第2部・第4話:『白雪の逆襲! はんぺんは、夜空を舞う光となる。』
秋の夜長。
201号室のボロアパートは、今日も“常識”という概念をどこかに置き忘れたまま、異様な熱気に包まれていた。
大家・轟さんの筋肉から発せられる体温は、もはや暖房器具の域を超え、部屋の湿度を20%ほど押し上げている。
さらに押し入れに住み着いた暗殺者・セツナが放つ「冷ややかな殺気(空腹含む)」が混ざり合い、気象学的には説明不能な“局地的サウナ地帯”が形成されていた。
そんな中――
「――お待たせ! 昨日の『おでん騒動』の反省を活かして、夜食にぴったりの究極の練り物を作ってきたわよ!」
ガバァァンッ!!
ドアが爆発音のような勢いで開き、
未来の科学者・白雪が銀色の保冷ケースを抱えて登場した。
ケースからは、
「ブォォォォン……」
という、食材からは絶対に聞こえてはいけない低周波音が漏れ出している。
「白雪さん、それ……また変なナノマシンとか入ってないよね?」
カズマは慣れた手つきで『スルー・パッシブ』を耳に装着しようとしたが、ふと思い直して手を止めた。
最近の彼は、耳を塞がなくても“心でスルーする”という高度なスキルを身につけつつあったからだ。
白雪は胸を張り、鼻で笑う。
「失礼ね! これは未来のバイオ発光技術を応用した 『ルミナス・はんぺん・ネオ』 よ!
栄養価は通常の300倍、さらに食べるだけで全身の細胞が活性化して、体の中からネオンのように輝けるの。
夜道の安全対策にもバッチリでしょ?」
押し入れの襖が数センチだけ開き、
セツナの瞳が暗闇から光った。
「……はんぺんで、光る。……非論理的。……けれど、……興味深い」
彼女にとって、このアパートで出される食べ物は、
もはや“毒か薬か”ではなく、
未知のエネルギー源として分類されていた。
白雪が勢いよくケースの蓋を開ける。
その瞬間――
部屋中が真昼のように明るくなった。
中に鎮座していたのは、
七色の光を放つ四角い物体。
はんぺんというより、ゲーミングPCの内部パーツに近い。
「うわぁっ!? まぶしっ! 白雪、これじゃ夜食どころか、部屋の中が真昼間になっちゃうよ!」
レオンが腕で顔を覆いながら叫ぶ。
彼の重力センサーは、はんぺんから発せられる異常なエネルギーに過剰反応し、
『警報:未確認飛行物体(UFO)の接近』
というエラーを出し始めていた。
白雪は得意げに笑う。
「いいじゃない、明るくて! さあ、カズマ! これを今すぐお裾分けとして、街のみんなに配――」
その瞬間、事件は起きた。
はんぺんから発せられるエネルギーが、
大家・轟さんの部屋にある「プラチナダンベル」の磁気と共鳴。
はんぺんが浮いた。
まるで意志を持ったかのように、
ふわりと浮力を得て――
窓の外へ飛び出した。
「ああっ! 待って、私の最高傑作が!」
「……はんぺんが、……逃げる。……追わなければ」
セツナが音もなく押し入れから飛び出し、
忍者のように窓枠を蹴って夜空へ跳んだ。
白雪、レオン、そしておたまと鍋を抱えたカズマも、
大家さんの開けた“友情のゲート(壁の穴)”を抜けて外へ走り出す。
夜空を見上げれば、尾を引いて飛ぶ七色の光。
それはただの夜食ではない。
人類の科学と筋肉、そしてカズマの“お裾分け精神”が交差した末に生まれた、
世界を揺るがす未確認飛行はんぺんだった。
『……ニャア。(やれやれ。……第2部になっても、お前らの「普通」の基準は、地面の下まで埋まってやがるな)』
猫――未来の俺は、カズマの首元からその光景を眺め、深く溜息をついた。
この“光るはんぺん”が、
数分後には米軍のレーダーに捕捉され、
ホワイトハウスをパニックに陥れることになるとは――
まだ誰も、長官ですら予測していなかった。
夜空を切り裂く七色の閃光――
それは、かつて人類が目撃したどの彗星よりも美しく、そしてどの兵器よりも「美味しそう」だった。
「待ちなさい! 私の『ルミナス・はんぺん』、まだソースの調合が終わってないのよ!」
白雪が叫びながら、白衣の背中から小型スラスターを展開。
未来科学者らしい無駄にハイスペックな装備で宙に浮き、
七色の光を追って一直線に飛び出す。
その後ろでは、レオンが重力制御を発動し、
カズマを小脇に抱えたままビルからビルへと跳び移っていた。
「白雪さん、あれどんどん加速してない!?このままだと成層圏まで行っちゃうよ!」
カズマの叫びは夜風にさらわれ、レオンの重力フィールドに吸い込まれるように消えていく。
視界の端では――
押し入れの住人・セツナが、電柱を蹴り、屋根を蹴り、
まるで忍者のような軌道で空飛ぶはんぺんを追撃していた。
「……計算外。……あのはんぺん、
……出汁の香りを撒き散らしながら、マッハ3に到達しようとしている。
……逃がさない。……あれは、私の、今日のメインディッシュ……!」
セツナの瞳は、暗殺者のそれではなく、完全に“バーゲンセールのラスト1個を狙う主婦”の目だった。
しかし、事態はアパート住人たちのドタバタ劇では収まらなかった。
高度1万メートル。
米軍の早期警戒管制機(AWACS)のモニターに、
突如として「七色に光り、かつ魚介類のタンパク質反応を示す未確認飛行物体」が映し出された。
「司令官! オハイオ州上空……いえ、日本の上空に、
物理法則を無視した熱源を探知!
