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 今年の冬、受験のときにあった出来事を話した。

 空港に行こうと東京駅に行ったが、あまりにも学生の数が多く、一歩ごとに体力が果てしなく奪われたこと。人気のないホームに着くと心から安心したこと。そのホームで電車を待っていると、ひとりの女子学生がやってきたこと。その人が落とした切符を拾ってあげたこと。同じ電車に乗った彼女の首筋に、切り傷があったこと。

 話し終えると、真乙さんは物足りなさそうに首をかしげた。話の途中あたりから、彼女の顔に「あれ、ちょっと待って……」という表情が浮かんでいた。

 僕は、この話を確信犯で語った。

「あのさ、そのう……赤木くんの話に出てくる女子学生って……私だと思うんだけど」

 彼女は今年の冬、東京駅のホームで僕みたいな人を見かけたことがあると言っていた。尚彦さんは、彼女が首に刃物の切り傷があることを話していた。

 僕は、その女子学生が真乙さんだと思った。

 だから、とくに驚きはしない。驚く代わりに薄ら笑いを浮かべ、「やっぱり、そうでしたか」と言った。

「やっぱり?」

「ええ。確信はありませんでしたけどね。だから、思い出話として聞かせたんですよ。たとえ、僕の思い違いであったとしても、恥はかきませんし」

 真乙さんは、僕を侮蔑するように睨んだ。ちょっとふざけたことを言いすぎたかなと思っていると、彼女は後ろを向いて暗がりの中にある車窓を眺めた。窓の鏡に見える彼女の目は、遊園地にやってきた子供の、期待に満ちた眼孔と似ていた。

 僕は、彼女の過去の事件について、もっと知りたい。

 彼女の後ろ姿を見ながら、ある質問をする心の準備をした。その質問をすることによって、彼女は傷つくだろうか? でも、真乙さん本人から話を聞きたい。

 ……よし。

「真乙さん、首の後ろに傷があるんですよね。髪がじゃまで、今は見えませんが」

 ハッと、彼女は僕と目を合わせた。それからためらいがちにうなずいた。彼女の目は、これを深く追求するのを拒むように深黒となった。これ以上、聞いてこないでとうったえている。だが、僕はそれを無視した。酷いと思う。

「なぜ、そんな傷があるんですか」

 腫れ物に触るような質問であることは、わかっている。

 彼女はため息を吐いた。やはり、答えられるはずはないか。

 変なことを聞いてごめん、そう謝ろうとしたが、僕が口を開く前に真乙さんが話しはじめた。

「小さいとき、家に強盗が入ったんだ。そのとき、その強盗が私の首を切ったの。かすり傷だけどね。これから先は、その日のことを話さないといけないけど、いい?」

「話しても大丈夫なら。話しにくいなら、べつにいいんですよ。失礼なことを聞いているんだし」

 そうは言ったものの、内心では聞きたいと思っているので、多少そう言ったことに後悔した。

「べつに、私ならかまわないんだけどね」

 真乙さんは笑顔で了承した。

「なら、お願いします」

 列車は知らないうちに橋を渡り終えていた。車内放送で、まもなく次の停車駅が近いことを知った。放送中、車体はトンネル内に入った。トンネル内を照らす灯器が、一瞬ごとに後方へと飛んでいく。

「それじゃあ、まずは四号車に行こう」

 立ち上がり、僕をうながした。

「さっきみたいに、飲み物を買ってさ」

「ここじゃ、ダメなんですか?」

「かまわないんだけど、私、喉が渇いたんだ。だから、飲み物を買うついでに、四号車まで行かない? 嫌だ?」

 友人を説得するとも、脅迫しているともみえる鋭い眼光で蛇のごとく正視されたら、断ることなど僕にはできなかった。


 六号車のデッキで、両手に缶ジュースを持った伊森先輩と会った。四号車まで行くことを告げると、自分も今行ってきたところだよ、と先輩は笑った。

「それにしても、二人で行動していることが多いね」

 おかしそうにそう言い、「まるで磁石みたいだ」とつけ足した。

「磁石か……」

 先輩が自動ドアの向こうに消えるのを待って、真乙さんがつぶやいた。

「そうだとしたら、私がプラスかな? それとも赤木くんがプラス?」

 耳を右肩に押しつけるぐらい、真乙さんは首をかたむけた。とてつもなくどうでもいいことに頭を使えるは、呑気というか思考が豊かというか……。

「そんなこと、どうでもいいですよ」

 そう答えると、真乙さんはつまらなそうに顔をしかめた。


 自動販売機で僕は緑茶を買った。真乙さんは、炭酸が入っているらしいが今まで見たことのない商品を買っていた。

「冒険心が大事だよ。冒険心が」

 説教するように真乙さんはそう言っていたが、開けて一口飲んで以降、それを飲む気配はなくなっていた。

 五号車の、奇妙でいておもしろい空間を抜け、四号車へ。

 真っ黒でいて、タールのように鈍く光る車窓が、目についた。

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