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花鬼  作者: KATSUKI
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第三章  死者は眠る墓標の下に

 


  第三章  死者は眠る墓標の下に



 マンションの部屋に生活臭は無かった。

 キッチンは使った形跡は無く、埃も溜まっていない。冷蔵庫には数本のミネラルウォーター。冷凍庫には何も入っていない。チェックインしたばかりのホテルの部屋のようだ。寝室のベッドもほとんど乱れていない。

 衣裳ケースを埋める少女の服だけが、そこが少女の部屋であることを示す。 

 ドウマはひと通り見て回った後で、リビングのソファに腰を下ろした。

 サングラスをテーブルに放り投げ、ネクタイを緩める。

 シアはシャワーを浴びている。

 ――眠い。眠りたい。寝てもいい?

 創世神来教のビルを後にし、マネージャーの車の中でシアはそう言った。

 子供のような物言いに苦笑したが、考えてみれば昨夜から一睡もしていない。ドウマは平気だが、シアはそうではないのだろう。適当なホテルに入ることも考えたが、マンションがあるとシアが言い、そのままマネージャーに送ってもらった。ホテルとマンションを比べれば、不特定多数の者が出入りするホテルよりもマンションの方が護りやすい。

 むろん安全を優先するなら、マンションも捨てた方がいい。シアを狙う者なら、マンションの住所くらい把握しているだろう。

 だが。

 完全に消息を絶ってしまうと、状況はいつまでも変わらない。敵の正体と目的を探るには、餌の在り処を明らかにしておいた方が手っ取り早い。

(敵か)

 創世神来教が関わっているのは間違いないだろう。

 ――あなたも魔物なのですね。

 初めて知ったような口振りだったが、総務省のサカキと名乗った男は最初からドウマを知っていたに違いない。インタビューゥィズデーモンなどとふざけたことを言いながら、シアを押さえた場合の反応を探っていた。

 真意を問い質してやろうかとも思ったが、マネージャーを見て気を変えた。

 目撃者の前で手荒な真似はできない。

 魔物が人間を傷つければそれだけでニュースになる。

 そのニュースに創世神来教八千万の信者がどう反応するかわからない。魔物の排斥を唱える宗教団体だ。信者全員が報復行動に出る可能性は否定できない。

 報復の対象が自分だけならいいが、無差別の魔物狩りにならないとは言いきれない。

 他の人間達も引きずられれば、世界は再び『ハロウィンの狂気』に染まる。

 そして。

『ハロウィンの狂気』の時は無抵抗だったという魔物だが――

 それは人間から魔物化した初期の感染者達だ。魔物から生まれた第二世代は人間を殺すことを躊躇しない。人は人として育てられなければ人にはなれない。生まれた時から魔物として扱われている第二世代は、人間のアイデンティティを持ち得ない。今、『ハロウィンの狂気』が始まれば、間違いなく牙を剥く。人間に対する不満はすでに臨界点に近い。

 ――第二世代以降の魔物なんて多かれ少なかれ悲惨な子供時代よ。

 ターニャが吐き捨てたように、凄惨なまでの差別と迫害を受けた魔物は少なくない。

 世界は魔物と人間の戦いに転げ落ちていくだろう。

 きっかけさえあれば。

 あまりにもたやすく。

 サカキがそこまで考えていたか定かではない。だが。

 ドウマがレーザの檻から脱け出した時、開口一番の台詞が

 ――殺さないのですか。

 だった。自分が殺された場合のシミュレーションくらいしているだろう。

 魔物を排斥するためには自分の死さえも利用しそうだ。

 逆にあの場でドウマ達を殺した場合のシミュレーションもしたはずだ。

 ネックはやはりマネージャーになる。

 目撃者として創世神来教の所業を証言するだろう。

『魔物人権保護法』により創世神来教は摘発される。魔物の人間に対する不満を逸らすために生まれた法律だ。この手の摘発は速やかに行われるだろう。

 今でも規制ぎりぎりに違いない。詭弁と言いながら、教義をカモフラージュしなければならないというのは嘘ではあるまい。摘発は宗教団体としてダメージが大きいはずだ。

 ただ、これは、目撃者が証言した場合、と注がつく。マネージャーを帰さない、あるいは、始末すれば、阻止できる。

 そこまでするような組織かどうか不明だが。

(あの場で殺そうとしてくれば、一緒に護っただろうな)

