悪の巣窟へ入学
玄関先で気を失った、いや失わされた僕が目を覚ますと、そこは車の中でした。
高級そうな白い革張りの座席。
前の楕円型のテーブルには高そうなお酒の瓶が置いてあります。
(正確にはテーブルに穴が開いていてそこに収まっている感じです。)
奥行きがあって、ドラマでしか見た事ないような立派な内観です。
「…ッ!?…っ!!??」
(えっ!?何ここっ!?なんで急にこんな所に…っ!?)
あまりに急な環境の変化に頭は大騒ぎでしたが、その反面身体は硬直していました。
目だけをキョロキョロと動かします。
運転手が遠くの方に見えます。そして―――…
「やあ、おはよう」
「!?」
玄関先で聞いたあの低い声が隣の方でしました。
僕は恐る恐る目をそちらに向けます。
「手荒な真似をしてすまなかったねえ。どこか痛い所はあるかい?」
隣には、すまないなんて気持ちを微塵も感じない程、飄々とした様子で男性が座っていました。
年は30代くらいでしょうか?
白いスーツを着こなし、足を組んで優雅に座っているその様は気高い貴族のようでした。
「えっ…!?アッ…」
僕はまだうまく声が出ません。
「…おや、少し驚かせすぎてしまったかな?安心しなさい。私は魔法協会の者だ。そしてこれは…ただのサプライズだよ」
男性の飄々とした笑みは変わりません。
僕は余計混乱してしまいます。
(…っ!?なっなんで魔法協会の人がこんなこと…っ!?それに―――…)
「サプ…ライズ…!?」
僕は立派な誘拐行為に対するこのめでたい言葉をつい聞き返してしまいました。
男性は笑みを深くします。
「そうだよ。―――…君の服装を見てみるといい」
(……服装?)
僕は不思議に思いつつもその言葉に従って自分の身体に目を移します。
すると―――…
「…ッ!?」
(服が変わってる…!?常和高校の制服じゃない…っ!!この制服―――…!!)
僕は今、常和高校の青いブレザーではなく、真っ黒な学ランを着ています。
僕の背中に悪寒が走りました。後ろの窓から外の景色を覗き込みます。
「……いっ今…どこ走ってますか?」
「聖城町だよ」
「……っ!?」
(……聖城町…学ラン…)
聖城町は僕が住む常和町の隣にあります。
けれど、僕ら常和町の住人はあまりこの聖城町に好んで行くことはありません。
おそらく近接地域のほとんどの住人達がそうでしょう。
何故なら聖城町には―――…
悪の巣窟があるからです。
「―――…聖城魔法高等学校」
男性の口から今僕が最も恐れている言葉が漏れました。
気付くと彼は何かのパンフレットを持っていました。
彼は二ヤリと口角を上げると、僕にそのパンフレットの表紙を見せつつ、こう告げたのです。
「君には今日からこの高校に通ってもらうよ?―――…九頭竜ススム君」
その表紙の上部には堂々と―――…
「私立聖城魔法高等学校」と書いてありました。
‐‐‐
私立聖城魔法高等学校。
創立35年というまだ歴史の浅いこの高校は、今現在…魔法使いや人間関係なく恐怖の対象となりつつあります。
聖城高校は魔法能力に優れた魔法使いを積極的に受け入れています。
むしろそのような生徒しか受け入れません。
裏を返せば、素行や人格関係なく魔法能力のみで生徒の受け入れを決めているのです。
その結果、聖城高校にはどこの高校も手に負えない―――…
問題児の魔法使いが溢れかえっています。
聖城町のどこかで轟音が響けば、それは十中八九聖城生の仕業だと言われています。
彼らにとって攻撃魔法の使用は日常茶飯事なのです。
学校の周りには登下校時以外常に先生達による防御魔法が張られいます。
そんな悪の巣窟に―――…
「……僕が…通う…?」
「そうだよ」
(……この人は、何を…言っているんだ…?…僕が通う?…あの、悪の巣窟に…?)
「……む…むり、です」
「無理でも通ってもらう。君に拒否権はない」
「…なんで…こんな――…」
「今は教えられない。けれど、いつか教えよう」
「……常…和…」
「先日、常和高校に君の入学辞退が受理された。君はもうあの高校には通えない」
「!?」
入学辞退なんて申し込んだ覚えがありません。藤堂さんがやったとも思えません。
魔法協会が無断で行ったのです。
おそらく藤堂さんにもバレないように秘密裏に…。
「そもそも常和への進学は君の意思ではなく、協会からの指示だろう?君の能力に合った……努力せずとも強くならずとも入れる高校だからと―――…」
(…っ!?この人、僕のギフト知ってるっ!?)
