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討ち死になんて勘弁な  作者: 悠夜
304/554

登場人物11(260~293話)ネタバレ注意

◆森 傳兵衛 可隆

南伊勢攻めから外されて京で政務の毎日を過ごせるかと思いきや、戦に駆り出されて忙しい。


《家族》


◆森 伊豆守 可成

織田家の将として南伊勢攻めに参加。


◆森 於勝

次弟。十一歳。蓮台城城代として、傳兵衛の援軍として出陣する。播磨高砂での戦では、篠原自遁を討ち取る手柄を挙げる。


◆森 於乱

◆森 於坊

◆森 於力

四歳の三弟と三歳の四弟と二歳の五弟。出番はない。


◆森 紹徹

祖父。於勝の後見として、蓮台城で留守番している。於勝の初陣を止められなかった。


◆森 九一郎

九歳になる叔父。於勝ちゃんと共に播磨での戦に参戦。初陣で竹田三河守の首を取る事が出来た。鱸を捕まえる才能がある?


◆営

傳兵衛、於勝、於乱、於坊、於力、菊、藤、松、梅の母。熱心な真宗の信者で、傳兵衛が実悟の美濃下向を実現してくれるのを心待ちにしている。


◆種

◆於立

父の側室。麦、稲の生母と武の母。於立は昨年、法華宗の森立寺を開山させたので傳兵衛の法華宗の僧との話題作りには貢献している…かもしれない。


◆菊

長妹。青木次郎左衛門と結婚し、大森城で播磨に出張中の夫の留守を守っている。


◆藤、松、麦、梅、稲、武

妹達。藤は長沼藤治兵衛と、松は坂井久蔵との結婚が目前に迫っている。


◆森 越後守 成恒

傳兵衛の大叔父。傳兵衛の後見。戸田の領地を任されているが、出番はない。



《傳兵衛家臣》


◆多羅尾 彦市 光太

甲賀多羅尾家の次男。栗太郡の戦では、傳兵衛に伊勢大久保城の谷野衛好の許へ向かうように命じられる。播磨の戦いでは先に播磨へ入り情報収集をする。於勝の初陣に参戦してしまった。


◆森 源八郎 吉雄

森吉成の弟。今年元服したばかり。栗太郡の戦では、傳兵衛に伊勢水沢城の斎藤利三の許へ向かうように命じられる。


◆三雲 三郎左衛門 資持

甲賀三雲家の一族。栗太郡の戦では、傳兵衛に神戸家の三七郎の許へ向かい行軍の許可を貰うように命じられる。播磨の戦いでは先に播磨へ入り情報収集をする。


◆奥田 三右衛門 政次

史実の堀直政。栗太郡の戦いでは勢多に先行し、山岡家の様子を探るよう命じられる。その後は大石庄の妙見山城に残る。


◆本多 弥八郎 正信

傳兵衛の謀臣。栗太郡の戦いでは京に残り、兵糧の手配などを任される。播磨の戦いでは先に播磨へ入り情報収集を命じられる。その後は宇喜多家の対策を任される。


◆建部 伝内 賢文

傳兵衛の右筆。栗太郡の戦いでは京に残り、兵糧の手配などを任され、小荷駄隊を率いて勢多に向かう。播磨の戦いでは先に播磨へ入り情報収集をし、高砂での戦では一隊の指揮を任される。