 ――女の子を化け物と言ったら、所長に殺されますから。

 マネージャーの言葉を思い出して、ドウマは内心で笑った。

 魔物に対して、『女の子』と言える人間がどれだけいるか。

 ――女ぁ? 化け物だろうが。

 警備員の反応の方が大勢を占める。

 ――シアは仕事をもらうの、初めてだよ。

 無邪気な貌が浮かんだ。

 ――魔物なんだから、仕事があるわけないじゃない。

 ――魔物だと、だめなの?

 子供のような少女は子供のように疑問を口にする。

 現実はターニャの言う通りだが、それをこの少女に言う必要は無い。

 無邪気なままでいられるなら、それに越したことはない。

 ――仕事の話とやらを聞こうか。

 何が狙いだ――そう訊かなかったのは、目撃者云々よりもシアがいたからかもしれない。

 口の端で笑いながら、ドウマはサカキとの会話を思い出していた。



 ――教団のPVを作りたいと考えています。新しい教義のためにね。

 眼鏡を指で持ち上げ、サカキは言った。自失していたのはわずかだった。

 レーザの件は無かったと言わんばかりの口調に、ドウマでさえ苦笑した。

 ――それにシア・ラヴィアさんを使いたい。撮影の拘束期間は約二週間。PVの公開は一年。販売期間は五年。売上利益は教団側。公開中の一年間はイベントなどの企画に参加していただきますが、こちらは日当をお支払します。

 すらすらと言いながら、サカキは契約書を出してきた。

 シアを呼び出すのが目的なら、仕事の話は口実のはずだが、それにしては準備がいい。

 事態がどのようになってもいいようにあらゆる手配をするタイプのようだ。

 喰えない男である。

 ――契約金額は三億円です。

 ――三億円?

 マネージャーが驚愕の声を上げた。無名のモデルに支払う額ではない。

 ――破格とは思いません。広告宣伝としては妥当でしょう。なお、これは危険手当を含むとお考えください。PVの公開はあらゆるメディアを使って行います。これによりシア・ラヴィアさんは魔物であることを全世界に告知することになる。今でもモデル事務所のHPにDemonとありますが、注目度はこれまでの比ではない。相当のリスクがあるでしょう。

 サカキの視線はシアの背後に立つドウマに移った。

 ――世の中、魔物の人権を尊重する者ばかりではない。魔物側も、人間に協力する魔物を許さないという輩もいるのではないですか? さらにこの教団を良く思わない者。そういった者達の矛先がシア・ラヴィアさんに向かうかもしれない。

 護りきれますか?――サカキの眼が笑うように細くなった。

 ――愉しい挑発だが。

 ドウマは唇の端を上げた。

 ――仕事を受けるのはおれじゃない。

 ――そうですね。シア・ラヴィアさん、いかがですか?

 ――シアは仕事がしたい。

 無邪気な貌でシアが言う。

 ――マネージャーさんはいかがですか?

 ――その、事務所に持ち帰って検討したいのですが?

 サカキは薄く笑った。

 ――かまいませんよ。一週間ほど検討時間を与えましょう。ただし、スキャンダルに関する条項については本日から遵守いただけますか?

 ――すきゃんだる?

 シアが首を傾げた。

 ――同性および異性との性的交渉をオープンにされないように。期間はPV公開の一年間。人前でのキスといった必要以上の身体接触も禁止させていただきます。




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