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4 小さなこの手で掴める物は

前回のあらすじ…

 旅の青年ルトに小間使いとして雇ってもらうことになったレジーナは、無事屋敷から離れ、冒

 険の旅に出る。

 初めての野宿に、忘れていた空の広さ。彼女は新しく踏み出した自分の人生に希望を抱き始め

 た。

 翌朝目覚めたレジーナは昨日宣言した通り、まずは火を焚いてみようと小枝を集めに行った。


 だけど全身が信じられないくらい痛い。

 どうして体が痛いのかわからなかった。

 それでもああ言った手前、なんとしても自分でやりたい。


 いてて、と言いながら小枝を集めると、ルートヴィッヒの真似をしてマッチで火をつける。だけど全然うまくいかず、先端が折れてしまった。


 そして気づいた。


「あれ?プロミテウスがいればその力を使えますよね?」


「枝が湿っていれば使うこともあるが、そうでない時は使うことはない。だがその様子だと昼になっても火はつかないぞ?叩きつけるんじゃない、擦るんだ」


「うう、そうしたいんですけど体が全部痛いんです。手までなんだかうまく動かなくて。なんでですかね?」


「馬は初めてなんだろう?そりゃ初めてであれだけ乗れば痛くなるもんだ。手綱も握れば

腕だって疲れる。火はしばらくプレッツェルに頼め」


 そう言われてレジーナはしゅんとした。


「僕、融合はできないです…」


「そうなのか?なんだてっきり…」


 てっきり出来るものだと思っていた。

 

 融合は守護精の力の一部を宿主の体に文字通り融合させ、身体の特徴やその力を自分のものとして使うというもの。

 ほとんどの場合出来る者はいないが、特殊能力を持った守護精や幻獣クラスの守護精を持ったものなら大体できる。


 レジーナは3階から飛び降りて脱出したと聞いたので、身体強化を限界まで高めるためにてっきり出来ると思っていたのだ。そして出来るのなら、フレイムリザードであれば小さな火くらい起こせるはず。


 レジーナはさらに3本擦ってみたが、どれもうまくいかなかった。

 火一つ起こせなくて悲しくなってくる。


「コツを掴めば簡単だぞ」


 しょげていると、ルートヴィッヒが後ろから抱き込むようにしてマッチの手と箱の手をそれぞれ握って来た。


 思わず声を上げそうになって、慌てて自分が少年であることを思い出した。

 ルートヴィッヒの手は大きい。自分の手は本当に子供みたいだ。

 耳元で説明され、なんだか胸がドキドキしてきてしまった。

 自分の高い声とは全然違う低さ。それでいて侯爵家の執事のようなうんと低音というわけではない。


 物語にあった、”彼の低い声”というのはこれなのだろうか。

 確かにこれは、なんだか心が乱される響きがある。


 レジーナはせっかく手元で教えられていることが頭に入ってこなかった。


「ほら、点いただろ?」


「はひっ…はい、つ、つきました!」


「消えないうちにその細い枝の所に…ああ、これではすぐ消えてしまうな」


 彼はそれから薪のくべ方、火のつけ方を教えてやり、レジーナは今度こそ説明をきちんと聞いた。そしてようやく彼女は焚火を起こすことができると、手を叩いて喜んだ。


 火が起こせたらいよいよ朝食だ。


「パンの真ん中をナイフで切ってみろ。全部は切るなよ?切れたら中にチーズとハムを挟んで」


 言われた通り慎重に切れ目を入れる。あまり慎重になりすぎて、パンの半分も切れなかった。

 もう一度、同じくらいの力で切れば、さらに半分くらい切れて理想の位置まで切り込みが入った。


 もう一個、今度はルートヴィッヒの分を切ってみる。

 先ほどより力を入れて、一度でやってみたい。

 だが途中まではいい線をいっていたのに、最後に油断をして思ったより力が入ってしまった。


「あっ!」


 ナイフの先端が、パンを通り越して左手の手のひらを切りつける。

 ほんのわずかだが血が出てしまった。


「大丈夫か?」


 ルートヴィッヒが手を取り傷を確認する。薄く皮膚を切っただけで、深くはないようだった。


「さすがだな。咄嗟に宿主を強化したか」


 融合できなくてもそれなりに守護精の恩恵を受けることは可能だ。

 彼女はこれで3階から落ちたのだろうか?

 それには足りない気がする。融合までいかなくとも、彼女の守護精は普通より馴染がいいのかもしれなかった。


「この程度なら大丈夫だろう」


 そう言うと彼はちう、っと傷口を吸った。


 自分でも執事にお願いして用意してもらった刺繍の針を刺してしまって傷口を吸ったことはある。

 自分でする感覚とは全然違う。他人の唇がこんなに柔らかいものだとは思わなかった。

 

