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神納

気絶。

現実ではあり得る症例ではあるが、ことVRゲームにおいて、それはあり得ることではない。

というか、あり得ていい事態ではないのだ。

万が一気絶するほどの衝撃をプレイヤーに与えてしまうゲームがあったとして、それをそのまま再現するのは法律で禁止されているからだ。

VR初期に起こったいくつかのデスゲーム未遂事件をうけ、今のVRハードにはそこまでの影響を、人の脳に与えることができないようになっている。

では、ゲーム内での気絶とはどういうものか? 決まっている。


『……意識ははっきりしているけど、一切の行動ができない状態異常として扱われるんだよなー』


赤い巨鳥に鷲掴みにされながら、手をぶらぶらさせるしかない情けない現状に、ソートは内心歯噛みする。

だが、悔しがったところでしかたがない。負けは負け。それも完膚なきまでの完敗だ。

おそらく、この二人の救助がなければ自分は情けなくデスペナルティをくらい、最後の手段である下界降臨を封殺されるはめになっていただろう。

ソートの頭の冷静な部分が至極全うな判断を下すなか、巨鳥はようやく安全な場所を見つけたのか、木々が密集する森のなかに降り立ちそっと、ソートを下ろす。

そして、


「それで、この御仁はどうするんだ?」

「そうだねー。とりあえず気付けでもさせてたたき起こす?」


そのまま深紅の着物を着た美少女に変化し、ソートの傍らに降り立った。


――しゃべる巨鳥なんて珍妙なと思っていたが、やっぱり神獣・魔獣の類いか。ということは、この男はこいつを従える神格? いや、でもステータスでは人間表記だし……。


そうソートが首をかしげるなか、男はソートに近づき、


「いくぞ、よっと!」

「ッ!?」


ソートの背中に手を添えた。

たったそれだけで、ソートの体にとてつもない衝撃が走り、糸が切れた人形のように動かなかった体の隅々まで、神経が通るような錯覚を覚えた。

同時に自分のステータスバーに出ていた状態異常のアイコンが消え、ソートの体が息を吹き返す。


「がふっ! げほっげほっ!」


同時に体に走った衝撃によってソートがむせていたが、男にとっては些事なのか、彼はソートの背中をさすりながら、話しかけてきた。


「よしよし、ちゃんと目が覚めたな? 大丈夫か? 体に障害とか出てないよな? この指、何本に見える?」

「ウグググ……。三本」

「よし、大丈夫そうだ」


そういって、三本の指をたてていた手を引っ込め、にやりと笑う男。

その笑顔にもうちょっとましな起こし方はなかったのかといってやりたいソートだったが、一応助けられた立場であることは忘れていなかったのか、特になにもいうことなく、その内心は抑えた。

そして、


「俺の名前は神納だ。よろしく、変な奴。それで、状況はわかるか? あんたあの怪物に滅多うちにされたんだが……どこまで覚えている?」

「怪物? あぁ……それは」


男の問いかけにソートは一瞬迷った。

果たして正直に答えていいものかと。

このまま事実を教えたところで、ここはソートたちを崇めるバビロニオンとは遥かに離れた大地。当然のごとく同じ神話体系があるとは思えず、話したところで意味不明な話をする、自称神様の危ない奴がいるという話になってしまう。

