神納――炎帝神話
水盆の上に、次々と巨大な水柱がたてられる。
その度に大地に激震が走り、堰には津波が押し寄せ、大量の水が溢れだす。
それだけの攻撃を受けてなお、
「ぐっ! こんのッ!!」
シェネは神納を止めることができなかった。
次々と飛来する水流の掃射を、紅蓮の炎を撒き散らし、宙を翔る神納は、次々とかわす。かわす!
鳳凰は猛禽類がベースだったのか、その眼孔は高速で飛来する水流の全てを見切り、そのことごとくを紙一重でかわしていく。それどころか、
「好き勝手やってくれて!」
女禍の胸部めがけ放たれた深紅の矢を、伸ばした龍の頭で受け止めながら、シェネは怒号をあげる。
だが、相手はその程度の怒りなどものともしない!
『鳳凰! 次は三本。根本を狙う!』
『かしこまりッ。私のありったけを搾って、お兄ちゃん。わたし、お兄ちゃんに絞られるなら辛くない! むしろ気持ちいいくらいだよ!』
『一瞬でいいからその余計なことを抜かす口閉じられんのか貴様ーッ!!』
「ぐっ! またあの攻撃ですか!」
まるでどこかのだれかさんのようなやり取りを繰り広げながら、神納が弓を構える。
シェネはそれをみて、あわててウィンドウを操作。だが、その対応が終わるより早く、
『ぶち抜け――《炎帝降臨》!!』
赤く燃え上がる神納の攻撃が放たれた。
深紅の閃光へと変化した三本の矢は、次々と女禍の体に食らいつく!
そして、
「再生機構全力展開! 焼かれた部分を即時切除し、新しい細胞で埋め……」
シェネの絶叫のような指示と同時に、炸裂した!
炎の球体となった矢の爆裂は、そのまま女禍の体を焼き、樹木の巨体に悲鳴をあげさせる。
同時に女禍の体が大きく傾いたがゆえ、バランスを崩したシェネは転倒してしまった。
だが、何とか女禍の制御は握っている。
口頭指示では遅すぎる。それを悟ったシェネは必死にシステムコンソールを複数展開し、有り余るAIの演算能力をいかし、直接女禍の体に指示をぶちこむ。そして、
「いくらなんでも押され過ぎてる。まるで性能はあちらの方が上みたいじゃないですか……。そんなの、マスターの顕現体か、あるいは……」
そこまで言って、シェネは悟った。
――そうだ。マスター以外で私が出力負けする存在なんてひとつしかない。
ソートの眷属であった頃はなかった、淡水神アプスーの属性。それが、膝を屈してしまう唯一の相手と言えば!
「まさか、ティアマトと同階級――《知恵の果実》の継承者!」
…†…†…………†…†…
『気づくのが遅かったねー、シェネさん』
両手をつき、焼かれた場所を再生することによって、何とか転倒を免れた女禍。その動きがあからさまに動揺したのを見て、鳳凰はシェネが自分達の正体を悟ったことに気づく。
だが、そんなことは神納たちも折り込み済み。
『気づかれたよお兄ちゃん。今後はあっちもそれ相応の対応をとってくると思う』
「だとしたらどうした? 出力では俺たちが勝っているんだろう?」
『もう、さっきもソート様が言っていたでしょ? 今までの直接的殴り合いは、混ぜ物になって器用にはなったけど、格は落ちてしまったあの人との戦いだったから、一方的に殴れただけ。あの人は創世神の眷属で魂の制御ができるんだよ? 女禍で殺せないとわかったのなら、別の殺せるなにかを作ってくるだけだよ?』
鳳凰の言葉の通り、立ち上がった女禍からの攻撃がやむ。
同時に女禍のそばにあった水面から無数の気泡が沸き立ち、なにかが水中でうごめき出す。
神納はそれを見て舌打ちする。
鳳凰の言葉が正しいことが証明されたのだから。
ここから先は油断ならない戦いになる。
だから、
「なら、次に進むか」
『そうしよう、そうしよう!』
躊躇うことなく、まともに戦う選択肢を投げ捨てる。
彼らは狩人で戦士ではない。ゆえに、獲物を仕留められればよく、その過程は些事でしかないのだ。ゆえに、
「まずは、その力……削がしてもらうぞ!」
深紅の豪弓をしならせ、再び紅の矢を放つ。狙いは、
「水面だ!」
『ッ!? こんのっ、せっかくためた私の水!』
それをみて、シェネは叫ぶが、もう遅い。それに、
「勘違いしてんじゃねえぞ、侵略者。その水は、もとより俺たちのものだ!」
神納の怒号が石柱に反響するなか、水面につきたった赤い矢が、さっきと同じように爆裂した!
その爆発に競うように発生した、水蒸気の煙をともないながら!
