世界最古のぺ○○○リ○
かつての私は普通の男だったと思う。
ほんのちょっと女性の趣味が悪かっただけで……それ以外は特に変わったところがない普通の男だった。
エアロ様に天命を授かり、鍛冶師となる天命を背負った私は、リィラ様の神官となるため彼女の神殿の門をたたいた。
エアロ様から授かった天命だ。才能があるのは当たり前。私はめきめきと実力をつけ、他の先輩方達と並び――そこで止まった。
私はふとそこで気づいてしまったのだ。
エアロ様が天命を任じられるということは、その人間にはその天命における才能を開花させる才覚があるということ。
つまりそれは、同じように、エアロ様に天命を授かりリィラ様の神官となった先輩たちにも言えることであった。
天命によって人の才覚が覚醒・管理される世界では、人の才能が開花するのは当たり前であり、寧ろ開花しない方が珍しい。
才能とはすなわち、あって当然の物であり、かつて天才と呼ばれた者たちは――今では天才であることこそが当たり前へとなり果てる。
それはもはや天才ではない。周囲と比較され、大した差がないのであれば――それは即ち凡才であろう。
確かに我々は天命の授与という段階で選ばれた者だと言えなくはない。だがしかし、自分が配属された場所が、自分と同じ天才たちによって固められてしまっては、結果として自分がその才能の中に埋もれてしまう。
たとえ周囲がどう受け取ろうと、自分が特別だと思えない以上――その選ばれし者という称号には、まるで価値がなくなってしまうのだ!
私には、それが我慢ならなかった。
神に才覚があると認められた以上、何物にもまねできない――特別になりたかった。
誰もがおよびのつかない領域の物を! 何人も真似できぬ、己だけのオリジナルを――作ってみたいと思ったのだ。
それこそが職人の本懐であり、現状の停滞した状況を打破する方法だと思ったから。
ゆえに、私はまず神々の加護の元から離れることを選択した。
リィラ様の守りがある神殿を抜け、人を守る神々の加護が届かぬ山へと身を投じた。
密林に潜む猛獣や、上に上がるごとに我が意識を刈り取りにかかる山の息吹を乗り越え、山頂に到達した私はそこで小屋を作り、一心不乱に己が心の赴くままに鉄を打ち続けた。
だが、満足が行くものはなかなか作れない。
作品を作っては――気に入らず、溶炉に投げ入れ溶かし、再び作品を作り――気に入らず溶かす。
――これではない。これではない! 私が求め、私が私になるために欲したものは……これではない!
そんな無為にして不毛な行為を何度も続け――とうとう意識を失った時だった。
夢の中で、私は妙な情報を見た。
それは見たこともない……奇妙な文字で書かれた一つの文章だった。
だが、私の目を引きつけたのはそこではない。
その隣に描かれた精巧にして緻密な絵にこそ、私は目を奪われたのだ。
それ酷く美しい、白銀の刀身を持つ剣であった。
敵を切る部分の刃は片方にしかついておらず、その刃には美しい――波打つような模様が見える。
独特なそりがあり、これまた精巧な作りの持ち手と鍔によって装飾された、武器というよりは芸術品と言った方がよさそうな剣。
たしか、その情報には――こんな形の文字が書かれていた気がする。
『口木ク』
と。
なんだこれは!
と思った。
このような武器はリィラ様が作った武器の目録にすら存在していなかった!
作りたい――これを何としてでも、己が手で再現してみたい!
そう思い、私はこの情報を書き記そうとした。
だが手元に粘土板はない。夢の中なのだから当たり前だ。仮にあったとしても、現実に持って帰れないのでは意味がない!
――なんたる不覚! せっかくの、己の停滞を切り開くチャンスであるというのに、私はそれを完璧に覚える術を持ち合わせていないなんて!
そう打ちひしがれる私をよそに、その情報は見る見るうちに私から遠ざかって行った。
――待ってくれ! いかないでくれ!
