おもい込み
「はい、静香です」と受付からの電話を取る。光明寺会計事務所では社長、専務そして私が光明寺という苗字なので(それは当然なのだが)外線以外は社長以外は名前で呼ばれ名前で答える事になっている。「あのぉ、井上 様と言う方がお会いしたいと来ているのですが」と妙な感じで伝えて来た。「どちらの井上様ですか?」と当然ながら確認すると少し間があって光崎商事との事。「なら、私じゃなくて、担当の……」と言ったところで「静香さんとお話ししたいとの事で」とちょっと困った様子だった。社内でも小坂氏のことがいきわたっており直接連絡がない限り彼女は表舞台へは出ない事になっている。そこにわざわざ私を名指しで来るのはだれ?とちょっと考えて思い出した。「わかりました、面会室へお通ししておいてください」と言って電話を置く。水上くんのところで会った井上さんだ。今日わざわざ私に会いに来るというのは何だろう。と思いながらも階下の面会室へ向かう。
ドアを開け「お待たせしました」と営業スマイルで挨拶すると深々と頭を下げて「井上です。覚えていらっしいますか?」と頭をさげ挨拶する。
「ええ、水上くんの所でお会いした方ですよね」と正直に答える。「水上くん……ですか」とボソッと言った。「本日はどのようなご用件でしょうか?」と聞くと
「あの、個人的な事でお話しがしたかったんですが、水上さんを通さずに光明寺さんに会うにはここに来るしか無くて、半休を取ってきてしまいました」と静香にはよく理解出来ない回答だった。「あの、個人的なお話ですか?光崎商事の案件ではなくて」と聞きなおす静香。「はい、いきなり会社に来て申し訳ありませんがお時間ありますか」とグイグイ来る。「あのぉ、申し訳ありません。今は業務中でして私用の事でしたら終業後にお願い出来ますか」と返すと「何時に終わりますか」と聞かれ通常は5時半終了ですと正直に答えてしまった。「それまで待たせていただいて良いですか」とたたみこんでくる。話が出来るまで帰らないなと思い「ここで待たれるのは少し困りますので……、駅前の喫茶店で6時にどうですか?」と仕方がないので提案すると「わかりました。6時に駅前の喫茶店ですね」と確認するように答えた。静香がこの前 坂本と入った喫茶店の名前と場所を教えた。今は4時半をまわっているので喫茶店に真っすぐ言っても1時間程度待つぐらいなら良いだろうと思いながら自分の席に戻る。そういえば今日は久しぶりに4人で会う事になっていたのを思い出した。
6時ちょっと前に喫茶のドアを開けて中の様子を見渡すと窓際の角の席に座ってこちらを見ていた。目が合い軽い会釈をすると彼女も返してきた。前の席に座りあらてめて「光明寺です」と挨拶する。「井上です」と彼女も挨拶する。マスターらしい人がオーダーを取りに来たのでこの前と同じコーヒーを頼む、今日はチーズケーキは無しだ。コーヒーがとどくまで静かな時間が過ぎていく。こんな沈黙をやり過ごすのには慣れてはいるが落ち着かない。井上の方は慣れていないのかソワソワしている。コーヒーが静かに置かれてマスターらしい人がカウンターに戻ると「水上さんとお付き合いしているんですか?それならちゃんとしてください。」と井上が堰を切ったようにしゃべり出した。何のことか理解できないので目をぱちくりしてしまって言葉が出ない。「あの水上さんのお家で彼があなたにアプローチしてましたよねあなたもまんざらではない感じで受け答えしていた。その時に送ってもらった方なんて言う名前だったか忘れましたけど彼とあなたは付き合っているとか言っていました。なのにあなたには婚約者がいると言うじゃないですか。二股かけているんですか?確かにあなたは美人でモテるかもしれません。でも私も水上さんが好きなんです。」と今にも目から涙が流れ出る様な顔で訴える様に言ってきた。光明寺は彼女の勢いに押されるかと思ったが、途中からスーッと冷静になり最後には笑い出しそうになるのを必死で抑えなければならなかった。「失礼ですが私が水上君と付き合っているというのはどこからの情報ですか?」と第一問。「それは、この前の私を駅まで送ってくれた……えーっと管理人さん」光明寺はコーヒーを噴出しそうになる。
管理人さんというセリフが妙にささったからだ「ああ、坂本くんね」とかろうじて名前を伝える。彼は帰ってきた時に確かにそんな事を言っていた様な記憶がよみがえった。「私に婚約者がいるという話はどこから?」と第二問。「それは……、会社の同僚からで、あ、水上さんじゃありません。」と回答。即座に小坂だと判定する光明寺。どこまでもめんどくさい事をする小坂だと怒る以上に呆れる。
「あーそー」と少しめんどくさい感じで言うと。
「繰り返しますけど、婚約者がいてもまだ水上さんとお付き合いしているのは不純です」と言われたので光明寺は急にカチーンときた。「私が水上君とお付き合いしているの?」と再度聞くと「だって、水上さんがこの前可愛くて綺麗な子レストランに行ったって言ってたから……」と語尾が小さくなっていた。さおりから聞いた水上くんとレストランに行った事を聞いていたのでこの話かと腑に落ちたが、水上が誰と言ったかあやふやに言う事で話がややっこしくなったことも分かった。
やはり、チャラいプレイボーイは発言に気をつけないといけないなと思った。「ああ、それ私じゃないわよ」と軽く返す光明寺。「え、」と光明寺の顔を見る井上。「覚えているかしらあの時もう一人可愛い子がいたでしょ。あの子も私たちの仲良しグループの人なの。彼女から水上くんとレストランに行った、気分良かったって言ってたからきっと彼女ね」と石塚の名前を出さずに説明した。
井上は少し記憶を思い出そうと下を向いている。確かにあの時目の前の人以外に美人と言うより可愛い子がいた事を思い出した。と同時に光明寺の顔を見る。
井上が顔を上げて光明寺を見た時、光明寺は「理解したかな」と思った。
しょうがない、少し話すかと思い「私には婚約者がいます。が、水上君は友達、わかる?友達とは会うし飲みにもいく。彼女は、あっレストランにいた子ね、彼女が水上君と付き合っている…かな。」とまだ石塚の名前を伏せたまま彼女にした。
「それに私を問い詰めるよりも直接水上君に言ったらどうなの?」と聞くと
「あの、嫌いって言われたら……」と口ごもる。
「あのね、水上君があなたみたいに可愛い子を嫌いなんで絶対言わないから」とフォロー「え、私可愛いですか」と聞き返す井上。「確認するのはそこか」と心で突っ込みながら「ええ、可愛いと思うよ。でも水上君があなたと付き合うかどうかは別。どんな人が彼と付き合うかは彼が決める事。だからいつまでもはっきりさせないとあなたの時間が無駄になるわよ。だから直接本人に聞くのが良いわよ」と先生の様に答えた。まあ、答えはわかっているがとまではさすがに言えない静香だった。「話はこれで良いのかな?」と聞くとコクンと頭を下げる。「私これから別の用事があるから失礼しますね」と両方のレシートを持って自分で男前だなと思いながら店を出る。