◆平野 右京進 長治

傳兵衛の外交要員。栗太郡の戦いでは京に残り、兵糧の手配などを任される。


◆長束 安芸守 盛里

勢多の戦いでは、傳兵衛達が勢多川を渡る為の陽動を頼みに、石山城の山岡景政の許へ向かう。


◆大平 上野介 家次

勢多での戦では、平津城の井上重尚への使いとなるが、重尚は既に逃亡した後だった。


◆森 小三次 吉成

傳兵衛の本拠である水沢城に在住。六角義定との戦いでは、傳兵衛の知らせを伝えに来た弟の吉雄と共に出陣し、甲賀野川にて伊賀衆を破る。


◆稲田 次郎兵衛 隆元

傳兵衛の本拠である水沢城に在住。傳兵衛の知らせを持って水沢城へやって来た森吉雄と会い、森吉成と共に斎藤利三に出陣を促しに向かう。


◆斎藤 内蔵助 利三

傳兵衛の家老。水沢城城代。傳兵衛からの要請に従い、甲賀野川へ出陣する。


◆尾藤 甚右衛門 重直

◆山田 八郎右衛門 宗重

◆井上 半右衛門 頼次

六角義定との戦いでは、甲賀野川にて逃走しようとする義定を挑発し釣り出す。


◆仙石 新八郎 久勝

◆岸 新右衛門

傳兵衛の護衛。傳兵衛が関津付近で狙撃され太刀を折られたのを見て、鉄砲玉を斬ったと噂を広めた。


◇山本 修理大夫 尚治

岩倉山本家の元嫡孫。本圀寺の変で父親が三好方に付いた為に廃嫡された為に、傳兵衛の所に仕官した。播磨の戦いでは、山本家から掻き集めた兵を率いて参戦する。

史実では、朝倉攻めに参加し比叡山攻めにも参加。信長と義昭が対立すると義昭側に味方する。静原城に篭城するが光秀に攻められ降伏する。


◆山内 次郎左衛門 康豊

柳津で仕事しているが、京に報告に来ていて留守だった為に、同僚の加藤清重に柳津衆の指揮権を取られてしまった。


◆乾 作兵衛 和宣

蓮台に居る於勝に付けられた傳兵衛の家臣。各務孫太郎と共に於勝の無茶な初陣を止めようとしたが、止められなかった。


◆堀田 新右衛門 正秀

蓮台に居る於勝に付けられた傳兵衛の家臣。傳兵衛からは余程の事がない限り於勝の好きにさせよと言われていたので、於勝の無謀な初陣を止めなかった。余程の事では無かった模様。



《森家》


◆林 小次郎

傳兵衛や於勝の母方の叔父。於勝や自身の初陣を無事に行える様に画策し、無事に竹田株之丞の首を取る。


◆各務 孫太郎

於勝の家臣。乾和宣と共に於勝の無茶な初陣を止めようとしたが失敗し、朱に染まる事を選んだ。どうやら手柄は挙げた模様。


◇豊前 縫九郎

於勝の家臣。自遁との戦で、単騎駆けを決行して一番槍の手柄を挙げ、於勝に名を覚えられた。

史実では、高遠城の戦いに参加して活躍している。




《織田家》


◆村井 民部少輔 貞勝

傳兵衛の上役。傳兵衛に近江国黒津や播磨国へ向かうよう命じる。慌てて傳兵衛の所へ駈け込んで来る人。


◆島田 弥右衛門 秀順

信長からの命令で傳兵衛と共に播磨へ向かい、雑務一切を押し付けられる。


◇落合 平兵衛丞 長貞

傳兵衛の同僚の奉行人。今回は島田秀順の下で働いている。

史実では、京で永禄十二年に奉行人として 連署状を出している。その後は村井貞勝の配下になった模様。



《六角家》


◆六角 右衛門督 義治

没落した六角家当主。弟の義定の興した反乱を家督乗っ取りとして断罪、織田家に協力して近江衆を説得する文を送る。


◆六角 中務大輔 義定

義治の弟、次郎左衛門。観音寺城落城後は伊賀国へ逃げていたが、北畠家の援助を受け、伊賀衆を率い甲賀へ攻め込む。近江の国人衆を扇動するが、兄の義治の反発を受け不発に終わる。戦後は、再び伊賀に逃亡。



《山岡家》


◇山岡 対馬守 景佐

山岡家当主の景隆の二弟で窪江城城主。伊賀衆の勢多侵攻に城主不在の勢多城を守る為奮闘する。

史実では、六角家没落後、織田家に降伏。明智光秀の与力となったり、松永久秀降伏後の多聞城を任されたり、結構仕事をしている。本能寺の変では兄の景隆と共に抵抗した。その後、秀吉に付いたのに、賤ケ岳の戦い後に柴田勝家への内通を疑われて改易。可哀そう…


