5 悪い顔の良い人と、悪い顔の悪い人
前回のあらすじ…
自分とルトの手の大きさを比べてくるレジーナに、妹の様な可愛さを感じるルートヴィッヒ。
自由に憧れる彼女の手助けをしてやりたい…そんな思いが湧き上がる。
次の町では一度レジーナを休ませてやろうと思い宿の部屋を取った。
食堂もある宿にしてもよかったが、あえて木賃宿にして自炊することにした。
まだ昼を回ったばかりで余裕があるので、彼女に何かしたいことがあるか聞いてみると、「剣の練習がしたい」と返って来た。
「体が痛いのではないのか?」
「痛いんですけど、でもちょっとだけでいいのでやってみたいんです。でもルト様はこの町に用事はないんですか?」
「ないこともないが、そんなに時間がかかるわけでもない。だがそうだな…お前は勘定はできるか?」
「そ、そのくらいできますよ、多分…きっと」
語尾が少々頼りなくなるが、どうやら読み書き計算は問題ないらしい。ただ買い物とはただ計算ができるだけでどうにかなるものでもない。
「今日の宿は木賃宿だ。食事は自炊しなければならない。俺が用事を済ませる間、食材の買い物を頼めるか?」
何をどれくらい買えばいいのかがわからないであろうレジーナに、メモを渡す。
「多少間違えてもいい。やってみろ。宿も商店街の道と繋がっているから迷うことはないだろう。それがうまくいったら剣の稽古をしてやってもいい」
「頑張ります!」
1時間後に宿に戻る約束をし、ルートヴィッヒはプロミネーアにレジーナを遠くから見守るようお願いして出かけた。レジーナも彼とは反対側の商店街へと向かう。
「ふふ、初めてのお買い物だわっ」
「ジーナ大丈夫?お金わかる!?」
「そ、それくらいわかるわよ…メモだってもらったし」
そう言ってメモを眺める。材料を見ても何ができるか想像できなかったが、最初に目に入った青果店の前に来ると並んでいる物とにらめっこした。
「坊や、何かお使いかい?」
「はい!えっと…じゃがいも4個と、リンゴ3個…あと玉ねぎ2個。あ、あと洋ナシ1個だ」
「はいよ、洋ナシは熟したのと青いのどっちだい?」
「どっちだろう?」
「何を作るんだい?」
「なんだろう?」
何もわからない少年に苦笑すると、青果店のおかみさんは「メモを見せてみな」と言った。
「肉類はソーセージとベーコンか。あーじゃあベーコンの洋ナシ煮かな。じゃあ青いの入れとくよ。坊や旅人かい?肉屋わかる?3軒隣だよ。卵も売ってるからそこで買うといいパン屋はあっちの角だね」
「ありがとう!いくらですか?」
支払を済ませると、言われた通り3軒隣へ向かう。
口ひげのみごとないかついおじさんがいて、一瞬怯んでしまう。
「あの…」
「なんでえボウズ。見かけねえな。旅人か?」
「えっと、そうです。ソーセージ2本とベーコンひと固まりください。あと玉子2個も!」
「全部で7マールだな」
何か悪い事をしたわけでもないのに、終始睨みつけているような髭の親父は、包みとおつりをごつい手でレジーナに渡した。
「お前いくつだ」
「13です」
「かー!小せえ。ちゃんと食ってるのか?」
「食べてますよ?」
本当は16なのに13でも小さいとは驚きだ。それになんで怒られているのだろう。
「ほら!こいつも食え!」
髭面が小さな包みもレジーナの手に握らせるが、そんなやり取りなどしたことのない彼女は困惑した。
「あの、お金…」
「うるせぇ。俺の新作だ。黙って喰え。金の代わりに感想でも言っていけ」
「おじさん、怖い人じゃなくていい人なんですね!」
『あ、照れてるよこのおじさん』
「うるせぇやい」
「ありがとうございます!」
その後道の角にあるパン屋で丸パンを4つ買うと、お使いは終わった。
扉の前で思わずガッツポーズをする。
「ねえ、買い物うまくいったんじゃない?」
「そうだね!お金も間違えてないよ!たぶん!」
「ね、たぶん!」
「じゃあ帰ろう!」
その時、向かいに雑貨屋があるのが見えた。
店頭に並んでいるのは女性向けなのか、どれも綺麗な櫛や髪飾り、リボンが多い。
綺麗に着飾ったことのないレジーナは、物語の中にあった“騎士が姫の髪に美しい花のピンを挿す”シーンを思い出した。
レジーナは思わず駆け寄り、品物を眺めた。
「綺麗…」
どれも庶民向けの安物。
貴族のように派手に飾り立てることはできないが、庶民も真似をしようと飾りの一部を再現し、キャップを飾ったり結い上げた髪に挿したりした。
簡単な造りの造花は、それでもレジーナの心を沸き立たせた。
物語の中で、姫は落としたピンを拾い上げた護衛の騎士に身分違いの恋をする。そっと髪に挿してもらい、2人は見つめ合うのだ。
レジーナは目の前にあったピンクの造花ピンを手に取ると、そのシーンを自分に置き換え想像した。