だが、ごまかそうにも男――神納の話を聞く限りどうもあの戦いは見られていたようだ。

あんな派手な戦いを演じてしまった以上、実は転移魔法で事故った一般人なんです! 何て言っても、信じてもらえるわけがない。

はてさて、どうしたものか……。


そうソートが思い悩んでいると、


「大丈夫だよ、ソート様」

「……えっ?」


意外なことに助け船を出したのはあの赤い鳥だった美少女だ。


「大丈夫って……それに、俺の名前まで?」


どうして知っている? と、ソートが瞠目するなか、美少女は名乗る。


「私の名前は鳳凰。文明もたらす炎の鳥にして、知恵をもたらす繁栄の神鳥」


そして、


「ソート様たちが作った黄金の知恵の果実。その種から生まれ、いくつもの文明発生予定地に散った、知恵の果実の分身です」

「なっ!?」


予想外すぎるその正体に、ソートが再び息を飲んだ。



…†…†…………†…†…



知恵の果実。

ソートがティアマトに知恵を与えるために作り出した黄金のリンゴ。

ティアマトに食されたそれはその後すぐにくだけ散り、世界から消滅したはずだが……。


「まさかまさか! 初期状態であんな容赦ない金額要求するアイテムがそれだけなわけないよ! 知恵の果実は言わば文明育成機構。確かに一番の力を発揮するのは始めに食べられたときだけど、それ以降も種は世界に溶け込み、根を張り、新たな果実をつけ、色々な形で文明の発展を支えていくの。たとえば、果実になったり、石板になったり……鳥になったりしてね?」


そういって美少女――鳳凰は、服を自慢するかのように、その場でくるりと回り、ソートにその体を見せつける。


「というか、なんで知らないの? アイテムの説明テキストに全部書いている筈だけど?」

「うっ! あのときは消費金額のでかさに我を忘れていて……」


申し訳なさそうに頭をかくソートに、 鳳凰はじっとりとした半眼を向けたあと、ため息とともに、


「まあ、今はそれはいいよ。うん、他の果実の種からも、『なんか完全放置臭いんだが大丈夫かこれ?』とか言われてたけど、単純に知らなかっただけだというなら、責めるわけにもいかないし……」

「グゥ!?」


まだグゥの音はでたソートを無視し、鳳凰は一番聞きたいことをソートに尋ねた。


「それで、二人はどうしてもめてたの? 最後に見たときは、割りと仲良くやっているように見えたけど?」

「それは……」


その質問にたいし、ソートは一瞬答えるのをためらった。

身内の情けない醜態をさらすことにためらいを覚えたというのもあるのだが、一番の理由は話せば間違いなくこの二人を巻き込むことになるからだ。

さっき経験したように、今回のシェネは準備万端でこちらを迎撃してきている。その攻撃威力は高ステータスでまとまっている創世神の顕現用アバターを一撃で沈めるほどだ。

神獣である鳳凰はともかく、この世界の人間であり、ただの人らしい神納が巻き込まれてしまえば、戦いの余波を浴びただけでもただではすまない。ゲームのなかでも人死にをいやがるソートにとってそれは避けるべきことだった。

だが、


「話したくないっていうならそれでもいいぞ?」

「え?」


意外なことに、神納の口からはとんでもない言葉が飛び出した。


「それならそれで、俺達はなんの情報もないまま、あの化け物に突貫するだけだ。元々俺たちの目的はあの怪物が塞き止めている河を解放すること。あんたの事情は俺たちにとっちゃ枝葉なんだよ。聞ければあの怪物を倒すヒントが得られるかもと、一応聞いているにすぎない。話を聞けなかろうがどうなろうが、俺たちがあいつに戦いを挑むことには変わらない」

「……おまえ」


まるでこちらの心理を読んだかのようなその言葉に、ソートは思わず息を飲む。


「自惚れるなよ、神様とやら。世界はあんたを中心に回っている訳じゃない」


創世神にとってもっとも縁遠く、だがしかし、事実その通りな言葉がトドメとなった。


「ぷっ! くっくっ!! ははははははははははははは! その通り、その通りだなオイ! まったく、持ってその通りだ!」


ソートの口から笑い声が漏れ、それはそのまま爆笑に変わった。


――俺はいったい、何を勘違いしていたんだと。

今さら創世神らしく振る舞ったところでなんになる。シェネに裏切られた時点で自分は創世神失格なのだから。

だから、


「なら頼む。俺の情けないたのみを聞いてくれ」


――俺はするべきだ。


「助けてくれ」


――下界の人々の力を借りることを。


そして、それは始まる。

後に蒼江文明と呼ばれ、世界四大文明のひとつに数えられる極東の王朝――蒼。

そこで語られる創世神話が、今始まろうとしていた。



…†…†…………†…†…



ひとしきり泣き飽かしたシェネは、ぐったりとした様子でその場で寝転がっていた。


「はあ、次マスターが来るときはこちらの対策をしてくるでしょうし、女禍のバージョンアップが必要ですね。でも正直今は億劫ですし――明日から本気だしましょう」


色々どうでもよくなってしまったのか、もはや思考回路がダメ人間よりになっているシェネ。一番の目標であったソートの神界送りを終えたがゆえ、燃え付き症候群に似た症状を患っているようだった。

