第2部・第6話:『カズマの「実家」から、最強の刺客!? お母さんの「お裾分け」は時空を越える。』
謎の宅配便と、戦慄の「実家」クオリティ。
その日の朝、201号室の前に置かれていたのは、一箱の巨大なダンボールだった。
表面には、どこかノンビリとした達筆な字で『カズマへ。お野菜送ります。母より』と書かれている。
しかし、その箱からは、微かに「キュゥ……」という、植物からは決し
て漏れてはいけない鳴き声が聞こえていた。
「……あ、お母さんからだ。そろそろ届く頃だと思ってたんだよね」
カズマが事も無げに箱を持ち上げようとした時、横から長官が制止した。
「待て、佐藤。……その箱から、未知の生命エネルギーと、時空を歪ませるほどの『主婦の執念』を感じる。不用意に開けるな」
「大袈裟ですよ、長官さん。ただの実家の野菜ですよ?」
カズマがガムテープをペリペリと剥がし、蓋を開けた瞬間――。
箱の中から、白く瑞々しい、そして**「バキバキのシックスパック」**のような筋繊維を持つ大根が、自力でムクッと起き上がった。
「「「…………えっ!?」」」
白雪、レオン、そして押し入れから覗いていたセツナまでもが絶句した。
その大根には、ちょこんと可愛らしい目と口があり、葉っぱの部分を器用に腕のように動かして、カズマの頬にペシペシと触れた。
「……キュッ。キュゥゥン(カズマ、久しぶり。元気だった?)」
「うん、大根君も元気そうだね。お母さん、また畑にプロテイン撒いたのかなぁ」
カズマは当たり前のように「意志を持つ大根」と会話を始めた。
「佐藤……。……貴様の実家は、一体どこにあるんだ。……私のデータベースには、大根が二足歩行して挨拶する地域など登録されていないぞ」
長官が、解析不能なエラーを吐き出す眼鏡を必死に抑えながら問いただす。
「え? 山の奥の方ですよ。お母さんが言うには、『植物だって、やる気を出せば歩けるようになるのよ』って。……あ、おまけのジャガイモも入ってるかな」
箱の底からは、重力に逆らってふわふわと浮遊するジャガイモや、触ると相手の「今日の運勢」を予言するピーマンが次々と這い出してきた。
白雪が目を輝かせながら(半分震えながら)、浮かんでいるジャガイモを捕まえようとする。
「すごい……! ナノマシンも使わずに、無農薬で『反重力野菜』を育てるなんて……! カズマの家、未来の農学界の聖地じゃないの!?」
しかし、その野菜たち以上に強力な「お裾分け」が、箱の底には眠っていた。
一通の手紙。そこには、母親の圧倒的な「スルー能力」が凝縮されていたのである。
カズマは、野菜たちの喧騒をスルーして、一通のピンク色の封筒を開封した。
『カズマ、元気にしていますか? 最近、近所の人から「あんたの息子さん、宇宙人と仲良くしてるみたいよ」って聞いたけど、カズマは昔から人見知りがなかったものね。
……あ、そうそう。お部屋を片付けていたら、カズマが中学2年生の時に書いていた「秘密のノート」を見つけたから、一緒に送っておくわね。お友達と読んで楽しんでね』
「あ…………」
カズマの顔から、初めて血の気が引いた。
箱の底から出てきたのは、禍々しいオーラを放つ、表紙に『暗黒龍の黙示録』と銀色のポスカで書かれた黒いノート。……そう、世に言う「中二病の結晶」である。
「……あ、開けちゃダメだよ、白雪さん! それは、僕の封印された記憶なんだ……!」
「えーっ、いいじゃない! カズマの過去なんて、超貴重なデータよ! どれどれ……」
白雪が好奇心に勝てず、ノートを広げた。
『――第3章:俺の右腕に宿る「スルー・エナジー」が暴走を始めた。……この世界の不浄なノイズを全て消し去るまで、俺の渇きは癒えないだろう……(筆跡:力強いが、少し震えている)』
「…………ぷっ。」
レオンが必死に笑いを堪え、お腹を抱えた。
「お、おにぃさん……! 『右腕のスルー・エナジー』って何!? 今の耳栓、もしかしてこのノートの設定を再現してるの!? あははは!」
「……佐藤。……貴様の『スルー』の原点は、ここにあったのか。……宇宙の真理などではなく、……若気の至りという名の暗黒物質か」
長官も、哀れみの目をカズマに向ける。
セツナは、無表情のままノートを音読し始めた。
「……『孤独な暗殺者である俺は、おじやの温もりさえ知らない……』。……カズマ、……あなたは、……私の先代? ……それとも、……同志?」
「違うよ、セツナちゃん! それはただの妄想で……! ああ、お母さん、余計なものを……!」
カズマが悶絶する中、意志を持つ大根君が「……キュッ(そんな事より、僕を早くおでんにして)」と、カズマの足元でせがみ始めた。
カズマの「実家」という異界は、未来人の知識も、暗殺者の誇りも、すべてを「微笑ましい過去の思い出」として粉砕してしまう、最強のパワースポットだったのである。
「よし……。恥ずかしさは『スルー』しよう。……大根君、おでんになる覚悟はいい?」
カズマは包丁を握り直した。しかし、意志を持つ大根は、ただ食われるのを待つようなタマではなかった。
「……キュゥゥッ!!」