挿してくれたのは、なぜかルートヴィッヒだった。
「何考えてるんだろう…」
置いてあった鏡に映る自分の姿を見て我に返る。
キャスケットを目深に被り、オレンジがかった赤毛をこぼした少年姿の自分に、ピンクの造花ピンなどどこにも挿す余地はない。
手に取ったピンを棚に戻すと、「帰ろう」と言った。
パン屋に来るときは右から曲がって来たので、レジーナは同じように右の道に出たつもりだった。
だが対面の店にいることを失念し、結果逆の方向へと歩き始めてしまう。
「あれ?右じゃなかった?」
「そうだっけ?あれ?パン屋は?」
気づけば少し寂しい道に出ている。商店街に全くつかないことに気づき、ようやく止まった。
「戻ろう。こっちだよね?」
「ボクわかんないよ」
こっちだったかな?と角を曲がった時、目の前に人がいることに気づかずドンとぶつかってしまった。
鼻をぶつけてしまい押さえながら見上げれば、ガラの悪そうな大柄の男がいた。
「す、すみません」
急いで謝るも、「おいガキ」と腕を掴まれる。
肩に乗っていたプレッツェルは咄嗟にレジーナの中に戻り彼女の守りを強めた。
「すみませんじゃあないんだよ。てめえの汚ねえ鼻水がついたじゃねぇか」
「え、ついてないと思いますけど…」
「うるせえんだよ!」
『何この人?』
『ジーナ逃げなよ!』
気づけば男の背後にもガラの悪い男が2人いる。
何がおもしろいのかさっぱりわからないが、ニヤニヤと笑っていた。
「ごめんなさい。でもほんとについてないし、手離してもらえませんか?」
「は?お前馬鹿なのか?それとも痛い目に合うのが好きなのか?」
「痛いのは嫌です…」
後ろの男の1人が「遊んでやろうぜ」と言った。
遊ぶの意味がわからないが、きっとろくなことじゃない気がした。
いくらプレッツェルが守ってくれているとは言え、痛いものは痛いのは3階から落ちた衝撃でよく知っている。
「やめて…」
レジーナが掴まれた手をなんとか解こうと抵抗した時、相手の左手が振り上げられるのが見えた。
反射的にぎゅっと目を閉じて痛みを覚悟する。
「いってえっ!」
だが痛がったのはレジーナを殴ろうとした男の方だった。
恐る恐る目を開けてみれば、振り上げた腕はルートヴィッヒによって見事に後ろに捻られていた。
「シャツよりお前の顔の方がよほど汚いぞ?家に帰って洗ったらどうだ?」
「ルト様!」
「野郎!ふざけやがって!」
後ろにいた男が大男と同じように拳を振りかざし襲い掛かって来る。
だがルートヴィッヒは明らかに体格差のある大男の腕をそのまま背負い、襲い掛かって来た男たちに投げつけてしまった。
「ぐおっ!」
「うわっ!」
「いって!」
三者三様の声を上げ、地面に倒れ込む。
「さあ戻ろう」
ルートヴィッヒは投げ飛ばした男たちを気にもせず、レジーナの手を取り宿へと向かった。
レジーナが男たちを振り返ると、起き上がり各々の痛む所を押さえていた。
「覚えてやがれ!」という捨て台詞としては陳腐な言葉が聞こえたが、ルートヴィッヒは全く気にしていないようだった。
「ルト様、ありがとうございます。あんなおっきな人よく投げられますね」
「プロミネーアの力だ。それよりジーン、なんであんな所にいた」
「ちょっと迷子に…」
「商店街から外れなければ大丈夫だと思ったが…寄り道でもしたのか?」
「ちょっと雑貨屋があって…そうしたら曲がり角を間違えちゃったんです。ごめんなさい」
「いや無事ならいい。プロミネーアに見ててもらってよかった。プレッツェル、よくやったな」
プレッツェルは姿を現わすと誇らしげな表情をする。ルートヴィッヒにはプレッツェルがレジーナを守ろうとしていたことがよくわかるらしい。
自分のことよりもプレッツェルのことを認めてもらえることがレジーナには嬉しかった。今まで誰もプレッツェルには見向きもせず、それどころか悪いことばかり言われてきたのだから。
『ボク、ルトのこと好きかも』
レジーナは声には出さず、「私も」と心で答えた。
守護精と宿主は以心伝心なので、心でも会話ができる。
レジーナは肩にいるプレッツェルの顎を撫でながら空を見上げ、上空にいるプロミネーアに「ありがとう!」と言った。
手を振ろうとしてその手がまだルートヴィッヒに繋がれているのに気づいたが、なんとなくそのまま握っていて欲しくて振るのは諦めた。
『雑貨屋で何をしていたんだ?』
『ピンを見ていたわね。花のピン。女の子ですもの』
ルートヴィッヒはプロミネーアからレジーナの状況を聞いた時内心焦った。まだ昼間で、商店に使いに出るくらいなら1人でも大丈夫だろうと別行動をしたが、やはりもう少し彼女とは行動を一緒にしていた方がよさそうだ。
