044:Mind Your Biscuits
「敵機、4時方向!」
「見りゃわかるよクソ野郎が!」
こちらも向こうも編隊飛行を続けている。しかし両方が両方を食い散らかそうというのは明白であり、すぐにでも乱戦になるのは分かり切っていた。
だが〈ウルフ〉はその中で血液が凍り付き、それが血管を破裂させんがほどの狂熱を覚えていた。そう、恐ろしく冷たいのに、恐ろしく熱い。
〈チェルノボグ隊〉。
それはあの時対峙した部隊に他ならない。あの時は新型戦闘機に乗っていたが、今回は従来のZa-20。しかしそれはあまり気にする所ではない。
果たしてあの中に、ミーティアを墜とした奴は混じっているのか?
「〈ビースト1〉から〈ジブリール〉。即時の交戦許可を求める」
だが、だからこそ今は冷静にならなければと〈ウルフ〉は努めていた。自分の戦争をするな――とはリーアムの言葉だったか。
それでもなお、「奴」を見つけたとして、自分を抑えきれる自信があまりない。
「無論だ、〈ビースト隊〉。奴らを迎撃せよ!」
「報酬は弾んで下さいよ!」
珍しくも、そんなことを言ったのは〈ベア〉だった。本気で言っているのではなく、自分を奮い立たせるために行っているのだろう。
〈ウルフ〉は僚機全員に伝えた。
「〈ビースト1〉より全機。いまから俺たちが相対するのは〈チェルノボグ隊〉――ボリス連邦空軍の強力なエース部隊だ。気を引き締めて掛かれ。そしてなお生存を第一に考えろ」
声が上ずっていないかどうか、〈ウルフ〉は心配していた。隊長機としての振る舞いを――どこまでできるかどうか。そして彼らを本当に守れるのか。
「隊長は交戦経験があるの?」
「名前だけ同じの別部隊でなければな」
〈キャット〉はそれ以上なにも聞かなかった。それ以上の事を引き出すつもりはなかったのだろう。彼女もまた、ここでは現金な傭兵足らんとしている。
〈チェルノボグ隊〉はしばらく固まって編隊飛行していたが、接近を感じるともに大きく散開した。〈ウルフ〉はその光景――その先頭にある1番機を「目」で視ていた。
「戦闘機乗りの晴れ舞台という訳か。いいじゃないか」
ひとときの昂奮は冷めやって、〈ウルフ〉は冷徹に戦闘に向かう気持ちを固めていた。自然にそうできた。彼もまた、戦闘機乗りとしてはプロだった。
「〈ビースト1〉、交戦開始」
そこから一気に戦闘機動を繰り出していく。速く鋭く、だが注意深く。空が捲り上がっても、あくまで冷静に。信じるのは己のカンと計器とレーダー。そのどれもが欠けても空で生き残ることは出来ない。
「〈チェルノボグ3〉、食い付かれている。敵の1番機に注意しろ。奴はかなりの厄物だ」
その声も覚えている。〈チェルノボグ1〉。あの時の隊長機と変わりはない。だがあの時一番異常な機動を見せていたのは4番機のはずだった。
奴は――「彼女は」、ここにいるのか?