「通えずとも悲しくはないはずだ」
そうです。
常和高校に進学を決めたのは僕の意思ではありません。
僕が下手に高校を高望みし、魔力を上げないための…協会からの指示でした。
(それでも―――…)
『入学式、出張で参列できなくて申し訳ない』
『忙しいという理由でこういう事をおろそかにしてはいけない』
(そんなこと関係なく…藤堂さんは、今日という日を大切にしてくれたのに―――…)
僕はそんな今日という、藤堂さんにとっても僕にとっても大切な日をグチャグチャにされたような気持ちになりました。
(…どうしてこの人にここまでされなきゃいけないんだ?)
僕の拳に力が入ります。
(こんなの犯罪だ…!なんとかして早くここから出て…っ!!)
僕はギフトを発動しようとしました。
しかし―――…
「無駄だよ」
男性に手の平で目を塞がれました。
「ッッ!!」
「君のギフト『シンクロ』は目さえ見なければどうということはない。しかし、君は意外と行動力があるねぇ。あのテロ事件以来、多少度胸がついたのかな?……高校に着くまで動きも封じておこう」
「うっ!!」
その瞬間、身体が金縛りにあったかのように動かなくなりました。
静止の魔法です。
「今回の事は一切他言無用だ。誰にも話してはならない。君にはごく普通に聖城へ入学した生徒として振る舞ってもらう。退学は認めない。まあ、有意義なスクールライフを過ごして構わないよ?ただし、今回の事を少しでも誰かに話したら―――…藤堂君…」
「ッッ!!??」
突然男性の口から藤堂さんの名前が出ました。
とても嫌な予感がします。
「藤堂君にそれ相応の処分を受けてもらう。最低でも協会は辞めてもらおう」
「な…っっ!!??」
「君の場合、そちらの方が戒めとして効果があるだろう?藤堂君も今回の件は知らない。…まぁ、じきにバレるだろうがね」
「~~~ッッ!!」
「彼にはこの交渉条件さえ黙っててくれればいい」
「交渉っ!?こんなのっ…脅しじゃないですか!?」
「そう思ってくれても構わない」
(なんで藤堂さんがそんな目に…!?あんなに仕事を一生懸命頑張ってる藤堂さんが…!!)
藤堂さんの帰りは遅いことがほとんどです。
僕が眠る頃に帰ってきてさらに書類仕事を行っています。
身体を壊さないか心配する僕に藤堂さんはいつも言うのです
「好きだからやっている」
そんな藤堂さんから協会の仕事を奪うなんて真似…
僕にはできません。
「―――…私の命令、聞いてくれるね?」
ダメ押しをするように男性が僕の瞼を包みます。
もう僕の答えは1つでした…。
「――――……はい」
こうして僕は、聖城高校に入学することになりました。
‐‐‐
「それじゃあ、楽しい高校生活を祈っているよ」
聖城高校に着き、車が止まると男性は言いました。
口だけとはおそらくこの事でしょう。
「ああそうだこれを…」
そう言って男性が僕に差し出したのは青い数珠の腕輪でした。
「魔法具だ。3回の使用で壊れてしまうが、敵意を持った相手をはじく効果がある」
魔法具とは、
魔力を込める事ができる特殊な鉱石「魔法石」でできた道具です。
魔力を込める魔法使いによってその効果が違います。
相手に一撃くらわすものもあれば、防御や身体強化まで色々です。
僕はというと……魔法石に魔力を込める事すらできません。
…不器用ですから。
「初めての聖城高校に手ぶらでは心もとないだろう?持っていきなさい」
これは口だけではないように感じました。
まるで親が子どもに防犯ブザーを持たせるような感じでした。
(こういう優しさがあるなら、そもそもこんなことしないでほしい…)
「今日くらいギフトでなんとかなります。半日だけですし……」
「だがないよりはマシだ」
男性はそう言って、僕のカバンの外ポケットに魔法具を入れました。
「いっいりません…!」
「持っていきなさい。…償いには、程遠い品だがね」
男性のいつまでも変わらない飄々とした笑みが、ほんの一瞬揺らいだ気がしました。
僕はこれ以上、男性を邪険にする事ができませんでした。
「……わ、かりました。…それじゃあ」
僕は車から出ようとします。
すると―――…
「ああ…いってらっしゃい」
それはすごく優しい声でした。
身内以外からこの言葉を言われるのは初めてのような気がします。
「―――…は、い」
いってきますと返さなかったのは、藤堂さんを脅しの材料に使った彼への…せめてもの反抗でした。
(…これは、あの人じゃなくて…協会が決めたことなんだけど―――…)
車から出てドアを閉めると、車はすぐに発進しました。
(……やっぱりリムジンだった)
そんな今更な事実を確認して、僕は前へと身体を向けます。
そこには―――…
(本物は…初めて見るっ…)
悪の巣窟とは思えない程真っ白な聖城高校の校舎がありました。
校門から校舎までは少し距離があり、2つをつなぐ広い道の両端からは庭が広がっています。
(…けっこう近代的というか…きれい?)
