第二章 12
――名前をつけましょうか。
ある日、ユミエが言った。
少年には名前が無かった。
実験体、またはナンバーゼロと男達は少年を呼んだ。
――男の子だからタロー君とかイチロウ君とか……
少年は何も言わなかった。本から視線も上げない。
少年の頭部には電極が刺さっている。少年が本を読むようになってから、男達が脳波を測るようになった。ユミエを通じて本を与えたことも実験の一環であったのかもしれない。ただ、ユミエがそれを知らされていたかというと、おそらく知らなかっただろうと少年は推察した。
電極を刺された翌日、新しい本を持って部屋に訪れたユミエは、少年の姿に息を呑んだ。
外そうと手を伸ばしかけ、動きを止めた。
――ごめんなさい。
――ごめんなさい。
子供のように謝罪する。震える声を聞きながら、少年は男達とユミエの力関係を知る。男達のやり方に異論があっても、ユミエは逆らうことができない。
以来、少年はユミエの好きにさせている。
何も言わず、視線を合わせることもしなかったが、態度の軟化を感じたのだろう。話しかけてくるユミエの声は、子供のように弾むことが多くなった。
――そうだ。オー君はどう?
無邪気な声でユミエが言う。
――ほら。数字のゼロとアルファベットのオーは似てるし……
少年の眼がユミエに動いた。
ゼロと呼ぼうと、オーと呼ぼうと同じようなものだが、ユミエは真剣のようだった。
少年の中に、初めて感情のようなものが揺らいだ。
――ふざけたネーミングだ。
ぼそり、と言うと、ユミエは弾かれたようにベッドに近づき、少年に貌を近づけた。
――しゃべった? 今しゃべったでしょう?
わあ、と子供のように声をあげると、ユミエは、にこり、と笑った。