そう必死に手を伸ばしても、その情報はどんどん遠ざかって行った。
まるでそれが、ここにあるべきものではないと言いたげに。
やがてそれは天へと消え――星々の海へと消えて行った。
そこで私は悟る。
――そうか。神リィラですら知らぬ情報。それを知るのは即ち、天上の意にほかならぬ。
神話は語る。古の昔。この世界は混沌で満ちていた。それを憂いた創世神ソート様が、混沌を鎮めるティアマト様を作り、この世界は今の形になったのだと。
ではここで疑問が一つ。
――そもそもソート様はどこから来たのか?
答えは簡単だ。世界の外側からやってこられた。
つまり、この世界には天界を凌駕する外なる世界が存在しており、あの情報はそこから来たのではないかと、私は推測したのだ。
マルアト様の神話において記された、この世界の外側――悪神セントが封じられる漆黒の星の海。
その名も――宇宙。
「きっとあの情報は、そこからきたに違いない! ならば話は簡単だ! ふたたびあの情報を受信できるように、感覚を研ぎ澄ませ、夢を見るような状態で覚醒状態を維持することができれば、今度こそあの情報をこちらに持ち帰ることができるはず!」
急速に落ちていく感覚を私の体が覚える中、私は確かに――停滞を切り裂く光明を見た。
あとはその光に縋り付くすべを見つけるだけ。
その事実に私は高笑いを浮かべながら、ぐんぐん闇の中へと落ちていき――そして現実世界で覚醒した。
現在私は、瞑想によって睡眠時と同じ状態に、己が精神を変えるに成功した。
大宇宙からの通信も時々だが入るようになった。
時々悪神セントから妙な通信が入ってくるが、些細な問題だ。悪落ちとかなんとか言っていたが、そんなことよりも宇宙の情報が大事だからなっ!
だがしかし、私はいまだに、大宇宙からやってくる情報を自由自在に選べないでいた。どうやら私の限界はここであったらしい。
口惜しい――あぁ、口惜しや。
早くあの剣の情報を閲覧したいというのに、私に提示されるのは、不毛な大地でも育つ植物や、より豊作にできる植物を作り出す方法。産業革命なる意味不明な情報に、人間の衛生観念が云々とか、細菌なる目に見えない不思議生命体の情報ばかり……。
――こんな情報はいらない! 私は『口木ク(よみかたがわからない)』の情報がほしいのだ! 早く……早くしてくれ! 我が寿命が尽きる前に……大宇宙よ! どうか我に再びあの美しき剣のすべてを!
そんな焦りを抱きながら、日々を過ごしていた時だった。
「お、おぉ~い。聞こえている?」
「……………………」
来客などきたことがない我が隠れ家に、珍妙な女が顔を出したのは。
…†…†…………†…†…
海底の天界において。
「何気にとんでもない情報抜き取ってますね……。農業の歴史からの、品種改良や、肥料改造の変遷歴史。『中世でもできる産業革命方法』なんていうおもしろ考察サイトに、各種医療知識関係のサイトまで覗いているみたいです」
「なんでそんな異世界内政チートが可能な情報を、ピンポイントで抜きとってんの?」
「しかもそれら要らないって、粘土板に記さずに投げ捨てたみたいだけど……」
「何してくれてんのっ!?」
それさえあればどれだけうちの文明が発展したことか!? と、ソートが頭を抱える中、情報の価値をいまいち生かし切れていない残念な鍛冶師に、U.Tとシェネは憐みの視線を送った。
「鍛冶馬鹿だな……」
「まぁ、人間ってそういうところありますから。自分に興味があることしか目に入らないのは、生命体故の欠点であり、当然の機能かと」
「流石! AIは言うことは違うね!」
「私たちもそういう風に思考するよう、デザインされていますからね!」
「AIの機能、生かし切れてなくねェ?」
――おかしいなぁ……人間にはできない、全体的な情報収集と、それを高速整理処理するのが、サポートAIの役割だったはずだけど?
