第六章 6
重力に引かれて落下する。
何度か回転し、両手両足で着地した。衝撃で膝と肩の関節が砕け、肉が裂けた。
周囲であがる悲鳴。通行人を押し退けながら、男達が近づいてくるのが見えた。フード付きのレインコート。コートの下は対デーモンスーツ。
ふらつきながら立ち上がった。
路地に眼を向けたが、あの時の少年はもういない。
ここは過去ではない。
《……カードをかざしてご乗車ください》
車道で自走バスがドアを開けた。
数人が並んでいたが、無視して乗り込む。
「おい、子供だからって――」
誰かが言いかけて、言葉を呑み込む。ドアが閉じたからだ。
男達が駆け寄り、開けろ――と叫んだ。
異様な空気を悟って、乗車しようとしていた人間達が距離をとる。
降車用ドアが開き、乗客が降り始めた。無表情のまま最後の乗客が降りると、男達がステップに足をかけた。二名を乗せたところで、ドアが閉まった。
音も無くバスが動きだす。
咄嗟に外の仲間に眼を向けかけた二人は愕然と動きを止めた。
外が見えなかったからだ。車体の半分以上を占める窓ガラスが、闇を塗り潰したように暗い。
「抹殺指令でも出たのかな」
最後尾の席で伯爵は口を開いた。
じゃっ、と男達が銃を構える。
その銃口の先で、五歳児の身体が霧散するように消える。
《……あなたには帰隊命令が出ています》
ひとりが言った。銃口を上下左右に動かしている。
「私への命令権は存在しない」
《特命です》
「特命?」
《未確認の情報ですが、魔物に反乱の兆候があるそうです》
「……」
《真偽が確認されるまで、SランクならびにAランクの魔物は拘束されます》
「拘束? 杭打ち銃を持ちながらよくも言う」
自分の声に皮肉な響きが混ざった。
「抵抗すれば殺せと言われたか」
はっと男達が貌を上げた。
男達の貌からゴーグルを奪い、伯爵は両眼を大きく開けた。
だらり、と男達の手が下がった。
バスの天井に逆さまに立ったまま、奪ったゴーグルを捨てた。からん、と床に落ちる音を聴きながら、所詮魔物か――と呟く。
二十数年間も軍に所属して軍のために働いたが、仲間とは見做されないということだろう。真偽も定かではない情報ひとつで殺されるというわけか。
苦い気分で窓に眼を向けた。
闇の色に塗り潰された窓は伯爵の細胞に覆われている。五歳児の身体でバスの車内に現れながら、同時にバスの車体と同化している。このバスは今自分のコントロール下にある。だからこそ、ドアの開閉も走行も思いのままだ。
人間の眼に外は見えないが、伯爵には視える。
まだ雨は止まない。
バスの外に出ることはできない。
ならばこのまま極東支部に向かうとしよう。
情報とやらを確認しなければならない。
百キロ近いスピードでバスを走行させながら、伯爵は眼を閉じた。
自走バスの制限速度を遥かに超えたスピードに、タイヤが悲鳴をあげている。
雨に濡れた路面を擦る音は、どこか慟哭のように聴こえた。