だが個人的怨恨はまだなるべく抑えようとしていた。「仕事」に集中しなければならない。ひとりで戦っている訳ではないのだ。
〈ウルフ〉は率先して前に出て、敵機を捉えようとする。だが敵も精鋭らしく、簡単に後ろを取らせてくれない。
「この機体じゃ足りない」
彼は早くもLa-18の限界を悟っていた。旋回性能は向こうのZa-20のほうが上である。推力は勝っているが、そこはあまりこの状況では意味を為さない。La-18は本来Za-20に対抗する為に設計されたもののはずである。それに負けるとは――所詮はモンキーモデルということか。
〈ウルフ〉は自分の戦闘機乗りとしての才覚を、この機体では受けきれていないことに気付いていなかった。
だが接近はしている。目視でも敵機ははっきり見える。〈ウルフ〉はスティックのトリガーを引き、鋭く実弾機関砲を発射した。墜とすのが目的ではない。こちらの思う方向に敵機の機動を誘導する為だ。回避していく〈チェルノボグ3〉の後ろに徹底的に食らい付いていく。Gはさらに掛かる。だが重力を感じるのは生を感じることだ。
「くそ、なんだこいつは! 援護してくれッ!」
〈チェルノボグ3〉は怨嗟を込めて叫んでいた。その通信を拾うのもなんだか皮肉であるが、通信はなるたけ傍受し、データ解析の為に管制に送る必要がある。耳では聞き流していた。
「気を付けてください、〈ウルフ〉! 敵の2番機が後方から接近!」
「お前が援護するんだよ、馬鹿野郎!」
味方の通信もなお聞き流していた。状況は把握している。食い付いているのも、食い付かれているのも、となれば墜とすのが早い方がいい。彼はそう判断した。
「〈ビースト1〉、発射」
最適の場所、距離、方角、速度を以て〈ウルフは〉誘導弾を2弾発射した。彼の魔法能力の真髄はここからの誘導能力にある。おそるべき〈感応〉と〈集中〉によって、彼はその時〈チェルノボグ3〉を捉えた。
「被弾した! すみません、脱出します!」
4機の内、まずはひとり。だがそいつは「彼女」ではなかった。状況を確認しても「彼女」のような、そう、呪術的な機動を見せている機は存在しない。
「彼女」はいないと見ていいだろう。それならそれでいい。冷静な戦闘ができるから。
「たった数コンタクトで墜としてくれたか。お前たちの噂は伊達ではないようだな」
「俺たちが噂になっていたのか?」
「アルスター戦争を生き残りが率いている空賊の部隊、とは聞いているぞ」
「生き残りとはね」
馬鹿なことだ。
戦って勝ち得た生存ではなかった。ただ単に運と巡り合わせでしかない。それが自分の力の証明になるとは、まったく思っていなかった。
――という通信、そして思考を〈ウルフ〉は〈チェルノボグ2〉の攻撃を回避しながら行っていたのである。異様な程の冷静さ。彼は自分が凍っていながら動ける矛盾を感じながら機動していた。
「ダメ、隊長無茶してる! 誰か助けなきゃ!」
「お前がやれよ、〈ビースト2〉! 攪乱はお前の仕事だろうがッ!」
「そうだな、援護を頼む」
そうすると、横に付いていた〈キャット〉は弾をやたらめったらに打ち出した。明確な敵機への誘導を志向するものではなかった。そこには残留思念を乗せていて、レーダーを幻惑させるのが目的である。
この間に〈ウルフ〉は離脱すればいい。
が、この時彼がとった行動は誰もが度肝を抜かされるものだった。
〈キャット〉の攪乱は〈ビースト隊〉側のレーダーも麻痺させるものだった。実際レーダーモニターには灰色の靄がかかっているだけだ。だがそれがどうした、と言わんばかりに混乱の隙を突いて――彼だけが、混乱していなかったのだ――鋭い上へのピッチアップ。そこからの急降下。そうして〈チェルノボグ2〉の後ろを取り、自身の誘導能力だけで敵機を捉えたのだった。撃墜。
「なんだと」
ここに〈ウルフ〉の異常な戦闘能力の本質が存在する。機動能力はもちろんとしても、誘導弾の制御ももちろんとしても、最大の力はその瞬時の戦況を読む力だったのである。
彼自身はそれをまったく自覚していない。やれることをやっているだけだ。そしてそこには文字にならない教本、ずっと後ろから見ていた――いや、この表現は空戦にはややふさわしくないが、それでも――教本があったのである。
自分は今でも彼女と一緒に戦っている。
それは即ち、自分が墜とされるのは彼女を否定されるのと同じ。
それがいささか妄執的な思いであるのは分かっている。ディアーネ王女が言った通り、死んだ者に呪縛されるのはいけないのかもしれない。だが彼は宿命的確信において、それを手放せない。
――それが〈ビースト1〉をいずれ「史上最強のエース」に導く道程、その核だった。
戦闘はまだ終わっていない。




