027:Rewilding
「ま、お前さんがそう言うだろうってのは分かってたさ」
ジョセフはなんら困惑もせずそう言った。見るとほかの面々も特に動揺していないようだった。つまりゲラルド・ハインツという男はすでにそういう男として認識されているということであり、となればブルースもそういうものとして対応しなければならなかった。
それは別に敵対意識を持つ訳ではない。慎重に相手しなければならないという意味だ。
「それは、準備はできているということですか?」
ブルースの質問にジョセフは頷いた。
ブリーフィングルームの空気はすこしぴりぴりしていた。まだ夏は終わっていないし、空調もそこまで効いていないのに、なにか奇妙な冷たさを感じる。だがブルースはそれを普通のものとして受け入れていた。
その中でひとり熱いのがゲラルドだった。彼はブルースに詰め寄り、ねめつける。そう言えばこういったインネンを付けてくる奴は空軍士官学校にもいたな、などと懐かしい思い出がよみがえる。その時は、どうしたのか――
「分かってんのか? 遊びじゃねぇんだ。お前が俺たちの命を預けられるだけの男かどうか、証明してみせろってんだよ」
「空戦で勝つことがそれの証明になるのか?」
ブルースは自分の口振りが冷淡になっているのを自分でも気付いてはいた。
「俺より強い奴に率いられるんなら、文句は言わねぇよ」
意外と真っ直ぐな男なのかな、とブルースはゲラルドを評価していた。粗暴ではあるが心が捻くれているようではなかった。むしろ真っ直ぐ過ぎて怖いくらいだった。
ブルースはもうすこし複雑だった。個人としての力量、武力が、即ち軍人としての強さとは限らないと思っていたからだ。その意味でゲラルドとは別に、こうやってジョセフに部隊長になれと言われていることに惑ってもいた。
彼はジョセフの意図を誤解してはいなかった。つまりそれは、アルスター王国からの亡命民に責務を負わせ、簡単には逃げられなくするためだった。すくなくともブルースはそう解釈していた。恐らく間違ってはいないだろう。
「単純な世界観だな」
「それのなにが悪い? 納得できるかできないか、それだけのことだろうが」
「いや、尊敬するよ。皮肉じゃない」
自分にはそうやって割り切ることができない。そういった割り切りが、この空賊の中で生きていくには必須なのだと頭では理解していてもだ。
「きみはそこまで悪い奴じゃなさそうだ」
「お前だって悪い奴じゃないんだろうさ。だが空で生き残れるのはいい奴じゃなくて強い奴だ」
「その意見には与しないな」
強い奴が生き残るのなら、ミーティアは――彼女は、弱かったのか? そうかもしれない。しかし頭ではなく、心でもなく、もっと奥底のどこかでそれを認められない。
「言い争いでは終わんねぇだろ。やることは単純明快、力を示せ」
ジョセフ・ネブラスカが話を打ち切って、模擬戦への準備を促す。
「どうなるのかなぁ……」
「私らは与えられたところで生きるだけよ、クリストフ」
アリスとクリストフはそんな話をしていた。仲がいいのかもしれない。
ブルースには不安もあった。今まで乗ったことのない機体でいきなり空戦をやれ、というのは中々難しいものである。本来、空軍では時間を掛けてパイロットを機体に「馴染ませる」ものである。彼自身、士官学校で乗った練習機からARC-17に転換した時、しばらく戸惑ったものだ。ましてこんな状況では。
しかし迷っている訳にもいかない。ここで生きる為には力を証明しなければならない。ブルースはそう思っていた。役立たずとして捨てられる訳には行かない。それに彼とて、戦闘機パイロットとしての矜持は人並みに持っていたのである。
更衣室で新たなパイロットスーツとヘルメットを与えられた。アルスター王国空軍のスーツはダークグリーンだったが、ここでは灰色である。サイズは普通に合っていた。着心地も悪くない。安物ではなさそうだ。こういった細かいところで、彼は空賊の実力に気付くのだった。
「へっ、似合ってるぜ。これでお前も今日から俺たちの仲間だ」
その彼のパイロットスーツ姿を見て、ジョセフが言った。
それは喜ぶべきことではなかったが、しかし仕方ない。自分に生きる意志があるなら、なんでも利用しなければならなかったし、事実ブルースには生きる意志があった。
準備が出来ているというのは言葉だけではなかったようだ――本当に予想していたのだ。駐機場ではすでに2機の戦闘機がいつでも離陸できるようにスタンバイしていた。
その機体には見覚えがあった――実戦でも哨戒任務でもちょくちょく見かけたもの。ちょっと前までは敵の象徴だった空賊の主力戦闘機、VF-15。ペットネーム〈ブルースワロー〉。大型の双発で、ダブルデルタ翼と2枚の尾翼が跳ねている。大国の生産する戦闘機と遜色ない。それを自前で生産できるだけの能力がネブラスカ・ヴァンガードにはある。
テイクオフを前にして、整備士はなおも慎重に機体の仕上がりを確認していた。それを監督していた男がいる。びっくりするほど大柄の男だ。2メートルに届きそうなほどの慎重で、体躯もがっしりしている。
その彼がブルースに寄ってきた。あまり緊張はしない。ガタイこそ厳つかったが、その顔は柔らかかったからだ。
「お前さんが新入りか――うん、いい面構えをしている。ジョセフ殿の若い頃も似たような顔をしていた。戦闘機乗りの顔だな」
「そうでしょうか――あ、いや、あなたは?」
「ジョン・マグナーテンだ。これからきみの部隊の首席整備士をさせて貰う。どうぞよろしく」
「ブルース・ケインです」
彼らはがっしりと握手した。整備士特有のごつごつした手が印象に残る。
「機体は万全かね、ジョン」
「もちろん、万全であります」
ジョセフはこの整備士に全幅の信頼を置いているようだった。静かに頷くだけ。そして最低限の操作方法だけ教わり、搭乗するように促される。
「ま、そんな心配すんな。基本的な操縦方法はそんなに変わんねぇよ」
確かにそうだった。計器類や操縦桿はまだ慣れないものだが、そこまで違和感はない。シートは心地よくすらあった。キャノピー越しの視界はクリアに見え、遮断するようなものもあまりない。HUDもそう変わらないようだ
エンジン始動。墜としたこともある機体に乗るのは、すこし奇妙な感じだった。
心がざわついているのが分かった。新しい翼を試すのに、にわかに興奮しているのを自覚していたのだ。
「さあ、お前の実力を存分に示して見せろ。それがお前がここで生きる唯一の道だ」
勝ち負けにはこだわっていない――新しい空を見る、それだけでもブルースにはよかったのである。その意味で、彼にはまだあの時、10歳の時の魂が残っていた。