けれど、よくよく校舎を見ると…窓ガラスは割れていますし、外壁も所々崩れていました。
(…やっ…やっぱり、こういう感じだよね…)
やはり自分はあの聖城高校に来たのかとため息が漏れます。
そして周りを見回すと聖城高校の制服を着た人達が校門の奥へ入っていきます。
その中には怖い顔をしてどす黒いオーラを放っている人達が大勢いました。
男女関係なくぶつかりでもしたらその場でボコボコにされそうです。
(ひっ…!!やっぱり怖い人が多いんだ…!!女の子もいるけど…皆さんすごく強そうっ!!)
生徒が学校に向かっているというよりも、制服を着た暴走族が集会に向かっているような雰囲気です。
自分の場違い感をひしひしと感じます。
(……でっでも、トウヤ君みたいに見た目は怖そうだけど、実は良い人がいるかもしれないし……!!)
僕は以前の反省を思い出しました。
人は見た目で判断してはいけないと…。
そして何より―――…
(ここに通い続けるって決めたんだ……!!決めたんなら立ち向かわなきゃいけない…!!)
僕は勢いよく鼻で息をすると、一歩を踏み出しました。
(よし!頑張る―――…)
ドンッ!!
「イタッ!!」
歩き出した途端誰かにぶつかりました。
……ぶつかってしまいました。
ぶつかったらボコボコにされそうな聖城生に…。
「…いってーなぁ。…どこ見て歩いてんだよ」
至極当然の事を言われました。
本当に僕はどこを見て歩いていたんでしょうか…?
しかしそんなことよりも、僕には気になっていることがありました。
(……今の、声…)
僕は恐る恐るぶつかった相手の顔を見ます。
とても爽やかな顔―――…
「―――ッ!?」
(諏訪君―――ッッ!!??)
僕がぶつかった相手は
諏訪君でした。
僕の事をイジメていたあの諏訪君でした。
「……あっ?…お前―――…」
諏訪君が僕の顔を見下ろします。
(マッ…マズいっ!!)
「ごめんなさいっ!」
僕はか細い声で謝ると、その場から一目散で逃げようとしました。
「アッ!オイ…!なんでお前がっ…!!」
諏訪君が僕を掴もうとします。
その時―――…
バチバチバチッ!!
「「ッ!!??」」
青色の電磁波が僕のカバンから放たれました。
(あっ!!魔法具っ…!)
さっそくあの男性からもらった魔法具が効果を発揮したのです。
もらっといて良かったと不覚にも思ってしまいました。
「イッテ…ッ!!なんだぁ…っ!?」
「!!」
僕は諏訪君が怯んだ隙に逃げました。
後ろから諏訪君の叫ぶ声が聞こえます。
けれど、僕は聞こえない振りをして走り続けます。
(マズいマズいマズいっ!!!色々とマズい!!…諏訪君にぶつかった事もっ…諏訪君から逃げた事もっ…けど何より―――…諏訪君に会ったのはマズいッッ!!)
何故なら諏訪君は知っているのです。
…僕が常和高校に入学が決まっていたことを、知っているのです。
そして僕も思い出しました。
諏訪君がこの聖城高校に入学するということを―――…。
(合格発表の日に、これが格の違いだって殴ってきたんだった…!けどまさかっ…こんなすぐ会うなんて―――っ!!)
僕は協会の男性の言葉を思い出しました。
『君にはごく普通に聖城高校へ入学した生徒として振る舞ってもらう』
「マズいマズいマズいっ!!!」
(―――…入学初日で、さっそくピンチだっ!!)
‐‐‐
「ハアァアア~~~ッ!!」
僕は自分の席に着くと顔を突っ伏して大きなため息をつきました。
あんなに怖い怖いと思っていた聖城高校をここまで怒涛の勢いで走り抜けました。
ある意味、諏訪君には感謝です。
(……けどこれからどうしよう。諏訪君と違うクラスだったのは救いだけど…)
クラスや出席番号などの細かい事は車の中であの協会の男性に教えてもらっていました。
教室のドアに貼られている座席表を見て、諏訪君の名前がないのは確認済みです。
(もう有意義とか楽しいとか求めずに、地味なスクールライフを目指そう…!誰の目にも止まらないように地味に…っ!!)