形状は……四角形です!」
「四角形だと? ロシアの新兵器か、それともエイリアンか……。
おい、この熱源から漂う『カツオと昆布の香り』は何だ!?
精神汚染兵器か!?」
司令官の声は震えていた。
兵器が“美味しそう”な匂いを放つなど、軍事史上前例がない。
横田基地から緊急発進するF-35。
しかし、最新鋭の戦闘機でさえ、白雪のバイオ発光ナノマシンによって超電導化したはんぺんの機動力にはついていけない。
「……なんだこれは……?
加速している……いや、跳ねている……?
四角いのに……!」
パイロットの悲鳴が無線に乗った。
その時、地上から凄まじい「咆哮」が響き渡った。
「ヌンッ!! 待ていッ!!
私の『筋肉おでん』の具材を、勝手に宇宙へ行かせるわけにはいかん!!」
アパートの屋上で、大家・轟さんが上半身のシャツを筋肉の膨張だけで弾き飛ばしていた。
その手には、バブル・マネーから贈られた100kgの「プラチナダンベル」。
「大家さん! 何をするつもり!?」
カズマの叫びをよそに、
大家さんは右腕の筋肉を「パキパキッ!」と不自然な音を立てて肥大化させる。
もはや人間の腕というより、古代の攻城兵器だ。
「これぞ轟流・衛星迎撃術――
『マッスル・デッドリフト・スロー』!!」
放たれたプラチナダンベルは、重力加速度を無視した初速で夜空を貫いた。
キィィィィンッ!!
空気を切り裂く高音。
ダンベルは正確に「光るはんぺん」の軌道上へ吸い込まれていく。
『……ワンッ!?(おい、大家の野郎、本気か!?
ダンベルでUFO……じゃなくて、はんぺんを撃ち落とすつもりかよ!
これ、当たったら爆発するぞ!)』
猫――未来の俺は、カズマの首元に爪を立てて戦慄した。
プラチナの輝きと七色のはんぺんが激突しようとした、その瞬間。
「……させるか。……『ノイズ・キャンセラー』、全開。」
空中でセツナが黒いデバイスを取り出し、“静寂の波動”を放った。
世界から音が消えた。
はんぺんとダンベル、
そして追跡するF-35のエンジン音さえも、一瞬で無音の世界へ引きずり込まれる。
その静寂の中――
はんぺんはセツナの“殺意(食欲)”に怯えたかのように軌道を変え、
カズマが持っていた鍋の中へ、吸い込まれるように着地した。
「……あ。……捕まえた」
カズマが呆然と呟く。
お鍋の中では、宇宙を揺るがした光るはんぺんが、
何事もなかったかのように「ぷるんっ」と震えていた。
しかし――
空中に放たれた100kgのプラチナダンベルの行き場は、
もうどこにも残されていなかった。
「……こちら、スカイホーク1。……目標を見失った。
……繰り返す、七色の四角形は、少年が持つ『お鍋』の中に消えた……。
……我々は一体、何を見せられているんだ?」
F-35のパイロットは、
バイザー越しに信じがたい光景を見ていた。
夜空から降ってきた100kgのプラチナの塊が、
公園の噴水を直撃し、
そこから現れた“謎の半裸のマッチョ”が、
その塊を片手で拾い上げ、
なぜかボディビル大会のようにポージングを決めている。
「司令部、もう帰還してもいいでしょうか。
……胃が痛いです。
帰りにマッスルマートで、普通のおでんを買って帰りたい」
米軍を困惑の極致に叩き落としたまま、
地上ではさらなるカオスが進行していた。
「大家殿! 素晴らしい投擲だ!
今の軌道データを解析すれば、新しい『筋肉弾道ミサイル』として、
未来の軍需産業を独占できるぞ!!」
バブル・マネーは、どこからともなく取り出した黄金のノートPCを叩きながら、
大家さんの筋肉を“資産”として評価し始めていた。
「バブルよ、商売の話は後だ。
それよりも見ろ、佐藤の持っている『はんぺん』を!
あの輝き……あれこそが、私が追い求めていた
『究極のタンパク質の結晶』ではないか!」
大家さんとバブル、
そしてスラスターで着地した白雪が、
カズマのおたまを囲む。
鍋の中のはんぺんは、
もはや“光る”だけではなく、
周囲の空間に“美味しそうな磯の香りのホログラム”を投影し始めていた。
「白雪さん、これ、本当に食べられるの?