…†…†…………†…†…
それからも、神納が放つ矢は次々と水面に炸裂し、夥しい量の水蒸気が辺りを満たし始めた。
それにより水盆の上には深い霧が発生し、悪化した視界がシェネの攻撃を阻害する。
「でも、このまま好き勝手やらせるわけには……キャッ!?」
いかない。といいきる前に、女禍の体に再び衝撃。
シェネがそこに視線を会わせると、予想通り、太陽のごとき炎の球体。
「あいつ! 私が見失ったと思って、調子にのって!」
内心激しく憤りながら、あくまでシェネは冷徹に判断を下す。
彼女はAI人感を持つがゆえに、人間のような感情に玩ばれるが、それでも極力、判断を間違えないようインプットされている。だから、こそ彼女は詰めの一手を間違えない。
「食い殺しなさい、ムシュシュフ!」
『―――――――――――――――ッ!』
水中から、澄んだ咆哮が響き渡る。
歌にも聞こえるその声は、徐々にその力を増していき、
『―――っ!』
自分の獲物めがけて、疾走を開始した。
…†…†…………†…†…
『来るよ、お兄ちゃん!』
霧の壁にかくれていた神納たちにも、その気配はしっかりと感じ取れていた。
鳳凰からの警告を受け、神納は勢いよく天へと舞い上がる。
それに追いすがるのは、
『――――――ッ!』
まるで鈴のような咆哮をあげる、全身透明な水の……。
「蛇……か?」
『それにしては頭がごついし、殺意上乗せぎみだね……』
神納が言った通り、その怪物は蛇ににていた。
手足のない細く延びた体に、全身をおおう鱗。輝く眼孔は爬虫類独特の感情が感じられないガラス玉のようなものだ。
しかし鳳凰がいうように、その頭部は蛇と呼ぶにはいささかごつすぎた。
まるで刃物のような鱗が一枚、鶏冠のように頭部に起立し、顔をおおう鱗は肉体を守る鱗よりも分厚い。
生えた牙は、長すぎて口のなかに収納できないのか、上顎からそのまままっすぐ延びていた。
生物にしてはあまりに不条理が過ぎる塊。
それをみて、鳳凰は告げる。
『たぶんこいつ、西方にて私たちと同位階の存在を殺した神食いの獣だよ! 噂じゃ、こいつを飲み込んで、内側から腹を引き裂かれたとか』
「なるほど、だからあんな物騒な鶏冠が……いや待て?」
――今さらっと俺たちが西の神様と同位階とか言わなかったか?
と、今後の人生を左右しかねない事実を相棒が告げるのを聞き、神納の頬に冷たい汗が流れる。
ここは、なんとしてでも確認したい神納だったが……。
『お兄ちゃん! ボーッとしない!』
「あぁ、もう。少しぐらい待つということができんのか!」
咆哮とともに蛇モドキが襲いかかってきたことでその望みは露と消えた。
神話とは違い、自分を飲み込むほどの相手ではなく、自分が飲み込める程度の相手。
時間をかけるのも惜しいと思ったのか、水の蛇モドキは、大きな口をあけ、神納たちに食らいつかんとする。
当然飲まれてはひとたまりもない神納達は、翼から強力な炎を噴出し飛翔。
蛇モドキが届かない上空へと逃れようとするが、
「冗談だろう!? まだ追ってくるぞ!」
『飛翔能力も持っているんだね……。まあ、そのくらいできないと神様は殺せないか!』
蛇モドキの伸長は止まらない。
いや、そうではない。
水から完全にその蛇体を出した蛇モドキは、長い体をうねらせながら空へと舞い上がった!
始まる空中での追走劇。
神納は炎の尾を引きながら流星のように天を翔るが、蛇モドキの移動速度はそれより早い。
巨体ゆえ、その動きはひどくゆっくりしたものだが、推進として使っている尾の回転だけで、悠々神納に追いすがる!
「チィッ! らちが明かんな!」
『なら、攻撃あるのみだよ、お兄ちゃん!』
「あぁ! 撃ち落とす!」
このままではやがて追い付かれる。
それを悟った神納は鳳凰の指示に従い、深紅の豪弓を引き絞る。そして、
「焼き尽くせ! 《炎帝降臨》!!」
紅の四矢が、空気を焼き、蛇モドキの体につき立ち、
炸裂した!!
…†…†…………†…†…
それを水盆の外から見ていたソートは奥歯を噛み締めた。
「なんてこった」
太陽がごとき炎の降臨。それをものともせず、逆に炎を切り裂きながら吠え猛る神話の蛇。
それをみて、確信する。
「ありゃ、神納たちじゃ勝てない!」
ステータスとか、実力とか、神器とか、スキルとか、そういった問題ではないのだ。
恐らくあの蛇は、ティアマトを食ったときから手に入れている。
知恵の果実の継承者に、絶対に負けないという性質を。
「頼む、早く……早く降ってくれ!」
だが、ソートは祈るしかない。
自分が動けばシェネが警戒するから。
せっかくたてた作戦が水の泡になるから。
だから、
「頼むから、早くッ!」
そんなソートの願いが届いたのか、
「っ! 来たっ!」
霧煙る戦場を突き抜け、ひとつの滴がソートの頬を打った。
…†…†…………†…†…
次々と放つ矢は全て無駄になった。
途方もない炎の爆裂も、目の前の敵には何ら痛痒にもなっていない。
だが、それでも神納は矢を放ち続ける。
何本かの矢が外れ、湖につきたとうが、構うことなく。
「馬鹿な人。どれ程あがこうが、それが知恵の果実の力である以上、その子には勝てませんよ」
――人類最古の知恵の果実の捕食者。それを食い殺したという逸話があるのですから。
治療を続ける実力とか女禍をウィンドウ越しに見つめながら、シェネはその戦いの趨勢を見つめる。
きっと、自分の子供が勝つと確信しながら。
だが、同時に、
「これ以上水の喪失は感化できませんね。マスターが戻ってくるにはまだ時間がかかるとはいえ、いざ来たときに弾不足では話になりませんし」
だからこそ、シェネはさっさと勝負を決めるように、ムシュシュフに指示を出そうとし、
「ん?」
水盆に小さな波紋がたつのを確認する。
それはやがて数を増していき、ついには水盆全体の関知機能が飽和するほどのものへと変わる。
「これは……雨ですか」
――私は運がいい。いえ、あれだけの上昇気流の発生と水の気化が起これば、雨くらい降りますか?
そんなことを考えながら、ひとまず水の補充は心配することが無さそうだと安堵したシェネ。だが、
「? なんでしょう、今何か……」
どういうわけか感じられた悪寒。
自分の後頭部に銃口が突きつけられるような……そんな悪寒が、シェネの体を震わせた。