とU.Tが首をかしげる中、とうとう意を決したイシュルが、ぶつぶつとつぶやき続ける珍妙な鍛冶師に近づいた。
…†…†…………†…†…
「………………なんですか?」
「うわっ、態度悪っ」
取りあえず、意を決して話し掛けたイシュルに帰ってきたのは、鬱陶しそうな視線と、忌々しげな舌打ち交じりの答えだった。
「わ、私はあんたに武器を作ってほしくて来たんだけど……」
「私は今忙しいので、仕事の依頼はあとにしていただけませんか?」
「即答!?」
そして、情け容赦ない拒絶であった。
――な、何コイツ!? 普通私みたいな絶世の美女がお願いに来たら、男なら鼻の下を伸ばして、なんでもホイホイいうこと聞くもんじゃないの!?
とおもいかけ、イシュルの脳裏にふとナーブの嫌そうな顔が流れて消える。
――あぁ、つまりアイツの同類か。
割とひどめの拒絶と、呆れきったような瞳に慣れつつある自分に、ちょっとだけ泣きそうになりながら、イシュルはひとまず食い下がってみることにする。
「そんなこと言わずに……ね。お礼に私がいいことしてあげるわよ」
そういって、胸元を緩めて豊満な胸の谷間をさらけ出しながら、イシュルは鍛冶師にしなだれかかる。
たいていの男はこれで落ちる。ナーブだって、なぜかジト目をさらに強化してくるが、最終的にはため息とともにいうことを聞いてくれるのだ。どういうわけか、その日は抱いてくれないが……。
…†…†…………†…†…
そのころ、イシュル不在のエルクの神殿では、ひとりの神聖娼婦を秘書にして、ナーブがエルク住民からの陳情を処理していた。
「それにしても、ナーブ様」
「なんだい?」
「よくナーブ様はイシュル様の色仕掛けを無視できますね? 普通の男ならあれだけされたらイチコロでしょうに」
「だって……」
「だって?」
「イシュル様が俺にそれをするときって、よっぽど追いつめられている時だから……。不用意に近づけば何されるかわからないんだもん」
「……つまりそれって」
「あの状態のイシュルに近づくのは自殺行為だってわかっている以上、性欲の前に恐怖の方が勝っているんだよね……。だからアレが勃たなくて」
「まさかのとんでもない理由!?」
――イシュル様! もうちょっとこの人、大事にしてあげてください!
神聖娼婦はあふれる涙を止めることができなかった……。
…†…†…………†…†…
「ふぇっくしっ! うぅ~。誰か噂をしているのかしら?」
「人の顔面に鼻水ぶっかけといていうセリフがそれですか?」
そのころ、某山頂ではイシュルからぶっかけられた諸々を置いてあった布でふき取りながら、鍛冶師がイシュルに向かってこう言い放っていた。
「さて、先程の提案ですが……お断りします」
「な、何でよっ!?」
「定命の者である私には、あなたと遊んでいる暇はありません。女神イシュル」
「っ! あんた、私が女神だってわかっていて」
「えぇ、出会った瞬間に察しましたよ。その神々しい神気に、美しき美貌。そして悪名高い色仕掛け。どれも噂にたがわぬものでしたので」
「ちょっと、悪名高いってどういうことよ?」
――私と寝られるんだから、むしろ泣いて喜ぶべきじゃないの!?
…†…†…………†…†…
「どうされましたナーブ様!? 突然ナーブ様の書庫に走りだされて!」
「いや、唐突に自分の行動を振り返らせてやらないといけない気がして! あいつの記録を記述した粘土板は確かここにあったはず!」
…†…†…………†…†…
「イシュル様、確かにあなたは美しい。普通の男であれば、あなたに迫られれば断るのは至難の業でしょう」
「だったら!」
「ですが、私はそれよりも重要なことがある。求める情報を得られるまで、決してそれをあきらめるわけにはいかない……そう」
そこで鍛冶師は言葉を切り、小屋の天井を指差した!
