表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/11

第9話「新たな兆し」



――数分前まで、村の広場は戦場のようだった。


だが今は、静寂が支配していた。盗賊たちは震える足で逃げ去り、地面には水の飛沫の痕跡と、わずかな緊張の名残だけが残っている。


「……やったのか?」


誰かが、ぽつりと呟いた。


その言葉を皮切りに、村人たちはいっせいに歓声を上げた。だがミナトは、それを背にしながら地面を見つめていた。濡れた土。散った水滴。その中心に立つ自分の足――。


「これが……俺の力……?」


自身の手のひらを見つめる。その表面に、もう水は残っていない。だが感覚は、まだ指先に残っていた。まるで、今も水の精霊が囁いているかのように。


「ミナト!」


リーナが駆け寄る。顔には安堵と驚きが混ざったような表情。彼女の視線は、ミナトの掌と、水の針が突き刺さっていた地面を交互に見ていた。


「大丈夫? ケガは……ないよね?」


「うん、平気だよ。そっちは?」


「私は何もしてないから……でも、あの技……すごかったよ。あれって、精霊の泉の力なの?」


ミナトは静かにうなずいた。


「たぶん……正確には、“泉の許し”みたいなものを得て、ようやく形になった感じかな。泉の前で、何かが“応えた”気がしたんだ」


リーナの目が真剣になる。


「じゃあ、ミナトは……もう“使える”んだ。魔法が」


「魔法かどうかはわからないけど……たぶん、そうだと思う」


ミナトは言いながら、自分の胸の奥にある感覚をたしかめる。何かが、静かに目覚めはじめていた。泉で得た水の気配。それが彼の中で、まだ眠りきっていない。


「なるほど……」


老人の声がした。振り返ると、長老が杖を突きながらゆっくりと歩いてくる。目元の皺が深くなり、眼差しには複雑な色が浮かんでいた。


「お主が“選ばれた”ということか……いや、呼び起こした、か」


「……長老?」


「精霊の泉は、誰にでも力を与えるわけではない。あれは、ただそこにあるだけじゃ。許しを得ぬ者が近づけば、たちまち迷いを飲み込まれてしまう」


ミナトは、ふとあの泉の深淵を思い出した。あの瞬間、確かに自分の中の“何か”と向き合わされた。自分の弱さ、喪失、そして希望――。


「だが、お主は答えを出した。だからこそ、力が宿ったのだ」


ミナトは黙ってうなずく。


「この村にとって、“異能”を持つ者が現れることは、吉兆と同時に災いの兆しでもある。今回の盗賊も、外からの“風”が吹き込んだからこそ招かれたもの……。お主がここに来なければ、村は平穏を保っていたかもしれん」


「……それでも、俺は来たかった」


静かに、だが迷いなくミナトは言う。


「ここで、何かを始めたかったんです。自分の居場所を、見つけたかった」


長老の表情が柔らかくなった。


「……ふむ。ならば、お主がここに来たことが“正しかった”と証明するがよい。お主の力で、村を守り、人と交わり……そして、この先の世界を見極めよ」


ミナトは深く頷いた。


そのとき、鋭い鳥の鳴き声が村の上空を貫いた。


見上げれば、巨大な黒い鳥が旋回していた。翼を大きく広げ、こちらをじっと見下ろしている。まるで、何かを監視するような眼光。


「なんだ、あれ……?」


リーナが声を上げる。


ミナトは目を細め、ただ静かに呟いた。


「誰かが、見ている……」


黒い鳥は旋回を終えると、山の方角へと飛び去った。


その場にいた全員が、不思議な予感を覚えた。


――外の世界も、動き始めている。



その夜、村は小さな祝祭のような空気に包まれていた。


盗賊たちの撃退。守られた塩と水。そして、目の前で初めて見た“奇跡”。


村人たちは小さな酒を持ち寄り、焚き火を囲んで語り合っていた。子供たちはミナトを囲んで、「すごかった!」「水が剣みたいだった!」と目を輝かせていた。


リーナが膝を抱えて座りながら、ミナトを見つめる。


「なんだか、もう村の英雄って感じだね」


「いや、そんな大したもんじゃないよ」


ミナトは苦笑しながら言うが、リーナは首を横に振る。


「ほんとに、そう思ってる? あんな風に誰かを守れる人、なかなかいないよ」


その言葉に、ミナトは少しだけ黙りこんだ。


「……俺は、昔。誰かを助けられなかったことがある」


リーナの目がゆっくりと見開かれる。


「今でも、時々夢に見るんだ。その時、自分に“何か”できてたらって。でも、できなかった。……だから、ここではちゃんと、誰かを守りたかった」


「……ミナト……」


リーナがそっと、彼の手に触れた。


「じゃあ、もう叶ったね。ちゃんと、守ったじゃん」


ミナトはゆっくりとリーナを見る。揺れる焚き火の光の中、彼女の瞳はどこまでもまっすぐだった。


「……ありがとう」


彼は小さく笑った。


夜が深まるにつれ、村は再び静けさを取り戻していった。


焚き火の火がパチパチと音を立てる中、ミナトは一人、泉のほとりに座っていた。


星が瞬く夜空。その光が、水面にゆらゆらと映っている。


「……これが、俺の始まりなのかな」


誰に向けるでもない言葉。だが、泉の奥で、小さく波紋が広がった。


まるで、その言葉に“応えた”ように。


ミナトはふと、自分の胸の内に問いを立てた。


「……この力を、どう使えばいいんだろうな」


風が吹いた。泉の表面がかすかに揺れる。


その波の向こうで、何かが呼んでいるような気がした。


――まだ見ぬ場所。


――まだ知らぬ世界。


彼の旅は、ここから始まるのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