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空の底 〜天世界で狼は最強のエースに駆け上がる〜  作者: 塩屋去来
プロローグ

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2/12

天狼、歴史に現れる時





〈ビースト1〉、TACネーム〈ウルフ〉――ブルース・ケインの名前が初めて世界に知られたのはニ大陸戦争開戦直後、アル・ヌルマス教国においてである。しかし彼はその国民ではなく、空賊ネブラスカ・ヴァンガードから派遣されていた傭兵であった。


 資本主義国家ヴァルハラ・民主ユニオンと共産主義国家ボリス連邦の開戦の経緯は諸兄もよくご存じの通りである。元々「世界革命」を掲げていたヴァレンツキ派が連邦の実権を握ると、その革命精神の拡大政策を隠さなくなり、超大国の緊張は強くなった。


 しかし、それまでは連邦も穏健派によって民主ユニオンとは融和政策を続けていて(それがヴァレンツキ派を過激化させた一因でもあるのだが)、経済的結び付きは強くなっていた。その中で政権交代後軍事拡張を続ける連邦に対し、民主ユニオンが経済制裁を課したのが引き金であったと言われている。


 しかし筆者にしてみれば、それは戦争の口実に使われたに過ぎないものだと思う。この戦争は早くからイデオロギー戦争、もっと言えば宗教戦争の色が濃かったのだ。


「世界革命」とはなんだったのか。それに答えるのは政治学者か後世の歴史学者の仕事であり、筆者のものではない。ひとつ言えるのは、それは全世界への宣戦布告だったということだ。それゆえ開戦と同時にアル・ヌルマス教国にも牽制として攻撃を仕掛けたのだった。


 さて、「彼」の話に戻ろう。


 傭兵として派遣されていた〈ウルフ〉はその異国の地で開戦を迎えた。彼はこの時点で「国」を失っていた。そしてそれ以上のものも。



       ◇



「民主ユニオンは奴らの動員を察知していなかったのか?」


〈ウルフ〉の僚機、〈ビースト4〉、TACネーム〈ライオン〉が腹立たしそうに言った。誰もがこのような形で開戦を迎えるとは考えておらず、動揺と憤怒が兵舎を包んでいた。ただひとり、〈ウルフ〉だけが台風の目に入ったかのように冷静だった。


「知らない。そして俺たち戦闘機乗りはそんなことを考える必要もない」


 頬のこけた〈ウルフ〉。その容貌ゆえ彼はほかに「天狼」とも「餓狼」とも言われた。


「度胸あるじゃねえか」

「隊長はこの隊で唯一の戦争経験者ですからね」


〈ビースト3〉、〈ベア〉が口を挟んだ。〈(ベア)〉の名前に相応しくない小柄の金髪男性だった。


「でもブルースの言う通りよ。私たちが出来るのは戦うことだけ」


 と言ったのは〈ビースト2〉、〈キャット〉。隊の中で唯一の女性であり、一番の年長でもあった。


 空賊に集まった者らしく、彼らは出身国も経歴もてんでばらばらだった。それは後々語られることになるだろうが、それは今ではない。


 今から戦争が始まるのだ。


 彼らが駐留していたアル・スール航空基地にはレッドアラートの音とランプがけたたましく響き、輝いている。緊急発進(スクランブル)を望んでいた。


「そうは言うがなアリス、俺たちは金が稼げればそれでいいんだぜ。戦争に巻き込まれるなんて貧乏くじにもほどがあるんじゃねえか」

「仕事だ。俺たちは色々な理由で空賊に匿われている。戦闘があったとしてもこなさなければならない……そう、戦争をこなすんだ」


 そう冷静に言う〈ウルフ〉にはどことなく影が差している。彼の事情は隊の誰もが知ってはいたが、そこに触れるような蛮勇のものはいなかった。〈ライオン〉でさえも。


「さあ、空戦だ。諸君らの奮闘を期待する」


 どの道避けられない戦闘である。そして彼らは戦闘機パイロットとして、地上で爆撃により死ぬよりは、空戦で墜ちて「空の底」に送られることを望む者だった。それだけが根無し草の彼らを支えていた共通意識だった。


〈ビースト隊〉に与えられた戦闘機はLa-18〈リムファイア〉というラングレー社のものである。これは空賊で通常運用しているものではなく、教国が支給した機体である。しかしラングレー社はヴァルハラ・民主ユニオンの航空機産業であり、つまり輸入品。しかも輸出用のダウングレード版、いわゆるモンキーモデルだった。最新鋭ではあるのだが。


 これで戦わなくてはいけない。


「私の本当の仕事は攪乱機(ジャマ―)なんだけど」

「後方支援でいい。無理はするな」

「隊長は女性には優しいんだから」

「俺は誰も差別していない。性別も年齢も肌の色も」


〈ビースト隊〉の面々は戦闘機に乗り、駐機場から滑走路に向かい、それぞれ離陸(テイクオフ)していく。〈ウルフ〉は隊員の離陸を見守ったあと最後に上がった。そしてすぐに編隊飛行の先頭に立った。


管制(コントロール)より〈ビースト〉。敵機は方位80から接近しています。その数10。すべてボリス連邦空軍です。奴らの足止めをお願いします」

「お願い、ね」


 言ったのは〈ライオン〉だった。


「言葉こそ慇懃だが、結局のところ俺たちを使い潰す気満々じゃねえか」

「〈ライオン〉、あの――」

「〈ライオン〉の言う通りだ。俺たちは使い捨ての駒に過ぎない」


〈ベア〉の言葉を遮って〈ウルフ〉は言った。しかし彼にはさらに言葉があった。


「だからこそだ、きみたち。この戦いでは生存を優先しろ」


 それを言う資格が俺にはあるのかな――と思いつつも、〈ウルフ〉の言葉は心の底からでたものであった。


 何故なら、彼自身の中では敵を皆殺しにする気だったからだ。


 そして交戦(エンゲージ)


散開(ブレイク)!」


 それと同時に長距離魔力誘導弾が放たれる。しかし距離が離れるほど長距離弾は誘導性能を減退させる。だが1機にはヒットした――それは意外にも〈キャット〉の放ったものだった。いや、意外ではないのかもしれない。彼女は魔導能力に優れているからだ。だからこそ本来は攪乱機乗りなのだが。


「うわ、当たった!」

「これは長距離ゆえだ。格闘戦になれば当たらない。〈キャット〉、きみは俺の後ろに付いて来てくれ。ここでひとりでも隊員を失ったらジョセフのおやっさんに面目が立たない」


 それはラッキーパンチだったが、本来は牽制目的の攻撃だった。格闘戦で優位に立つための。


 そして〈ウルフは〉隊の先頭に立って敵機に向かっていく。

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