「大宇宙の意志より、あの剣の情報をうけとるまで、下界の些事にかかわっている暇はない!」
「神様の用事を些事ってあんた……」
――なるほど。どうやらたしかに問題児のようだ。
と、イシュルは半眼になりながら、リィラが彼を紹介するのを渋った理由を察する。
神をないがしろにし、それ以上のものがあるなどと語る狂人など、この世界においては問題児以外の何物でもない。
…†…†…………†…†…
エアロジグラッド第十二段にて。心配で下界を除いていたリィラが、口元をひくつかせる。
「いや、普通に言動に問題があるから、問題児と言っただけで、そういう傲慢な考えのもといったわけではないんですが……」
「あの方は根っからの神ですからね。そういった思考になるのは仕方ないかと」
…†…†…………†…†…
「ていうか、気になっていたんだけどその大宇宙の意志って何よ?」
「はっ、これだから凡俗は!」
「おっと、そろそろ女神の肩がアップはじめるころよ?」
「ぼ、暴力には屈しない!」
といいつつちょっとだけ及び腰になる鍛冶師。だが、言葉だけは堂々と、イシュルに彼が信仰する物の正体を教えた。
「それは、創世神ソート様がおられる世界。この世全ての情報がそろう知識の海。私はそれを《|全知知りうる知恵の蔵書》と呼んでいます」
「アカシック……レコード」
何やら思った以上に大仰な存在だったらしい大宇宙の意志とやらに、イシュルは思わず固唾を飲む。
…†…†…………†…†…
そのころ海底神界においては、
「あいたたたたたたた!?」
「どうしたんですかU.T様! 突然苦しみ悶えられて!」
「我こそは、アカシックレコードに接続せし《全て知る狙撃手》。命が惜しくない者からかかってこい!」
「やめろぉおおおおおおおおおお! ほんのちょっとした気の迷いだったんだ! 実際登録するときには、違う名前になっただろうがぁああああ!」
「あっ、U.Tってそういう……。Aはどこに?」
「彷彿とさせたくなかったから抜いたんだろう?」
「やめろっ! それ以上俺の名前を解体するなっ!!」
…†…†…………†…†…
「私は瞑想をすることによって、そこから知識を引き出すことが可能なのです!」
「すごいじゃないの!」
「ですが、抜き出す知識を選ぶことはできない」
「無茶苦茶不便じゃないのっ!?」
むしろすべてを知りうる蔵書ならば、ランダム選出では知識の母数が増えてしまうので、逆に必要な知識を抜き出せる確率は減る。
大仰な能力のくせに、嫌がらせ染みた不便さと言えた。
「だからこそ、私は一秒でも長く瞑想を行い、知識の蔵書に接続せねばならないのです! あなたのようなクサレビッチに付き合っている暇はない!」
「女神ゲージ……あと一つね?」
「な、なんですかその不穏なゲージは!?」
「ゼロに成ると、黄金の船が損傷など気にせず吶喊してくるわ」
イシュルがそう言い捨てると同時に、小屋の外に繋がれていたマアヌルァの目が、微妙に嫌そうに垂れ下がったが、小屋の中にいる二人は気づかず話を続けた。
「断るにしてももうちょっと言葉に気をつけなさい! 女神に対する云々以前に、女性に対する態度としてどうかと思うわ!」
「何をおっしゃられる! 私だって普通の女性にはそれ相応の態度をとりますよ!」
「私だけ差別しているというの!」
「いいえそれも違います。私はただ……」
鍛冶師はそこで言葉を斬り、己が信念を高らかに歌い上げる!
「十歳以上の女性は、女性として認められないので。その外見年齢では、ほとんどババアとしか認識できません」
瞬間、女神ゲージがゼロになる音と共に、イシュルの剛腕が鍛冶師のドテッパラに突き刺さり、小屋の壁をぶち抜きながら鍛冶師の体を雪原に放り出した。
小屋に残されたイシュルは、怒りに肩を震わせながら、
「こんの、ド変態がぁあああああああああああ!」
女性として至極まっとうな怒号を上げた。
鍛冶師の名前は、ペディタハ。
後の時代において、ペドフィリアの語源となったとされる名前を持った、生粋の変態である。
神にするか、どうするか困惑中……。鍛冶神被っているからな?
え? 人格的問題は考慮しないのか? チラッ(ギリシャ方面
大丈夫じゃない?(おい