第10話「交差する道、つながる縁」
「……ここから先は、獣人族の領地だ。気をつけろよ」
村を出てから三日目。薄曇りの空の下、ミナトたちは一行を連れて、南へと伸びる獣道を歩いていた。同行するのは、リーナ、そして村の青年たち三人。最初はおずおずと付いてきたが、次第に足取りも安定してきていた。
目的は、隣村との交易路の確保。塩や水の安定供給はもちろん、今後の発展のためには他種族との接触も避けられないと、ミナトは考えていた。
「でも……ほんとに、会えるかな。異種族の人たちと」
リーナが不安げに呟く。ミナトは笑みを浮かべて彼女を見た。
「会えるさ。そのために来たんだから」
その言葉を裏付けるように――。
「……誰だ!」
声とともに、茂みが揺れた。
飛び出してきたのは、獣の耳と尻尾を持つ若者たちだった。彼らは人間の数倍の跳躍力と鋭い視線を持ち、全身を皮鎧で覆っている。その手には、木製の槍や石斧。彼らはミナトたちを包囲し、威嚇するように唸った。
「我らが森を侵す者……何者だ!」
リーダー格の男が前に出る。灰色の毛並みに覆われた筋肉質な体。背負った槍は、手慣れた使い手のものだった。
「俺たちは敵じゃない。近くの村から来た。交易を申し出に来たんだ」
ミナトは両手を上げ、穏やかな声で語りかける。
だが、言葉が終わる前に――
「うそだ! あいつら、兄さんを!」
鋭い声とともに、獣人の少女が前に飛び出してきた。彼女の頬にはまだ幼さが残っていたが、目には怒りの炎が宿っていた。
「ミモザ、待て!」
リーダーが止める暇もなく、少女――ミモザは小さなナイフを握り、ミナトに向かって突進してきた。
「くっ……!」
青年のひとりが反射的に盾を構える。刃は逸れたものの、ミモザはバランスを崩し、地面に倒れ込んだ。その拍子に、石の角に足を打ちつけ、鮮やかな血が滲む。
「ミモザ!」
リーダーと数人が駆け寄るが、ミナトがすぐに膝をついた。
「大丈夫か!? ……リーナ!頼む!」
「うん、わかった!」
リーナは小さく息を吸い、両手をミモザの足にかざした。
(やってみなきゃ……!)
以前、泉で得た不思議な感覚。それを思い出しながら、心を集中させる。
「何をする!……人間!…」
敵の施しは受けまいと、涙ぐんだ目で獣人の少女は言う。
「癒しよ……傷を閉じて」
彼女の手元に、淡い光が集まり始めた。水の粒子が、空気の中から集まり、傷口にそっと触れる。そして、みるみるうちに血が止まり、赤く腫れていた部分が静かに癒されていく。
「……うそ、痛くない」
ミモザがぽつりと呟いた。
「あなた、今……魔法を?」
ガルド族の男たちが息を呑む。
リーダーが一歩前に出た。
「名を、聞かせてくれ」
「俺は渚ミナト。この子はリーナ。近くの村から来た。敵意はない。そちらの人が怪我をしたのも、事故だった」
「……俺はトガ。獣人族、ガルドの末裔だ。……ミモザの兄だ」
沈黙が、数秒続いた。
トガはリーナを見て、深く頭を下げた。
「妹を……助けてくれて、礼を言う」
「よかった……誤解が解けたね」
リーナが微笑む。ミナトも安堵の表情を浮かべた。
だが、トガの目には迷いが残っていた。
「だが、まだ信用はできん。……本当に、“交わる”つもりなのか? 我らは、ずっと人間に追われてきた。この森に隠れるようにして生きてきた。交易だと? そんなもの、夢物語だ」
「夢かもしれない。でも、動かないと何も変わらない。俺たちは塩を、君たちは獣の素材や薬草を持っている。互いに協力すれば、もっと豊かになれるはずだ」
ミナトは、背負っていた革袋を取り出した。その中には、精製された塩が入っていた。
「これは、“海”から取った塩だ」
「海……?」
トガたちの顔に驚きが広がる。
「そう。失われた海の記憶を、俺は取り戻そうとしてる。協力してくれないか?」
静寂のあと、トガが深くうなずいた。
「わかった。……お前たちの誠意は受け取った。ガルドの民は恩を忘れぬ。俺は――お前たちと共に歩もう」
その言葉を皮切りに、他の獣人たちも武器を下ろし、空気が和らいだ。
「じゃあ、まずは物資の運搬だね!」
リーナが明るく笑う。こうして、ミナトたちはガルド族との繋がりを築き、村と森を結ぶ交易路を確保した。
それは、小さな世界に、新たな風が吹いた瞬間だった――。