なんか、さっきから
『僕を食べて……そして宇宙を感じて……』
って、頭の中に直接声が聞こえるんだけど……」
カズマが引き気味に言うと、
白雪は満面の笑みで親指を立てた。
「それは、はんぺんのナノマシンがカズマの脳波とシンクロしたのね!
最高じゃない!
さあ、冷めないうちにみんなでシェアしましょう!」
その時、
セツナが静かに、しかし抗いようのない殺気を纏って
カズマの背後に立った。
「……待って。
……はんぺんを追ったのは、私。
……最初に一口食べる権利は、私にあるはず。
……暗殺者の掟……一撃必食。」
「セツナちゃん、それ暗殺じゃなくてただの食い意地だよね……?」
レオンが突っ込むが、
セツナの目は完全に“本気”だった。
彼女にとって、このはんぺんを食べることは、
もはや“任務”であり“生存本能”であり、
そして“今日の幸せのすべて”だった。
平和な(?)試食会が始まろうとしたその時――
背後の闇から、冷徹な声が響いた。
「……全員、動くな。
……そのはんぺんは、時空警察の法典により
『違法な発光性危険物』として、
今この瞬間をもって差し押さえる。」
長官だった。
彼は新しい眼鏡のブリッジを光らせ、
手配書のようなホログラムを展開する。
「白雪。
貴様が作成したこの物体は、
過剰な栄養素とエネルギーにより、
食べた者の『人格をポジティブに改造しすぎる』副作用がある。
……これを街に放てば、全人類が
『毎日が日曜日』のような悟りを開き、経済が崩壊するのだ。」
「「「ええっ!?」」」
白雪は叫ぶ。
「そんなの、最高じゃないですか!」
カズマも思わず同意するが、長官の目は一切笑っていない。
「佐藤。
……貴様の『普通』の基準が、
ついに世界を滅ぼそうとしているのだ。
……そのはんぺんは、私が責任を持って、
真空パックに入れ……私の部屋で『永久に監視(晩酌)』する。」
「それ、長官が食べたいだけですよね!?」
白雪が叫ぶ。
米軍、暗殺者、筋肉、科学、時空警察。
たった一枚の「光るはんぺん」を巡る、全宇宙規模の争奪戦。
その中心で、カズマはある“重大な事実”に気づいた。
「……ねえ、みんな。
……これ、もう冷めてきてるけど、いいの?」
その一言で、
全員の顔色が変わった。
カズマの一言で、騒然としていた場が凍りついた。
見れば、あんなに神々しかった「ルミナス・はんぺん・ネオ」の光が、急速に弱まり、最後には「どこにでもある、少し光沢のあるはんぺん」に戻ってしまった。
「ああっ!? 私のナノマシンが電池切れ!? ……そんな、出力設定をミスったわ!」
白雪が頭を抱えて崩れ落ちる。
期待に満ちていたセツナの瞳から光が消え、大家さんの大胸筋が心なしか萎み、バブル・マネーは「……資産価値、暴落だな」と溜息をついた。
F-35が去った後の、静かな公園。
そこには、ただ冷えかけたはんぺんと、お腹を空かせた変人たちが取り残されていた。
「……仕方ないなぁ。……みんな、部屋に戻ろう? 煮込み直せば、まだ食べられるよ。……あ、余った出汁で、おじやも作ってあげるから。」
カズマのその言葉を聞いた瞬間、全員の顔に、さっきの「七色の光」よりも輝かしい笑みが戻った。
「おじや! 佐藤のおじやなら、資産価値はV字回復だッ!」
「ヌンッ!! おじやこそ、筋肉の休息に必要な聖水なり!!」
「……おじや。……はんぺん入り。……暗殺任務、完了。」
一列になってボロアパートへ戻る一行。 その最後尾を歩く長官が、ボソリと独り言を漏らした。
「……ふん。……今回は、私の『没収』という名の慈悲に感謝するんだな。……卵は、多めに入れろよ、佐藤。」
結局、世界を揺るがしたUFO騒動は、201号室の「おじやの具」として、静かに、そして美味しく処理された。
だが、カズマはまだ気づいていなかった。
白雪の作った「ルミナス・はんぺん」の光の信号が、宇宙の遥か彼方、地球から4.2光年離れた地点にまで到達していたことに。
暗黒の宇宙空間。
巨大な戦艦のブリッジで、モニターに映し出された「お鍋の中で震えるはんぺん」を凝視する、銀色の肌を持つ異星人が呟いた。
「……見つけた。これこそが、宇宙を救う『聖なるプロテイン』か。……全艦、進路を地球……日本の、マッスルマートへ固定せよ。」
カズマの日常は、第2部にして、ついに「宇宙戦争」のフェーズへと、片足を突っ込もうとしていた。
『……ニャア。(おーい、カズマ。……お前、次回の買い出し、プロテインだけじゃ足りなくなるぞ。……なんせ、宇宙人が客として来るみたいだからな)』
猫――未来の俺は、静かに目を閉じた。
次の騒動を「スルー」するために、今は体力を温存しておく必要があったからだ。




