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エボフの怒り

 鍛冶師が武器の制作に着手してから数日のことだった。


「くぅっ、今の私ではこれが限界か……」

「だ、大丈夫?」

「理論が……。数値が、素材が……何もかも足りない。クソっ、このクソBBAがあんなに早く体を治しさえしなければ!!」

「このまま死んどく?」

「あぶっ!」


 炉の中から炎が消え、鍛冶師があおむけ倒れ伏す。

 イシュルはそんな鍛冶師に青筋を浮かべながら、顔面を踏みつけるという追い打ちをかけ、鍛冶師が作り上げたそれを手に取った。


「大きいわね」

「お前が言うと卑猥だな」

「このまま頭部砕かれたいのかしら?」

「だが確かに、それでは少し大きすぎる。本来はもっと小さく……弓のような射出機構だって必要ないし、威力を上げるために弦は強く張りすぎた。これは失敗作だ」


 それは確かに、ソートに見せてもらった武器の形をしていた。

 長いバレルに、引き金があるところまでは。

 だが、その中ほどには弓が付けられており、放たれる球は弾丸ではなくただの鉄球だ。

 火薬がなく、その爆発で鉛の球を飛ばすという仕組みを理解できなかった以上、ペディタハがあの武器を再現しようと思うと、どうしてもこういう形になってしまうほかなかった……。

 つまり、この武器の名は、


「鉄弓……。いや、弾の作りやすさを考えると恐らく射出物は、石を加工したものが大半になるだろうから……(いしゆみ)と名付けるのが妥当か」

「どっちでもいいわよ。私の武器になるんだったら――」


 多分両方を使わないし。

 そう言ってのけたイシュルは、ひとまずその武器に自らの神気を流し込む。

 それによって、神の武器となった弩は、派手な黄金の装飾につつまれ、するどく……しかし優美な流線型へと変わった。

 女神が起こす奇跡を見たペディタハは、


「なっ!」

「ふふん、これが女神の力よ?」

「何してくれとんじゃ貴様ぁああああああああああああ!?」

「えぇええええええええええ!?」


 即座にブチぎれイシュルに掴みかかった。


「貴様はあくまで実験体だといっただろうがぁあああああ! これを量産するためには、一つでも多くのデータが必要だったのに!? 神様に改造しちゃったら正しいデータ取れないだろうがっ!! こんなもんさっきの失敗作にも劣るわ!!」

「女神の奇跡に対してその言いぐさはないんじゃない!? ほら見なさいよ! 弦は私の神気によって編まれるようになったから、フルオートで引っ張れるし、弾丸も神気性だからほぼ無限! 奥の手として金星の光を収束して放つ、大規模破壊弾頭だって撃てるのに!」

「ぐおぉおおおおおおおおおお! もはや別物ではないか! このくそBBA! 私の苦労をなんだと思って!!」


 ギャーギャー喚きながら掴み合いを演じる二人。だが、本人の意図せぬ結果に終わったとはいえ、この武器の完成はまさしく天命であった。


 武器の完成からしばくして、大地が激震した!


「え!? な、なに!?」

「地すべりでも起きたか?」


 大地が震えるなんて事態はめったに起きないバビロニオン。流石のイシュルもこれには驚き飛び上がったが、地すべりや雪崩なんて割とざらな環境にいるペディタハは即座に小屋から飛び出し外の様子を確認する。

