第六章 3
――軍属承諾のサインをお願いできますかな。レイヴンズ卿。
――……
テーブルに置かれた一枚の用紙を伯爵は無言で見つめた。
右手側にオーク製のデスクが置かれ、初老の男が坐っている。軍服の階級章は大佐を示す四本線。対デーモンスーツは身に着けていない。
伯爵閣下に失礼なのでね――大佐はそう言ったが、伯爵の周囲を固める兵士は完全装備だ。吸血鬼に有効な高圧放水銃とリベット銃を携え、銃口はいずれもこちらに向けられている。
――拒否したら処分なんだろうね。大佐。
――吸血鬼は放置できない。貴公も知っているはずだ。不老不死にして不死身の化け物。放置するにはあまりにも危険過ぎる。他の魔物であれば、脳に爆薬を埋め込むことを条件に自由にさせる場合もあるが……
指の先で側頭部を示す。
――吸血鬼に爆薬は意味を成さない。爆薬を埋め込んだとしても、身体を分解再構成すれば簡単に取り除くことが可能だ。違うかな。
――試してみなければわからない。
伯爵は肩をすくめ、承諾書に眼を向けた。
――こんな紙切れ一枚のサインを信用するのか。
――もちろん。信用できない。だが人間の名残り、あればの話だが、に期待していないわけではない。
――……
テーブルに置かれた羽ペンに指を伸ばした。
小さな手だった。五歳児の手。
身体は縮み、子供のような姿になってから止まった。
死ななかった。死ねなかったと言うべきか――
インク壺にペンを浸し、サインした。
レイヴンズ――
領地名だが、カラスの名前であることも知っている。
肥沃な大地がカラスの羽のように黒々としている我が領地。
いつかあの地に帰ることがあるのだろうか――




