表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一口惚れの恋の味  作者: 猫塚ルイ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/20

第十三話 忍び寄る軍靴の音

煌様との間に結ばれた、秘密の約束。


人前では他人を装いながらも、心だけは繋がっているという確信が


冷たい嫌がらせに耐えるための唯一の防壁になっていた。


あの方が「守るための盾を用意する」と言ってくれたその言葉を信じ


私はただ、いつか来る春を待っていた。


けれど、運命はあまりにも残酷で、冬の嵐は唐突に吹き荒れた。



◆◇◆◇


その日の午後


鳳凰館には煌様を含め、馴染みの軍人様たちは一人もいなかった。


静まり返った館の玄関先に、耳慣れない


けれど心の奥底に眠る恐怖を呼び覚ますような、重く傲慢な軍靴の音が響いた。


「おい、ここに『黄金の泥棒猫』が潜んでいると聞いたぞ」


心臓が、氷を飲み込んだように冷たく固まった。


厨房から恐る恐る顔を出した私の目に飛び込んできたのは


数人の兵士を従え、漆黒の軍服を醜悪に歪ませて笑う男の姿だった。


───鷲津大佐。


かつて私の尊厳を軍刀で切り裂き、泥の中に踏みにじった、あの地獄の体現者。


「……あ、あ……」


声が出ない。


指先がガタガタと震え、持っていた盆が床に落ちて高い音を立てた。


鷲津は蛇のような目で私を捉えると、ゆっくりと、獲物を追い詰める歩調で近づいてきた。


「やはりここにいたか。相変わらず分不相応に美しい顔をしているな。だが、その短い髪……。前の職場から軍の機密を盗んで逃げ出した罪は、まだ消えていないぞ」


「そ、んな……っ、私は、何も盗んでなんて……!」


「黙れ、売女。貴様の身の潔白など、我が軍の法がどうとでも書き換えてやる」


鷲津が合図を送ると、背後に控えていた手下たちが一斉に私に飛びかかってきた。


私は必死に抵抗し、助けを求めて叫んだ。


「離して! 嫌……っ、助けて、煌様……っ!」


「ちょっとあんた!!例の男だろう!こんなとこまでやってきて雪ちゃんに何をするつもりだい?!」


異変に気づいた女将さんが血相を変えて飛び出してきたけれど


鷲津の部下たちは容赦なく彼女を突き飛ばした。権力を盾にした彼らにとって


一軒の旅籠の主人など、道端の石ころも同然なのだ。


「くっ…煌様がいれば、こんな真似……っ!」


「煌だと?あの若造が貴様を囲っているという噂は聞いている。だが、今はあいにく不在だ。……連れて行け」


猿ぐつわを噛まされ、視界を布で覆われる。


引きずられるようにして連れ去られる間際


私の脳裏に浮かんだのは、厨房の奥に隠しておいた小さな包みのことだった。


煌様が次にいらした時、内緒で渡そうと思っていた「林檎の菓子」。


あの方が一番好きだと言ってくれた、あの甘酸っぱい香りのする焼き菓子。


乱暴に引き立てられた際


私の懐から落ちたその包みは、軍靴に踏みにじられ


無惨な残骸となって鳳凰館の床に散らばった。


届けたかった想いも、守りたかった平穏も、すべてが泥にまみれていく。


遠ざかっていく鳳凰館の気配を感じながら


私は絶望の暗闇の中へ、再び引きずり戻されていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