 自分の手に吸い付く彼を見ていると、よくわからない気恥ずかしさが込み上げてくる。

 呆然としていると左手からパンが取り上げられ、ルートヴィッヒはさっさと自分の分の具を挟むとかじりついた。

 レジーナも慌てて自分の分に具を挟み、かじりつく。


 初めて自分で作った朝食。

 パンにチーズとハムを挟んだだけだったが、感動するほどおいしかった。


 パンを食べ終わるころに湯が沸き、レジーナは地面にお湯をこぼしつつ紅茶を淹れるとルートヴィッヒに差し出した。

 彼は一口飲むと、「うん、紅茶だな」と言った。少しだけ渋い表情をしている気がする。

 レジーナも飲んでみる。紅茶ではある、と思った。


「おかしいな…家ではもっとおいしかったのに…」


「茶葉の量、温度、蒸らし時間で味は変わって来るからな。これはちょっと蒸らし過ぎか?渋いだろう?」


「渋いじゃないです、もうこれ苦いです」


「旅先ではこんなもんでいいんだ」


 彼はそう言うと残りを飲み干してしまった。

 レジーナは飲み干そうとしたが結局残ってしまい、カップの底の濃い部分に顔をしかめつつ地面に飲ませた。


 荷物をまとめ馬に鞍を装着すると、鐙に足をかけようとして、足が上がらなかった。

 背が小さいというのもあるが、とにかく全身が痛い。

 悪戦苦闘しているうちにひょいとルートヴィッヒの馬に乗せられてしまい、思わず「いたーい」と声を上げてしまった。


「しばらくは痛いぞ。まあ頑張るんだな」


 そう言うと彼は馬を進めた。


 ルートヴィッヒに痛そうな雰囲気はない。

 慣れたらこうなるのだろうか?


 旅は始まったばかり。

 レジーナは走る馬と同じくらい胸を弾ませていた。

 憧れの自由がこの先に広がっている。

 窓枠にはめられた小さな空ではなく、囲むもののない頭上の空と同じように。


 揺れる空を見ていたら、ふと視線を下げたルートヴィッヒと目が合った。


「楽しそうだな?」


「はい!人の可能性って、この空と同じくらい広がってますよね!?」


「そうだな。だが全てを掴めるわけではない。どれだけ制することが出来るかは自分の努力にかかっている」


 言われてレジーナは自分の両手を見る。

 整えてもらった旅装は体にぴったりで、皮のグローブもちょうどいい。

 その手をルートヴィッヒの目の前にかざした。


「あんまり大きくないです」


 物理的な話ではないのに、少し残念そうに眉尻を下げた彼女にふっと笑った。


「世の中には助けの手を差し伸べてくれる者もいる。その手を取るのも取らないのも自分次第だ。良い手かもしれないし悪い手かもしれない。だが手が増えれば掴み取れるものも増える」


 レジーナは手綱を掴むルートヴィッヒの左手を外すと、手のひらを合わせて自分と比べた。

 マッチを擦る時にも感じた、大きさの違い。


「ルト様大きいです。1人でも色んなものを掴めそう」


「1人で掴むには尊いものが多すぎる」


「どういう意味ですか?」


 ルートヴィッヒの言葉の意味がわからず聞き返す。

 彼女はルートヴィッヒが背負う可能性のある未来など知らない。


「なんでもない。あまり可愛いことをするな。お前は男だろう?」


 ルートヴィッヒがわざとらしく聞いた。彼女は自分の素性が知られているとは露ほども思っていない。

 慌てて手を離すと前を向いた。


「そ、そうですよ。可愛いなんて言われても嬉しくないですっ」


「いくつなんだ?」


 ルートヴィッヒの記憶の通りなら16で合っているはずだ。

 ちょうど自分が旅に出た頃の年齢のはずだが、彼女はずっと幼いように見えつい確認してしまった。


 レジーナは16歳と答えようとして、果たして自分はその年齢に見合うのか気になった。この青年も同じくらいの年齢だろうが、落ち着いた態度はもっと上にも見える。


「い、いくつだと思いますか?」


「そうだな。12か13というとこか」


 ルートヴィッヒはわざと見たままの年齢で答えた。

 話してみると、もっと幼くも見えなくもないが。

 レジーナの方は、そんなに幼く見られていると思い内心ショックを受けた。 

 でもそう見えるのならそう名乗った方がいい気もする。


「あ、当たりです。13です。ルト様は?」


「もうすぐ18だ。誕生日を迎えれば俺の旅も終わる」


 それを聞くとレジーナはパッと振り返った。


「王子様と同じですね!」


ルートヴィッヒは内心知っているのか、と思った。話しぶりも行動も幼く、まともに教育を受けていないのは一目瞭然だからだ。

 もしかしたら使用人から聞いたのかもしれない。


「いいなあ」


「いい?」


「だって自由に国中を回れるんですよ。憧れます」


「お前は自由へのこだわりが強いんだな」


「だって10年も部屋…」


 彼女が幽閉されていたのはやはり10年のようだ。

 外に世界があると知っているのにたった1つの部屋の中で過ごす10年とはどういうものなのだろうか。

 想像しようとしてし切れず、途切れた彼女の言葉は聞こえないふりをした。


「だって?」


「あー、ええと、王子様の旅って、どんなものなのかなって」


「案外俺とたいして変わらないかもしれないな。さあ、お喋りの余裕があるのならお前が手綱を握ってみろ。出来るだけ俺に背を預けず自分で体幹を保て」


「え?わ、あ!」


 突然手綱を握らされたレジーナは慌てたが、それでもしっかり握り直すと姿勢を正した。

 

 自由は、お前が憧れるほど気ままで自分勝手ではない。


 ルートヴィッヒはそう思ったが、それはやがて彼女自身で気づくこと。

 今はそのための地盤作りで、そして失われた10年を取り戻す時だ。

 

 彼にそこまでしてやる義理はないはずだが、必死に逃げ出してきたこの令嬢の自立を手助けしてやれたら。

 希望に湧く小さな背中を見て、まるで妹を守る兄のような気持ちになったのだった。


次回…「悪い顔の良い人と、悪い顔の悪い人」

 町に所用があるルトと別れ、レジーナは「初めてのおつかい」をすることになる。

 メモを見ながら買い物をする彼女は、メモにない雑貨屋をうっかり覗いてしまい… 

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