 そして、


「なんだ……あれは?」


 本日は晴天明朗。ゆえに遠くの景色までよく見えた。

 だからペディタハは視認する。

 はるかかなたの山頂から、真紅の炎と、莫大な煙が吐き出される光景を……。



…†…†…………†…†…



 時は、イシュルが武器探しの旅に出てから二日後にさかのぼる。


 エボフ山麓の深い森の中で、多くの獣たちが集いつつあった。

 いいや、獣だけではない。


「おぉおやぁあ。しぃいゅぅうかぁあいぃいじぃいよぉおうぅうはぁあこぉおこぉおこぉおかぁあいぃいなぁあ?」


 大地を揺らす足音を立てながら、四肢を生やした巨木――樹霊もその場に集い、


「相変わらず遅いぞ、杉の長老」

「仕方がなかろう、樹木の時間は人とはすぎ方がちがうのだから。その程度の寛容さも覚えられぬとは、貴様ら土精こそ、少しは余裕というモノをもったらどうだ?」

「おーおー。生えては立ち枯れる林精が何か言うとるわい」

「あ゛?」

「あ゛ぁ!?」


 土からはい出してきた、泥まみれの小人や、樹霊の中からにじみ出るように現れた、尖った長い耳と木ノ葉の髪を持つ精霊がガンを飛ばし合う。

 そんなさなか、かれらの中央に手眠る狼――エボフの主は、この山の関係者すべてが集ったことを知り、目を開いた。


『みな、よく集まってくれた。此度の集会は、人間どもの暴挙に対する対策についてだ』

「忌々しい……。奴らのせいでどれほどの木々が伐採され、獣たちが住みかを追われたか」


 舌打ちを漏らす木の精霊の言葉に、周囲を囲った獣たちも怒りの咆哮を上げる。

 泥の精霊も憤懣やるかたない様子で、


「まったくじゃ! 奴らは山に勝手に穴をあけ、ワシらのテリトリーを犯しておる! 許しがたいことじゃ!! 奴らのおかげでワシらのコロニーがいくつ潰れたことか!!」

『であろう。だが奴らは数が多く、その力の使い方を知り始めた。もはや我々単体では、あの数の暴力に抗うすべはない……』


 エボフの主の言葉を聞き、沈黙した。

 彼らは認めてしまっているのだ。

 もはや人間には勝てないと。自分たちでは勝つすべがないと。

 唯一エボフの主が、かれらを守る神と一騎打ちが可能な戦力ではあるが、彼が戦っている間に別の場所から侵攻を開始されては、もうどうしようもない。

 エボフの主は、どうあがいたところで一頭しかいないのだから。


『そこでだ……。私はこの山と共に心中を果たすことにした』

「……なぁあにぃい?」


 だが、突然エボフの主が告げた物騒な言葉には、さすがに反応した。


「そ、それはいったいどういう!」

「何をするつもりじゃ、エボフの主よ!」


 驚き慌てる精霊二人に視線を向けながら、エボフの主は口元に皮肉げな笑みを浮かべた。


『人はもはや止まらぬ。それは今まで戦ううちによく思い知らされた。そして、この山はすでに奴らの捕食圏内に入っているのだ。もうあとはない……だからこそ、せめて散りざまは、自らの望むものにしたいと思っただけだ』

「だが、心中とは……」

「いったい何をするつもりだ?」

『我が腹には、大地を作り出す灼熱がたまっていることは知っておろう?』

「――っ! きさま、まさかそれをっ!」

『あぁ。吐き出すつもりだ』


 その言葉に鳥肌を立たせ、真っ向から反対するのは精霊二人だった。

 エボフの主と同じく知恵を持つ二人は、それの危険性が嫌というほどわかったのだ。


「バカもん! 何を考えておる! 考え直せ!」

「そんなことをすれば貴様どころか、山脈自体が壊滅的な被害を受けるぞっ!」

『ゆえに、我はこうして汝らを呼びよせ、逃げるように勧告しているのだ』

「っ……それはつまり」


 勧告……ただ告げて勧めるだけ。そのエボフの主の言葉に、木の精霊は息をのむ。


「もう、止まらないのか?」

『しかり。期限は一週間後。それまでに荷物をまとめ、フワウワの森に逃げ込んでくれ。あそこなら、我が憤怒の発露の影響を受けづらく、フワウワの加護もある。きっとお前たちも平和に暮らせるだろう』

「だが!」

『これはもう決めたことだ……』


 その言葉を最後に、エボフの主は再び眠りについた。

 精霊たちが慌てふためくなか、危機察知能力が高い野生動物たちは、エボフの主が眠ると同時に体を反転させ、山を下るために走り出す。

 それを見た精霊たちも、木に溶け込み、土に潜り込み、同族たちに危機を知らせに戻った。

 そんな彼らを見送ったのち、エボフの主は再び目を開き、


『貴様は逃げないのか?』

「わぁあしぃいらぁあはぁあ、かぁあんたぁあんにぃい、にぃいげぇえらぁあれぇえんかぁあらぁあなぁあ?」


 一人残り、逆に胡坐をかいて居座る姿勢を見せた樹霊を見つめた。


「そぉおれぇえにぃい、みぃいらぁあいぃいのぉおたぁあめぇえにぃいたぁあたぁあかぁあったぁあおぉおまぁあえぇえをぉお、ひぃいとぉおりぃいしぃいなぁあせぇえるぅうのぉおはぁあ、はぁあくぅうじぃいょぉぉだぁあろぉお?」