けれど、そんな目標はおそらく達成できないでしょう。
さっきから僕のクラスの人達がチラチラとこちらを見ています。
「おい・・・『九頭竜ススム』の席、あのちっこいのが座ったぞ…!」
「マジかよっ!!顔よく見えねぇんだけど…」
「アイツがテロ退治の『九頭竜ススム』なのか!?」
「え~~ねぇちょっと声かけちゃうぅ~?」
「武勇伝聞こうよぉ~」
(うう~…やっぱりこうなるのか…。…テロ退治って、若干誇張されてるような…)
男女問わず色んな声が聞こえてきます。
さすがの聖城高校でも、僕は【テロ首謀者を倒した勇気ある少年】として有名のようです。
いや、強さが全てのここだからこそ有名なのかもしれません。
(すっごく居づらい…)
そんな僕を察してか、胃の方もキリキリと痛み出してきました。
僕はどうやらストレス性の胃痛持ちらしくこういう状況で胃が痛みだすのは必然なのです。
僕は胃薬と水が入ったペットボトルを持って、逃げるように教室から出ました。
(もう入学式始まるまでトイレいようかなぁ…?)
そう思ってトイレに入りますが、そこにはもうすでに3人かの先客がいました。
長髪に金髪、スキンヘッド…手元にはタバコがありました。
「アア~~!?ナンだテメエ?」
「もうオレらでいっぱいなんだけどぉ~?」
不良座りをしている人達に一斉にガンというものをつけられると身を引くしかありません。
「すっ…すみません」
僕は静かにトイレを出ようとしました。
しかし―――…
「あれぇ~~?お前…」
長髪の生徒が口を開きます。
嫌な予感がして身体が強張りました。
「『九頭竜ススム』じゃねぇぇえ~~!?」
案の定、初対面の彼の口からは僕の名前が出ました。
彼の発言に他の2人が騒ぎ出します。
「はぁっ!?マジかよっ!?」
「あの、テロ退治のススム~っ!?」
(…テロ退治のススムって、一昔前の刑事みたいだ…)
「間違いねぇよ!!こんな冴えない顔の奴がやったのかよっって逆にすげーインパクトあってよぉっ!!」
そういうインパクトの残り方もあるとは予想外でした。
これは、「人違いです」では通じない雰囲気です。
『テロ退治のススム』騒動の渦中、このような人達に僕は何度もこう対応しました。
「……あれは、たまたまなんで…その、運が良かったというか…たっ倒したとかじゃないです。…全然」
何度も言った言葉なのに、相手が聖城生というだけでスラスラと言えません。
緊張と胃の痛みで汗がダラダラ流れました。
「あの…っ!!ほんとに失礼―――…」
「待てよ」
ドスッ!!
「グフッ!?」
僕が去ろうとすると、長髪の生徒が僕のお腹を思いっきり殴りました。
僕はお腹を抑え、その場に座り込みました。
よりにもよって今一番ピンチなお腹をやられるとは…
胃痛と殴られた痛みが重なり、お腹はもうボロボロです。
「そんな謙遜しないでさぁ~闘おうぜぇぇ~」
頭上で長髪の男性の楽しそうな声が聞こえます。
僕はまだ殴られた衝撃でせきが止まりません。
「ソウだなぁ~~!あのテロの首謀者ってケッコウ強かったらしいし~~」
「本気見せろよぉ~!」
3人は座り込んだ僕に次々と蹴りを入れていきます。
しかも、1つ1つの威力はとても強いです。
「グッ…ハッ…!」
もう胃痛なんて霞んでしまう程、全身が痛かったです。
けれど、蹴られ続ける中で僕は実感したのです。
(ああ…この人達は、本当に強さを求めているんだな)
彼らは明らかに僕を馬鹿にしていました。
僕がテロ首謀者を倒したと本気で信じていないようです。
それでも彼らの口からは僕に屈服を求める言葉は出てきません。
闘うとか強いとか本気とか…僕と曲がりなりにも闘おうとしているのです。
こんな弱い僕を馬鹿にしながらでも、闘おうとしているのです。
―――…けれど
「―――…ギフト発動」
僕は彼ら3人の目を見ました。
そして、彼らに僕のギフト「シンクロ」は届きました。
「アッ…ナンだぁ…?急に身体が…」
「重っ…」
「あっ頭が…」
彼らは突如身体を襲う不調にしばらく抗いましたが、じきにその場に倒れました。
「―――…ごめんなさい」
僕は眠る彼らに謝ります。
「…僕が本気を出すと、ギフトを使うと―――…あなた達とは闘えないんです」
僕は本当に場違いな人間です。
闘いを…強さを求める聖城生とは違います。
「―――…ここに、僕の居場所なんて…あるはずない」
胃の痛みに、眩暈がしました。
その痛みは僕に「この高校から立ち去れ」と言っているようでした。
「――…薬、飲も」
(……居場所がなくても、僕はここに…いなくちゃいけないんだから)