久々利の事はそれで良いかと思いますが、某にも茶器を分けて頂きとう御座います」
元々傳兵衛の肝煎りで始めた事ゆえ、まあ良かろう。
「良かろう。毎年、良き品を数点見繕うてお主に送ろう」
「有難う御座います。あと、伊勢の塩浜の者を幾人か赤穂へ連れて行こうと思うております」
「それは構わぬが何故だ?」
塩浜は傳兵衛に預けている伊勢三重郡の海沿いにある村だが、何故そこの村の者を赤穂へ連れて行く必要があるのだ?
「赤穂にも塩浜を造ろうと思いまして」
「赤穂にも塩を作っておる者など居ろうが?」
「赤穂と伊勢では、塩の作り方に違いが御座いました。伊勢のやり方を少し真似てみようと思いまして」
成る程、確かに所変われば様々な手法があろう。
しかし此奴、殿には塩造りの事を黙っておったな。
こっそり塩で儲けるつもりか、抜け目のない奴だ。
「まあ、良かろう。お主の好きにせよ。残る三重郡四村は、稲田掃部助、堀尾中務、尾藤源内の三人で分け、戸田はそのまま叔父上に、蓮台柳津の地は於勝に任せようかと思う」
掃部助ら三人は譜代という訳ではないが、傳兵衛の元服以前より仕えている者達だ。
問題は於勝だが…
「宜しいのではないですか。於勝にしても今まで蓮台を大過なく治めております。某の家臣の幾人かは於勝に付けます故、問題御座らぬでしょう」
傳兵衛も、於勝に付けている家臣は残していくとの話なので問題は無かろうが…加藤喜左衛門は不安だな。
もう少し真っ当な者に、於勝を支える様に頼むか。
「次いでお主の嫁取りの話だが…」
領地の話も一先ず終わり、傳兵衛の婚姻についての話をする。
「赤松家の姫との話に御座いましたが?」
「うむ。先日、赤松家より送られてきた証人(人質)の姫君だ。小寺家からの養女とは聞いておるが、浦上宗家の事もある故、お主にはその方がやり易かろう。それともやはり備前宇喜多家の姫の方が良かったか?」
浦上宗家の当主である久松丸の母は、小寺家の出だと聞いておる。
備前宇喜多家からも婚姻の打診はあったのだが、傳兵衛は久松丸の後見人の一人となっておる故、小寺家から姫を貰った方が色々やり易かろうと思うたのだが。
「冗談では御座いませぬ。某、この若さで死にたくはありませぬ」
傳兵衛に冗談半分ではなく真顔で返され、戸惑いを隠せぬ。
聞けば宇喜多家の当主である三郎右衛門は、近隣の土豪に娘や妹を嫁がせ、相手が油断した頃合いを見て暗殺する事で家を大きくしておるという。
何と卑劣な、武士の風上にも置けぬ男よ。
赤松家との婚姻を選んだのは幸いであったか。
「ところで、父上。某の田上庄の領有は認められると思われますか?」
あっさりと婚姻の話題は終わり、傳兵衛が欲しがっておる近江国田上庄…黒津や関津周辺の話になる。
傳兵衛は婚姻に思い入れは然程無い様だな。
傳兵衛は己の婚姻の話より、近江の領地が得られるか否かの方が大事か。
「お主が田上庄を欲しがっておるのは殿も御承知であった故、既に大樹と掛け合っておられよう」
殿は元々、田上庄を傳兵衛に任せる算段でおられた様だが、播磨で傳兵衛が暴れた事と和田伊賀守殿の謹慎の話で、未だ根回しが済んでおられぬそうだ。
だが、恐らくは問題なかろうとの話であったが。
全く、傳兵衛も後先を考えず行動に移す故、後事を託された者が苦労する羽目になるのだ。
もう少し大人しく出来ぬものか…
「是非とも田上庄は頂きたいものです」
傳兵衛が珍しく不安気に溢す。
「お主が京に拘っておるのは知っておったが、如何なる訳か?」
伊勢の領地も、川尻よりも水沢を得た事を喜んでおった。
天下に興味がある様にも見えぬし、京近くに領地を欲する理由が分からぬ。
「…父上、此処だけの話に願いますが、某は浅井備前守殿を信用してはおりませぬ」
「何!」
馬鹿な!備前守殿は殿の義弟ぞ。
殿も随分と信用なされておられる。
何を根拠に…
「浅井家は、主家である京極家を乗っ取り六角家をも降して、北近江に覇を唱えてはおりますが、幕府からは未だ京極家の被官扱いを受けております。これに備前守殿は相当不満を持っておるとか。それに加えて、某は越前朝倉家との繋がりも疑うております」
「傳兵衛、お主!」
「無論これは、まだ確証のある話とは言えませぬ故、誰にも話した事は御座いませぬ。この話をしたのも、父上が初めてに御座います。某も真か分からぬ噂を広め、備前守殿を貶める様な真似は致しませぬ。されど、備前守殿が何らかの不満を覚えておられるのは、真の様に御座います。ならば万が一に備えねばなりますまい。そのために田上庄は是非とも領有したく存じまする」
まさか、その様な事があろうか、信じられぬ。
しかし、その話が真であったならば…備えは必要か。