『義理堅いことだ……』


 すべて見抜かれた。その事を少し気恥ずかしく思いながら、エボフの主は思いをはせる。

 このまま人を先に進めてしまえば、きっと人間はさらに増長するだろうと。

 自然ごときもはや自分たちの敵ではないと。

 我らこそが世界の征服者だと。

 エボフの主は、それを断じて許すわけにはいかなかった。

 一度優位に立ったと勘違いした人間は、決して止まらないと知っているから。

 だから、


『なんとしてでも、その魂に刻み込む必要がある。代が変わろうと、時が経とうと、決して忘れられぬ恐怖を……人間に!!』


 そうすれば、きっと人の暴走は止まるだろう。

 自然は、自分たちの手に負える存在ではないと。

 そして、自然を恐れ、自然を敬い、自然と共に歩もうとしてくれる未来が……きっと来てくれるはずだ。


――あぁ、人間よ。地上で最もかしこき獣よ。忘れるな。いいや……どうか忘れないでくれ。どれほど異を唱えたところで、お前達もまたこの星の一部なのだという事実を。


 そう願いながら、エボフの主は深く深く……眠りの底へと落ちていく。

 それが決して醒めぬ眠りであったとしても、怖くは……なかった。



…†…†…………†…†…



 そして、山に住まう獣や精霊たちが息も絶え絶えにフワウワの森に逃げ込んだ瞬間に、それは起こった。


 轟音と激震と共に、はるかかなたの天空から漆黒の煙がはなたれ、瞬く間に天を覆い尽くした。

 それはやがて連鎖し、山々の山頂から赤い炎と黒い煙が次々と発生し、高熱を持った粉塵交じりの爆風が、山脈の木々を瞬く間に焼き尽くしながら、人が住む平原へと駆け下りていく。

 同時に、巨岩の雨も次々に平原へと降り注ぎ、いくつかはエルクの街の中へと落ち、いくつもの悲鳴をエルク内に響かせた。


「なんということだ……!」

「あぁ、我らの故郷が」


 精霊二人が、その光景を見て絶望のあまり膝をつく中、エボフの主に頼まれ、かれらを迎えに来た怪物――フワウワは、暗くなった空を見上げ舌打ちを漏らす。


『バカ野郎が……。命を懸けて諭そうなんざ、あの獣崩れ風情にそんな価値なんてねえだろうによぉ』


 彼が枯れ木のような六本の腕を蠢かせ、岩の鱗を纏った体を揺らす。

 蛇のような頭部からは蔓草の髪が伸び、がさがさと音を立てていた。

 生物たちの本能に恐怖を呼び起こさせるその異形に、獣たちは恐れ、身をすくませた。

 彼が髪を鳴らすときは、哀愁の念を抱いている時だということも知らずに……。


『俺は、お前の方に生きていてほしかったよ……』


 長い間、共に森や山を守ってきた友人の最後に……フワウワの目からは、一滴の雫が零れ落ちていた。



…†…†…………†…†…



 同時刻、エルク内において。


「巫女たちは私の力を使って結界を展開。どれほど防げるかわからないが……これほどの怒りの発露はそう長くはもたないはずだ。あの岩の投擲は私が対処する。代わりに、森を殺してのけたあの煙は絶対にふせげっ!」

「「「「「はいっ! ナーブ様!!」」」」」


 エルクの留守を任されたナーブが、怒号のような指示を飛ばしながらエルク内を走っていた。

 彼の指示を得た神聖娼婦たちは、身重な巫女のみを除きエルク各地へと展開。

 ナーブとイシュルに与えられている権能を用い、エルクの外壁上へと登り、上空を覆う結界を展開する。

 それによって小粒の火山弾や、すぐさま到達した火砕流などは防げたのだが……。


「流石にあのサイズの岩石は防げないか! エボフの主め……どうやら本当にこちらを殺しに来たと見える!」


 そう言っているうちに、直径四メートルほどの岩石が、結界を突き破りエルクの街めがけて落下していた。

 結界に力を与えているがゆえに、突破した岩石を敏感に感じ取れるナーブはそれを即座に迎撃。

 記載用にとっておいた粘土板を瞬時に硬化。神気によって射出。空中で落下してきた岩石を粉砕する!


 が、


「多勢に無勢とはこのことだね……」


 当然、それだけでは終わらない。

 連鎖的に噴火した五つの火山が、次々とエルクめがけて破壊の雨を降り注がせて来る。


 それに対し、足元から粘土を次々と湧出させながら、それらを砲弾に変え迎撃していくナーブ。だが、戦闘を得意としていない知恵の神であるナーブではその行為にも限界がある。

 実際仕損じた火山弾がいくつかではじめ、住民の家屋を直撃、轟音とともにそれらの家を粉砕していった。


――長くはもちそうにない。


 その光景を見たナーブは悔しさに歯噛みしながら、ただ祈るしかなかった。


「イシュル様。どうか早く、帰ってきてください!」


 エボフの主を仕留める武器を求め、旅立って行った自身の主の帰還を……。


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