◇山岡 五郎右衛門 景政

山岡家当主の景隆の三弟で石山城城主の景猶の子。景猶が伊勢に出張中の為、石山城を預かる。伊賀衆に瀬田橋を押さえられ、勢多城への援軍を出せずにいた。

史実では、父親の景猶は改易後、加藤清正、結城秀康に仕え、息子の景重は藤堂高虎に仕えた。室は山岡景隆の娘。



《青地家》


◇青地 伊豆守 高直

青地家前当主の甥。当主の茂綱が伊勢攻めに加わって留守の間に家を乗っ取り、六角義定の反乱に加担するが、六角義治からの制止がかかると素直に蟄居した。

史実では、1573年六角家滅亡後、城を出て加賀前田家を頼り。後に豊臣秀次に仕えた。



《大石家》


◇大石 金右衛門

栗太郡大石庄の領主。隣の関津を手に入れるべく六角義定の反乱に加担するが、関津城城主の宇野源太郎と相打ちとなり討ち死にする。

史実では、大石家は六角家没落時に織田家に滅ぼされている。


◇大石 弾正左衛門 朝良

栗太郡大石家の一族。討ち死にした当主の金右衛門に代わりに大石家を纏め、傳兵衛に降伏した後、当主となる。播磨での戦いでは、後詰めの兵を率いて参戦する。

史実では、織田信長に滅ぼされた大石家を文禄年間に再興し中興の祖となる。忠臣蔵の大石内蔵助の先祖。


♢大石 平左衛門 良定

大石朝良の嫡男。父の朝良と共に傳兵衛に降伏する。播磨の戦いでは戦に出た父に代わり留守を守る。

史実では、秀吉の時代に山口宗永に仕えて朝鮮に出兵し活躍する。一説では、朝鮮出兵時に主君の宗永に功がなく、武功が無意味になった為に怒って大石庄へ戻る。朝鮮より三人の童女を連れ帰ったらしい。



《近江衆》


◇宇野 源太郎 清治

栗太郡関津城城主。攻め寄せてきた大石家、伊賀衆と戦い大石金右衛門と相打ちとなる。嫡男も討ち死にするが、次男の国治は逃げ延びる。

史実では、1570年戦死…だったような。青地家家臣だったから、志賀の陣でかも?


◇井上 越前守 重尚

志賀郡平津城城主。勢多での戦いでは、日和見してどちらにも加担しなかったが、傳兵衛が攻め寄せると城を捨てて逃亡する。

史実では、元亀年間に織田信長に攻められ、城を捨て京へ逃れる。


◇望月 出雲守 吉棟

六角家家臣。義昭の上洛戦に敗れ、逃亡した六角義定に従い共に伊賀へ。甲賀野川での戦いで義定を逃がす為に最後の奉公を行う。

史実では、観音寺城陥落後に甲賀に逃げてきた六角親子を匿い伊賀に逃がす。



《伊賀衆》


◇宮田 長兵衛

伊賀国阿拝郡丸柱の国人。六角義定の反乱に加担し、大石家の協力を得て近江栗太郡の関津、大日山城を落としたが、傳兵衛と山岡景佐に敗れ大日山城に篭城。結局援軍が来ずに降伏する。

史実では、城戸弥左衛門が信長の暗殺に失敗し逃亡した時に、弥左衛門を裏切り毒を盛って捕縛し、織田家に差し出した。


◇家喜 下総守 吉近

伊賀国阿拝郡西ノ沢の国人。六角義定の反乱に加担し、田屋掃部介等と共に甲賀郡野川へ攻め込むが、傳兵衛家の援軍もあり撤退する。

史実では、第二次天正伊賀の乱では副将となり織田家に抵抗するが敗北する。伊賀十二家評定の一人。


◇田屋 掃部介

伊賀国阿拝郡河合の国人。六角義定の反乱に加担し、家喜吉近等と共に甲賀郡野川へ攻め込むが、傳兵衛家の援軍もあり撤退する。

史実では、伊賀十二家評定の一人。第二次天正伊賀の乱では河合城に篭って織田家に抗戦し討ち死にする。


◇音羽 半六 宗重

六角義定の要請で富岡忠兵衛等と共に甲賀多羅尾に攻め込むが、義定の敗北を知り撤退する。大日山城に取り残された宮田長兵衛を救う為に、城戸弥左衛門等を派遣する。

史実では、伊賀音羽の国人。伊賀十二家評定衆の一人。


◇城戸 弥左衛門

伊賀国音羽村の音羽宗重配下の武将で鉄砲の名人。大日山城で孤立した宮田長兵衛の

脱出を助ける為に傳兵衛を狙撃するが失敗する。翌日商人に扮して傳兵衛の許に現れるが、正体がバレて殺害される。

史実では、1579年勢多にて信長を狙撃するが失敗、翌日商人に扮して信長の前に現れ、犯人捜索を申し出てそのまま逃走に成功する。1581年に再び狙撃するが、やはり失敗。宮田長兵衛に薬を盛られて信長に突き出される。別名、音羽の城戸。


