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花鬼  作者: KATSUKI
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第三章   3

 

 空は薄い雲で覆われていた。

 星は見えない。月の光だけが雲を透かして朧に霞んで見える。ぼんやりと朱みを帯びた卵黄色の光は丸く、孕んだ女を連想する。

 マンションの屋上はちょっとした森のように樹が植えられていた。根を伸ばす大地があるわけではないので、土台から幹の部分はイミテーションである。だが、その偽物の内部は植物の生育に必要な養分で満たされ、寄生植物やつる植物が土台部分に根をはって枝葉を伸ばし、樹肌には本物の苔も生えている。

 手間も金もかかっていそうだ。

 都市のヒート・アイランド対策のため、ビルの屋上は緑化を義務付けられているが、義務の域を超えているビルは多い。屋上面積の八分の一を花壇にすれば十分なのだが、草原やジャングル、水中庭園といった様々なコンセプトで屋上が造られては話題になっている。

 このビルは森をイメージしているのだろう。マンションの名はパレスフォレスト。

 樹の根のひとつに腰を下ろし、ドウマは幹に背中を預けていた。

 片膝を立て、膝の上に片腕を乗せている。

「ねえ――」

 声がかけられた。

 シアの声だった。子猫のような無邪気な声。

 屋上に出るドアの前にシアは立っていた。開いたドアの向こう側から光が漏れ、シアの月光色の髪に光の粒を躍らせている。

「隣――いい?」

 昨夜と同じ台詞。ドウマは、ふ、と笑った。

「いいよ。――おいで」

 同じ台詞を返してやる。

 シアがドアから離れた。ドアが閉まり、屋上の光源が人工の樹の幹に埋め込まれた小さな非常灯だけになる。緑がかった青色灯の光が、シアの肌を白く浮かび上がらせる。

 ドウマの隣で、シアは、ふわり、と坐った。

 白い足を両腕で抱える。素足だった。ナイトウェアは下着姿と変わらない。丈は足の付け根が隠れるくらいまでの長さしかなく、白い背中は肩甲骨まで見えている。

「……その恰好で部屋から出てきたのか?」

「うん」

「ったく――」

 スーツの上着を脱ぎ、シアの肩にかけた。

「寒くないよ?」

「そういう意味じゃない」

 ドウマは苦笑した。袖に腕を通させ、ボタンを掛けていく。

「何を見ていたの?」

 されるがままになりながらシアが言った。

「ん?」

「空を見ていたから」

「ああ。月――かな」

「月が好き? 昨日も月が綺麗って言っていた」

「綺麗に光るものは好きだな。月とか。おまえの髪とか――」

 上着の中からシアの髪を取り出しながら、もう少し大事にしろよ、と苦笑する。まだ濡れている髪は梳かした跡が無かった。シアの背中に流しながら、手櫛を入れていく。

「……あ」

 シアが声を洩らした。

「どうした」

「月の光。消えちゃった」

「ああ。雲が出てきたな。空気も重いし。雨になるかもしれんな」

「雨? 濡れちゃうよ」

「そうだな」

 当たり前の反応が何だか可笑しい。

「シアの部屋で一緒に寝ていいよ?」

 遠慮しているとでも思ったか。ドウマは笑みを浮かべた。

「部屋では寝ない。嫌な夢を見るからな」

「嫌な夢?」

「狭い場所に閉じ込められている夢だ」

 閉ざされた空間であることを身体が感じるのだろう。

「エレベータは、だから嫌い?」

 創世神来教のビルで、ドウマがエレベータに乗らなかったのを思い出したようだ。

「ああ。最悪だ」

 閉ざされた空間――特にエレベータのような狭い空間は、吐き捨てたくなるような嫌悪を抱く。閉所恐怖症かよ、と言われたが、恐怖は感じていない。強いて言うなら、閉所憎悪だろう。

「おれはここで寝る。送っていくからおまえは部屋に帰れ」

 マンションの中とはいえ、下着姿のままひとりで歩かせるわけにはいかない。何が危険なのかわかってはいないだろうが。

「シアもここで寝ていい?」

 無邪気な声でシアが言った。

 あどけない貌に苦笑する。

「いいよ」



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