常識が欠如しているが、それゆえ他人への警戒心が少し緩い。人を信じるのは美徳だが、善悪を見極められないのは危険だ。
「ジーン、さっきみたいな連中が“悪い顔をした悪いやつ”だ」
「はい?」
「人相がよくなかったろう?人を見かけで判断するのは良くないとは言うが、ある程度の警戒心も必要だ。顔の作りの話ではなく、特に目つきというのは人柄が出る。少し気を付けろ」
レジーナはそう言われて思い出してみる。
あの大男は確かにずっとレジーナを睨むような目つきだった。ぶつかったせいかと思ったが、レジーナは次からはもう少し相手を観察してみようと思った。
そしてもう1つ思い出す。
「じゃあお肉屋の店主は、悪い顔した良い人ですね」
ちょうど肉屋の前に差し掛かり、ルートヴィッヒはちらっと盗み見た。
難しい顔をした髭の店主が、客の対応をしていた。
「なるほど。だがあれは悪い顔じゃない。不愛想だ」
「難しいです…」
「人と接しているうちに少しずつわかる。店主は良い人だったのか?」
「はい。オマケをくれました。試作品?とか言っている何かをくれたんです。あとで感想を聞かせろって言ってました」
「そうか。じゃあ明日にでも伝えてやったらどうだ?」
人との交流を増やすのは社会を知る上でもいい。感想を述べるというのはコミュニケーションの上でも難しい部類だ。いい練習になるだろう。
レジーナが「そうします!」と答えたところで宿に着いた。
ルートヴィッヒが無意識のうちに繋いだままだった手は離されてしまった。
そんなに子供っぽく思われてるのかと思うと少し残念な気もしたが、大きな手で包まれるのは安心感があって心地よかった。
一度部屋に戻ると、買い物の成果を見せる。
買った物とお釣りの5マールを出せば、「上出来だ」と言われた。
「あとルト様。この買っていただいた服や剣の代金はどうしたらいいですか?」
「ああそうだ、俺は“良い人間”だったな。給金の話もしようと思っていたんだ」
ルートヴィッヒがベッドに腰掛けたので、レジーナも自分のベッドに腰掛けた。
彼は最初なぜか部屋を分けようとしたが、レジーナは1人になるのが不安でツインにしてもらったのだ。
でもよく考えたら自分は女性だった。普通は寝所を分けるものだし、部屋に入ってから彼の言う通りにしておけばよかったと思った。
「まずジーンは町で雇った俺の小間使いということにしよう。小間使い、わかるか?」
「主の身の回り雑務やお世話をする使用人です」
「そうだ。給金はそうだな…相場だと月50…かなり低くなってしまうな。食費で考えるか。1日4マールが最低限だとして、週払い28…ちょうどよく30マールでどうだ?」
「僕ルト様のお世話をしてないです。お世話をされています。それなのにそんなにもらうなんてできません」
ルートヴィッヒとしては自分の旅の後の面倒が見られるかどうかがわからない。無責任に放り出すつもりはないが、少しでも生活費を渡しておく名目が欲しかったから30でも足りないくらいなのだが。
ついでに買い与えた旅支度のお金も気にするので、そこは雇用主が用意するべき制服代わりということにした。その代わり今後私物で必要な物があれば自分で買いそろえていくらしい。子供っぽいのに、意外と律儀なのだなと思った。
実際小間使いとして身の回りの世話をさせれば、生活面の訓練にもなるだろう。
仕事への意欲を見せるので、積極的に、だが段階的に彼女に仕事を与えていこうと思った。
「よし、じゃあ約束通り剣の練習でもするか」
「本当ですか!ありがとうございます!」
宿の裏に出ると、剣ではなく拾った棒切れを持たせる。
まずは彼女に自由に降らせてみれば、騎士団の稽古を真似しただけの割には筋が良かった。少し構えを直してやるだけで、ブレの少ない振り方に変わる。
「驚いた。騎士団の練習を真似していたというのは伊達ではなかったのだな」
喜びを隠せない彼女にその後もう少し指導したあと、自分の棒切れに打ち込みをさせてみれば、素振りが綺麗なだけあっていい当たりをしていた。
「よし、今日はこれくらいにしよう。筋は悪くない。腕が疲れたろう?」
「腕より手首が痛いです」
「余計な力が入っているな。打ち込みの瞬間に手首に力を入れすぎだ。じゃあ次はそれを重点的にやるか」
「はい!ありがとうございました!」
彼女はお礼を言うと、騎士と同じように剣に見立てた棒を掲げ、剣礼を捧げた。
子供の騎士ごっこにも見えたが、真面目な彼女に倣ってルートヴィッヒも剣礼で返せば、彼女は棒切れの向こうでにこっと笑った。
次回…「世界は知るほどに大きくなる」
木賃宿の共有キッチンで料理に挑戦するレジーナ。
一緒に作り、一緒に食べる人がいる喜び。
そして次の目的地を地図で確認するルトから、今日も色々学んでいく。




