第二章 14
「……クライアントは宗教団体です」
車をビルに向けて走らせながら、マネージャーは説明した。
敬語を使っているのは、少女のボディガードだという男にも話しているからである。男の年齢はわからない。漆黒のサングラスのせいで、表情も読めない。
それでも、圧倒的な迫力が、敬語を使わざるを得ない空気を醸し出している。
「教団名は創世神来教。信者数八千万。ご存知ですか?」
「そーせーしんらいきょー」
運転席後ろのリアシートで、少女が子供のように言う。
絶対漢字には変換していないだろうという発音だった。
シア・ラヴィア――事務所に登録しているモデルだが、会うのはこれが初めてだった。
面接は所長がしたのだろう。これほどの美少女なら二つ返事で登録したに違いない。
あの人は、綺麗なら他はどうでもいい、というところがある。
「創世神来教は――」
世界を創りし神来る――と漢字を説明しながら、マネージャーは続けた。
「五十年ほど前に設立された、よくある終末思想を持ったカルト教団のひとつであったのですが、Dウィルスが発生した際、当時百人ほどいたとされる信者にひとりも感染者を出さなかったことから、爆発的に信者を増やしました。創世神の加護がある、と世間に広く宣伝し、またそれが信じられたというわけです」
「マネージャーさんも信じてるの?」
運転席の背もたれに手をかけて、少女が言った。
少女が近づくと、ふわり、と甘い匂いがする。花の匂いに似ている。
モデル事務所ム・シャンファは花の名前だ。この少女にちなんだわけではないが、奇しくも少女に相応しい名前だと言える。
「うーん、ぼくは偶然だったんじゃないかな、と思ってるよ」
創世神来教の人には内緒だけどね――と少女に言う。
「感染率は千人にひとりだったから、百人程度の信者が感染しなくても不思議ではない。ただ、宣伝については凄絶とも言えるデモンストレーションだったそうですよ。魔物の体液を全身に浴びるとか、活性化したウィルスを体内に入れるとか」
ちら、とミラー越しに後席の男に眼をやる。
男は車のドアに肘をついて外を見ている。
聞いているのかどうかわからない。
「シアは聞いてるよ」
子供のような眼がミラーに映っていた。
真っ直ぐな視線に、心を読まれたのかと思って、どきり、とする。
この少女は魔物だ。
胸の中に魔物に対する恐怖の念がじわりと湧くのを、視線を逸らして誤魔化す。
逸らしたのではない。運転中なのだ。前を見るのは当然だ。
化け物だと思ったわけではない――あえて言い訳を思考し、ミラーを見る。
あどけない表情は変わらない。本当に心が読めるなら、何らかの反応を見せるだろう。偶然だったようだ。ほっと力を抜く。
「……まだワクチンも開発されていなかった当時、創世神来教の過激な宣伝に人々はすがりました。さらにもうひとつ、創世神来教がここまで信者を増やしたのは、徹底的に魔物の排斥を唱え、それを実行したからだと言われています」
口調を抑え、説明を続ける。
「人々は魔物に恐怖していた。恐怖で狂っていたと言ってもいい。……ここらへんの時代背景というか、社会心理については学校で学んだんじゃないかな。どうかな、シアちゃん」
「シアは知らない」
少女の言葉に、魔物を受け入れる学校が存在しないことに思い至る。
「ご、ごめん。えーと、その……」
ミラー越しに少女を見ると、少女は不思議そうな貌をしていた。
なぜ謝られるのかわからないようだ。これ以上、触れない方がいいかもしれない。
「……まあ、そういうわけで、人々は『ハロウィンの狂気』に走るわけで、これから会う創世神来教も当時はその狂気の波に呑み込まれていて、その……」
惨殺した魔物の死体を、神への供物だ、と教団HPに公開していたのだが、そんな話を少女にするのはさすがにはばかられた。
「その教団がシアを指名した理由は?」
男が口を開いた。
低いが、よく響く声だった。
バックミラーに眼を向けた。漆黒のサングラスが映っている。
「新しい死体を作るつもりか」
「や、そんなことは」
車内の空気が急に冷えたような感覚に見舞われ、思わず車の空調に眼を向けた。
その耳に、警告音が届いた。障害物を車が警告している。眼を上げると、ビルの玄関口が見えた。脳が凍りつくような感覚。どうしていいのかわからない。
「ブレーキを踏め」
男の声に、マネージャーは機械のように反応した。




