第11話「揺れる牙」
森を抜け、谷を越えた先。そこに暮らしていたのは、山犬のような耳と尾を持つ「ケルベ族」だった。
彼らは、ミナトたちの姿を見るなり槍を構えた。
「人間が……なぜ我らの地に!」
「帰れ! ここに人の居場所はない!」
低い唸り声が響き、十を超える影が彼らを取り囲んだ。
トガが前に出る。
「待て! この者たちは敵ではない。塩と水を分け合い、我らと盟を結んだ者だ!」
だが、ケルベ族の戦士は吐き捨てる。
「貴様らガルド族は、人に媚びて牙を抜いたか!」
空気がぴんと張り詰める。リーナは一歩退き、ミモザが不安げに兄の袖をつかんだ。
ミナトは静かに手を上げた。
「戦うために来たんじゃない。俺は漁師だ。……もともとは、海で生きてきた人間だ」
「海……?」
ケルベ族の長老格が低く唸る。
ミナトは懐から、塩で保存した魚を取り出した。切り分けた干物を、焚き火で炙り、香ばしい匂いを漂わせる。
「これは塩で保存した魚だ。俺の村ではこれを糧に生きている。塩も水も、分け合えば誰も飢えなくて済む」
戦士たちは鼻をひくつかせた。だが、すぐに牙を剥く。
「人間の言葉など信じられるか!」
――そのとき。
「なんだ貴様は!!」
若いケルベ族の戦士が声を上げる。彼の腕には、かすかな傷があり、リーナが自然と歩み寄って布で手当てをしたのだ。
敵意もなく、ただ無心に。
「なぜ、我らにそこまでする……?」
若い戦士が呟いた。
ミナトは真っ直ぐに答えた。
「誰だって、痛いのは嫌だろう。それだけだ」
沈黙が落ちる。やがて長老は杖を突き立てた。
「……よかろう。だが、全面的に受け入れるわけにはいかぬ。試しに交易を許す。塩と水の価値を、この目で確かめさせてもらう」
トガが大きく頷いた。
「それで十分だ。信は一日では築けぬ」
ケルベ族は武器を下ろしたが、視線にはまだ鋭さが残っている。
和解は……だが確かな一歩だった。
その夜、ささやかな焚き火を囲み、ガルド族とケルベ族、そしてミナトたちは初めて同じ席に着いた。
火花は消えていない。だが、火を囲むことで、ほんの少し距離は縮まった。
(これが“最初の橋”だ……)
ミナトは、そう心に刻み込んだ。