◇原田 杢右衛門

伊賀国土橋村の土豪で鉄砲の名手。城戸弥左衛門、服部甚右衛門と共に傳兵衛を狙撃するが失敗する。翌日商人に扮して傳兵衛の許に現れるが、正体が露見して弥左衛門が殺された為に降伏し、宮田長兵衛への降伏の使者となる。

史実では、1581年に城戸弥左衛門と共に信長を狙撃するが失敗する。原田杢とも。


◇服部 甚右衛門

伊賀国印代村の国人。城戸弥左衛門、原田杢右衛門と共に傳兵衛を狙撃するが失敗する。商人に扮して傳兵衛に一泡吹かせようとする二人とは別れて、一人伊賀へ逃亡する。

史実では、1581年に城戸弥左衛門と共に信長を狙撃するが失敗する。別名、印代判官。



《河内三好家》


◆野間 左橘兵衛 康久

河内三好家の家老の一人。尼崎での戦の後始末や播磨へ遠征中の池田家へ知らせを送るなど、頑張ってくれている。



《畠山家》


◇遊佐 河内守 信教

尾州畠山家の家老。挨拶に向かった傳兵衛に会おうともしなかったので、傳兵衛の評価は低い。

史実で、信長と義昭が対立した時は義昭側に付き、信長派に転んだ畠山秋高を殺害、織田家と対峙する。どうやら小牧長久手の戦の頃までは生きていた模様。



《別所家》


◆別所 孫右衛門 重棟

北脇城に入り小寺家を攻めていたが、高砂城を篠原軍が占拠した為に引き返し、傳兵衛と共に篠原軍を高砂城へ封じ込める。



《篠原家》


◆岫雲斎 怒朴(篠原 長房)

播磨を攻める摂津衆を退かせる為に摂津国尼崎を攻めるが、摂津衆の撤退が見込めないと知ると兵を退き、播磨国高砂城を占拠する。しかし、弟の失態、足利義栄の死、三木家の撤退などが重なり、阿波への撤退を決める。


◇篠原 肥前守入道 自遁(篠原 実長)

篠原長房の弟。高砂城を守っていたが、欲をかいて小勢であった於勝を襲おうとして釣り出され、逆に於勝に討ち取られた。

史実では、亡き上司の妻との不倫を兄に咎められ逆ギレして兄を殺害し、その未亡人と結婚。長宗我部に攻められると淡路へ逃亡した。一説では、妻は長宗我部元親の妻になり子供を儲けた。(本当なら異父兄の細川真之とは四十五歳差になるけど…)