ソートがその姿を見たら、俺はこんな奴に負けたのかと、うなだれること請け合いである。

そんな時、


『おい、化け物。聞こえているか?』

「ん?」


周囲を取り囲む水鏡の上に、波紋が生まれる。

誰かがこの水盆の上に乗った。

それを関知した女禍の眼光が、波紋がたつ場所へと向けられた。

そこには、赤い、鷲程度の大きさの鳥を肩に止めた、一人の男がたっていた。


――誰だこいつは?


予定になかった来客にシェネの額に不機嫌そうなシワがよる。

普段ならおおらかな対応をとれただろうが、あいにくいまのシェネは虫の居所が悪い。

突然の化け物呼ばわりも合わさり、発された声は、1オクターブほど低くなった。


「なんです、あなたは?」

『俺はこの河の下流に住む、神納というもんだ。川が突然小さくなったもんでその原因調査に来た。ここまでいえば、俺があんたに何を求めるかわかるだろう?』

「むっ!」


痛いところをつかれ、シェネは思わず唸る。

確かに、この堰によって下流に多大な迷惑がかかっていることくらい、シェネも自覚していた。

だが、先程の戦闘からわかるように、この水は女禍の武装であり、マガジンだ。まだソートの襲来が予想される現状で、堰を取り外すことはできない。それに、


「一応こちらだって計算して水を止めています。周辺集落の人口をしらべ、その人たちが渇水で死なない程度の水は流していますが?」

『それは問題じゃない。俺が問題としているのは、河の水がへってあの連中が不安がっていることだ。このままじゃ事実がどうであれ、周辺集落で殺し合いが起こる。それを止めるためには、いつもと変わらない河が必要なんだ』

「はあ?」


その言葉に、シェネの眉が盛大にしかめられた。

そんなこと、


「知ったことじゃない」


――私はこんなに身を粉にして働いているのに、大切と思えたマスターの信頼さえ裏切って、この場にいるのに、なのに守ろうとしているこの世界の人間は!


「ただ不安だから。そんな理由で殺し合いをするような連中は、可及的速やかに死んでください。マスターの世界に、そんな馬鹿いらない」

『それがおまえの答えか!』


瞬間、神納が弓を構え矢をつがえる。

だか、それよりも女禍の反応は早い!

ためらうことなく背中から生えた龍を神納に向けた女禍は、そこからソートを殺した水流を発射する!


「いいでしょう。丁度虫の居所が悪かったところです。殺しまではしませんが、サンドバッグになってもらいますよ!」


当然、人間である神納にそれを回避する術も防御する術もない。


直撃した!



…†…†…………†…†…



立ち上がる水柱を見て、相手はようやく我に帰ったようだ。


『あっ、ヤバッ!? 狙いちゃんと外しましたよね!? 当ててませんよね!?』


それに対する神納の内心は、


――いや、がっつり直撃コースだったぞ? 鳳凰がいない俺なら死んでいたぞ、まったく!


内心ドッと冷や汗を流しつつ、少なくとも表面上は無表情を取り繕い、彼は水柱から飛び出し、つがえていた矢を放った!


『ナッ!?』


無事であったこともさることながら、まさか攻撃してくるとは思ってなかったのか、シェネは矢の直撃を受ける。

そして、


『なんですかこれぇええええええええええ!?』


爆裂し、巨大な炎の球体に化けたその矢にさらに悲鳴をあげた!

高熱とともに、女禍の体を大きく削り取る炎を見つめつつ、神納はいう。


深紅に変わった衣服に、長く延びた髪から、飛び散る火の粉。

そして自分の体に鎧のようにまとわりつきながら、一切熱くない炎を従え、堂々名乗りをあげる!


「我が名は神納。神納める者。我が身に宿りし、叡知の輝き、しかとその身に焼き付けよ」


鳳凰の力を借りることで、具現化する、その姿の名は、


「神獣装纏――《炎帝》!!」


神話の王朝の王の名が、高らかに蒼穹の空に響き渡った。

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