第二章 13
「シアちゃん。この人、だ、誰かな? 教えてくれるかな?」
運転席で、男はバックミラー越しに怯えた視線を投げてきた。
まだ若い。二十代だろう。口調は軽いが、軽薄な印象は無い。細身だが、貌は丸く、人好きのする貌である。
男はモデル事務所のマネージャーだと名乗った。
シアとは初対面らしく、綺麗だね、画像よりずっと綺麗だ――とうわ言のように繰り返した後、ドウマを見て顔色を変えた。
ドウマは前髪を上げ、漆黒のサングラスをかけていた。服は黒いスーツに着替えている。調達はシアに任せた。指名手配の貌を晒して、店に入ることはできない。組み合わせは何でもいいと言ったが、無邪気な貌で差し出してきた袋の中身を見て、ドウマは苦笑を浮かべた。黒いスーツはいいとして、血よりも赤い真紅のシャツ、目玉がデザインされた紫色のネクタイは、逃亡中の重要参考人(十八歳)には見えないだろうが、別の意味で職質の対象になりそうだった。どう見ても、暴力系組織の関係者だ。
マネージャーはドウマの外観に怯えながらシアを車に案内し、シアの後から当然のようにドウマが乗り込むと、泣きそうな貌になった。
普通の男である。
魔物に関わる人間には見えない。
シアを魔物と知って登録している――そう聞いた瞬間、裏があるはずだ、とドウマは(おそらくターニャも)思考した。
人間の魔物に対する恐怖と嫌悪、それに伴う差別意識は根深い。当然、まともな職業は存在しない。
――テロ組織にでも就職して?
ターニャの冗談は、半ば以上冗談ではない。
モデル事務所とは表向きの貌で、裏は魔物を構成員に含む犯罪組織の類、というのはよくある話だ。そうでなければ、魔物をどこぞの研究機関に売り飛ばす人身(?)売買の組織か。引っかかるのは、シアのような子供だろう。意識の奥で、ゆらり、と蠢くものがあったが、ドウマは表情を変えず、それを抑えた。
ターニャからの情報はまだ無い。
「あのね。シアのボディガードだよ」
ドウマの右隣でシアが口を開いた。何か言われたら、そう言えと伝えてあった。
昨夜とは違う服にシアも着替えていた。白を基調としたワンピース。バレリーナのチュチュのようにも見える。レースのフリルとリボンが胸元を飾り、スカート部分は花のように膨らんでいる。首にかかる金色の細い鎖(端末付き)が唯一のアクセサリだが、この少女にアクセサリは不要かもしれない。月光色の髪と透明な眼に優る宝石は存在しない。
「ボディガードって――」
マネージャーは貌をしかめた。
「困るんだよね、そういうの、ぼくを通してもらわないと」
「ごめんなさい」
シアが子供のように謝罪する。
「あ、や。別に責めているわけでは。え、と、彼の名前は?」
「オー……」
シアは言いかけたが、名前を呼ぶな、と事前に伝えておいたことを思い出したのだろう。
「オー君」
そう言い換えた。
サングラスの下でドウマの視線がシアに動いた。シアが小さく舌を出し、無邪気な笑みを浮かべる。
「オーさん、ですか。あ、あの、初めまして。え、と、その……いい天気ですね?」
マネージャーが話しかけてくるが、ドウマは無言で窓の外に眼を向けた。
巨大な建造物が見える。
三つの超高層ビルであった。