大根君は、見事な「バックフリップ」を披露してカズマの包丁をかわすと、流し台の上でシュシュッとシャドーボクシングを始めた。
「佐藤……。……その大根、……明らかに格闘技の心得があるぞ。……葉っぱの動きが、ムエタイのそれだ」
長官が冷静に分析する。
「ヌンッ!! 素晴らしい体幹だ、大根よ!! 貴殿のその広背筋、……植物とは思えんーリングをしようではないか!!」
大家・轟さんが壁を突き破って(いつものこと)参戦。201号室は、ついに「人間vs大根」という、格闘漫画でも見たことのない異次元の試合会場と化した。
ドカッ! バキッ! と、大家さんの筋肉と大根の食物繊維がぶつかり合う。
白雪は「反重力ジャガイモ」を捕まえて、その浮力で空中に浮かびながら実況を始めた。
「さあ、大家さん優勢! ……と思いきや、大根君の『葉っぱラリアット』が炸裂! 煮込まれる前に、相手を煮え湯に飲ませるつもりね!」
カオスが絶頂に達したその時、アパートの廊下から、コツ、コツ、という非常に「普通」な靴音が聞こえてきた。
「あら。ずいぶん賑やかね。……カズマ、お片付けはちゃんとしてる?」
部屋の入り口に立っていたのは、花柄のエプロンをつけた、どこにでもいそうな優しそうな女性。
カズマの母親、よし江さんだった。
彼女が現れた瞬間、暴れていた大根君はピタリと動きを止め、シュンと大人しくなってまな板の上に自ら横たわった。
大家さんも、なぜか本能的な恐怖(あるいは母性への畏怖)を感じ、直立不動の姿勢をとった。
「お、お母さん!? なんでここにいるの!?」
「カズマが『秘密のノート』を見て恥ずかしがってると思って、お口直しに特製のお漬物を持ってきてあげたのよ。……あら、そちらの方は……ロボットさん? 宇宙人さん?」
よし江さんは、長官の眼鏡や白雪のハイテク装備を、まるでお祭りの仮装か何かのように微笑ましく眺めた。
「……初めまして、よし江さん。私は……未来の……いえ、その……近所の科学者の……」
百戦錬磨の白雪が、なぜか言葉を詰まらせる。
「まあ、ご丁寧に。……カズマ、お友達にはちゃんとお裾分けするのよ。……ほら、大根君、もう暴れちゃダメよ。みんなのお腹に入るのが、あなたのお仕事でしょ?」
よし江さんが大根を優しく撫でると、大根君は「キュゥ……(御意)」とでも言うように満足げな目を閉じた。
未来警察も、暗殺者も、不動産王も。よし江さんの「全てを包み込むような普通」の前では、ただの『近所の子供たち』に成り下がってしまうのであった。
その日の夜は、よし江さんを囲んでの「大根パーティー」となった。
意志を持っていた大根君は、調理されると驚くほど甘く、それでいて一本芯の通った「筋肉質」な味がした。
「よし江さん、このお野菜……どうやって育ててるんですか?」
長官が、未来の農業プラントをも凌駕する味に驚き、真面目に質問した。
「あら、特別なことは何もしてないわよ。……ただ、毎朝『今日も一日、楽しく過ごしてね』って話しかけて、嫌なことがあったら『ま、いいか』ってスルーするように教えてるだけよ」
「「「…………それだ!!」」」
住人全員が、カズマの「スルー・パッシブ」のルーツを悟った。
カズマの性格は、母の教育方針――**【全肯定型・徹底スルー農法】**によって培われたものだったのだ。
「カズマ、あなたも大変ね。……こんなに個性的……というか、騒がしいお友達に囲まれて。……でも、騒がしいっていうのは、生きてる証拠なのよ」
よし江さんは、押し入れでバクバク食べているセツナにも、優しく大根の煮物を追加した。
「……よし江さん。……あなたの作る大根、……殺意を忘れる味がする。……私、……あなたの『お裾分け』を受け取ったら、もう暗殺者に戻れない……」
「あら、いいじゃない。暗殺なんて物騒なことより、美味しいものを作れるようになった方が、世界は平和よ?」
よし江さんの放つ「究極の普通」という波長に、長官のナノマシンも、バブル・マネーの強欲も、レオンの重力も、全てが中和されていく。
「お母さん、そろそろ帰らないと終電なくなっちゃうよ」
「そうね。……じゃあ、みんな。カズマをよろしくね。……あ、カズマ。ノートの続き、書いたらまた送ってね。お母さん、楽しみにしてるから」
「……書かないよ! 二度と書かないから!」
よし江さんは、嵐のように現れ、201号室に「真の安らぎ(と、少しの黒歴史)」を残して去っていった。
カズマは、首元の耳栓を触りながら、小さく溜息をついた。
「……僕、やっぱり、お母さんには一生勝てない気がするよ」
『……ニャア。(カズマ。……お前、気づいてねぇだろ。……お母さんが置いていったあのお漬物、……一口食うだけで「前世の記憶」が蘇るっていう、超次元の発酵食品だぞ。……俺、さっき食って「昔は戦国武将だった時のこと」思い出しちまったよ……お母さん、先に逝って……ごめん)』
猫――未来の俺は、武士のような凛々しい顔つきで、夜空の月を見上げた。
最強の刺客・母。
彼女がもたらした「お裾分け」は、第2部の物語を、より一層カオスな方向へと加速させていくのであった。