◇大代 掃部介

篠原自遁の娘婿。阿波国大代城の城主。自遁の出世の為に於勝の兵を襲う。自遁等は討ち死にするが、ちゃっかり逃げ延びてる。

史実では、1578年の大代館の戦いで自遁の配下として十河存保と戦うが、自遁が存保と和睦した為に降伏し家臣となった。


◇大代 三四郎

大代掃部介の弟。兄に従い於勝の兵を襲うが、大将の自遁が討ち死にした為、高砂城に逃げ帰る。

史実では、兄の大代掃部介と共に1578年の大代館の戦いで十河存保と戦うが、自遁が存保と和睦した為に降伏した。


◇庄野 和泉守 兼時

史実では、1577年に長宗我部元親に通じ十河存保と戦う。四国攻めの後、城を追われ土佐に行くが元親より暇を出され浪人となる。


◇柿原 源吾

阿波国柿原城の城主。自遁の許で一隊を率いて於勝の兵に襲い掛かるが、大将の自遁を討たれた後に、於勝に襲われ討ち取られる。

史実では、1572年の上桜館の戦いで篠原長房に従い三好長治勢と戦い討死する。


◇竹田 三河守

自遁の家臣。於勝を襲った自遁が返り討ちに遭った時に、於勝に打ち倒されたうえに九一郎に討ち取られる。

史実では、1572年の上桜城の戦いで、自遁に従い籠城するが討死した。


◇竹田 株之丞

竹田三河守の連枝。自遁が討ち取られるついでに、小次郎によっていつの間にか討ち取られていた。

史実では、1572年の上桜城の戦いで、自遁に従い籠城するが竹田三河守と共に討死する。



《置塩赤松家》


◇赤松 左京大夫 義祐

置塩の赤松宗家当主。増長する分家の赤松政秀を討とうとするが、傳兵衛達の参戦や篠原長房の撤退などで目的を果たせず、織田家と和睦する。

史実では、自身の家督相続時に父親と対立し、息子への家督委譲時には息子と対立する。親子仲がとっても悪い人。


◇四宮 勝介 祐久

置塩赤松家の奉行人。篠原家撤退が記された手紙を受け取り、義祐へ渡す。

鳥居職種、祝融軒周登と共に赤松義祐の三奉行の一人。三奉行と呼ばれているのに、他の二人より圧倒的に影が薄い…


◇鳥居 安芸守 職種

置塩赤松家の奉行人。音沙汰のない篠原家の援軍を待ち、義祐と共に気を揉んでいた。

史実では、内政や外交に活躍、織田家との交渉の窓口にもなっている。天正七年、戦闘中に矢を射られ落馬し討ち取られる。鳥居安芸守、略して鳥安。


◇祝融軒 周登

置塩赤松家の奉行人。和睦を決めた義祐から、島田秀順との和睦交渉を命じられる。

史実では、鳥居職種と共に奉行人として活躍する。赤松家の家督でのごたごたが収まるまで、当主に代わり鳥居職種と共に奉書を発給している。岡本周登。



《刀鍛冶》


◇関 左衛門尉 兼道

傳兵衛が太刀『祖師野丸』の写しを依頼した刀匠。真打だけでなく裏打も全て傳兵衛に掻っ攫われた。

史実では、永禄十二年に正親町天皇に名刀を献上し陸奥守に任ぜられ『大』の字を賜る。『陸奥守大兼道』『大道』を名乗る。三品派の祖。四人の息子と合わせて京五鍛冶と呼ばれる。



《僧》


◇實成院 日典

傳兵衛が定宿にしている妙覚寺の二十世。松田家の家臣の大村家の出身なので、傳兵衛に情報提供を頼まれる。

史実では、九歳の頃に實成院に入門、関東で修業して三十九歳で妙覚寺の貫主に。再興や創建した寺は10以上だとか。


◆願得寺 実悟

本願寺派の高僧。播磨英賀の三木家の説得を手伝ってくれた。ただし、篠原長房に情報を流したのもこの人。


◇教行寺 証誓

摂津富田教行寺の住侍。妹が篠原長房に嫁いでいる。祖父は蓮如の八男で実悟の異母兄の蓮芸。叔母が実悟の同母弟である実孝に嫁いでいた縁で、気を効かせた実悟からのリーク情報を長房へ流した。

史実では、大和佐味田へ寺を転居させたとも。晩年は百済願成寺に入る。


◇本徳寺 証専

英賀御堂(本徳寺)の住職。三河土呂本宗寺の住職でもある。実悟の働きかけにより、三木家に手を退くよう説得する。

史実では、三河一向一揆の時には三河に不在だった。その後も三河へ戻る事はなく、本宗寺を建て直そうとはしなかった。妻は顕如の妹の顕妙尼。


◇光教寺 顕誓

実悟が傳兵衛に紹介しようとしていた僧。蓮如の孫。異安心の嫌疑をかけられ蟄居させられる。

史実では、享禄の錯乱にて本願寺の加賀統治に反対して破門。その後、赦されて本徳寺実円の補佐を務める。その後権力争いで異安心の嫌疑をかけられ英賀にて蟄居。『古今独語』『反古裏』などを記す。



263話

挿絵(By みてみん)


278話

挿絵(By みてみん)


286話

挿絵(By みてみん)


290話

挿絵(By みてみん)

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