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花鬼  作者: KATSUKI
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第五章  13

 

「お……まえ……」

 少女を胸に抱いたまま、ゲルトは少年を睨みつけた。

 無意識に力が入ったのか、腕の中で少女が身動ぎする。

「おれを……操ったのか」

「後押しをしただけだよ。僕はね」

 サカキを殺したかったでしょう?――くすくす、と少年が笑う。

 そうだ。殺したかった……

「まだ……止めは刺していない」

「死んだよ」

「死んだ……?」

 ゆらり、と身体が揺れた。脳の半分が失われている。繋ぎ留めていた意識が明滅する。

「だから楽になりなよ」

「まだ……だ」

 じゃり、と鎖を鳴らす。

「この少女を……あの男…に…返す」

「返す気なら鎖を外せば?」

「動くな。おまえが近づけば…殺す」

「殺したら返せないよ。矛盾してない?」

「主人を奪われたら……下僕は逆らえない。ならば……奪われる前に殺すのが……あの男のためだ」

「それは君の考えだよ」

 愉しそうに笑いながら少年が言う。

「あの男は誰に隷従することになろうとも少女が生きている方を選ぶと思うけどね」

「……」

「オーマが来るよ」

 腕の中で少女が口を開いた。紫色の眼が透明な光を放っている。

「近づいてくる」

 その瞬間、少年が動いた。

 速い。指を揃えた右手を耳の後ろに引いている。

 ゲルトは動けない。鎖を引けば少女の首は落ちる。迷った。どうすればいいのかわからない。

 少年の貌が近づく。唇に笑み。

 少年の右手が伸びた。

 その瞬間、黒い影が少年とゲルトの間に割って入った。少年が弾かれたように距離を取る。右の手首から先が無い。

 ぐるるるる

 少年の手首を咥え、三つ首の犬が低い唸り声を喉で鳴らした。

 少年は無言で手首の先を見つめた。

 鮮血が噴き出している。

 三つ首犬が咥えた手首を噛み砕き、さらなる攻撃の意志を見せて唸り声を上げる。

 少年は肩をすくめて、右腕を振った。ず、と音をたてて、右手が生えた。

「今日は退いてあげよう」

 右手に滴る血を舐めながら、少年は笑った。黒い眼が腕の中の少女に向けられている。

「またね。ラヴィア。『ママ』によろしく」

 一瞬で気配が消えた。動きを眼で追えない。少年の動きがゲルトの動体視力を超えているのか。あるいは――

 視野が急速に狭まっていくのを感じた。

「あいつ……を…知……ている……の、か」

「シアは知らない」

 人形のように少女が言う。

「ママ……と言……うのは?」

「ママ? ママはママだよ?」

 貌を上げて言う。

 子供のような貌。答えも子供のようだ。この少女から情報を得ることはできない。

 小さく息を吐く。

 この少女のどこにあの男は魅かれたのだろうか。

 力無く落ちた手の指に、生温かいものを感じた。三つ首犬がゲルトの指を舐めていた。

 よくやった、と撫でてやりたいが、もう手が動かない。

 その手が持ち上げられた。

 少女の手がゲルトの手を持ち上げ、そっと三つ首犬の頭に置いた。

 るぅ、と犬が甘えた声を洩らした。残りの首がゲルトの腕と少女の手を舐める。

 誰にも馴れない犬が、この少女には最初から心を開いていた。

 強張っていた身体から力が抜けていくような気がした。

 怒りも憎しみも抜けていく。

 少女と眼が合った。にこり、と笑う。

 穏やかな光が胸の奥で広がる。

 大事にするわけだ。そう思った。

「……ドウマ…オーマに…悪かった……と伝え……て…くれ……」

 手が落ちた。落下の衝撃はもう感じなかった。

 三つ首犬が天に向かって啼いた。

 この瞬間、街中に散った十数匹の三つ首犬が同時に天に向かって吠えるのだが、ゲルトには届かなかった。




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