表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王子の取り巻きの父親に転生しました ~戦場に美少女はいない、いるのは死神だけだ~  作者: 製本業者
共和国にて

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

75/75

襲撃者へカイル

石造りの元老院議事堂を出ると、すぐに住宅地になる。


今でも、カイルはその構造に慣れることができずにいた。


旧共和国の首都を範としているから、という説明は聞いたことがある。

前世の古代ローマもそんな感じで、貴族邸宅の横に、市民ではあるがパンとサーカス頼みの安アパートが並んでいるような、猥雑な世界。


だが、前世の感覚で言えば、議事堂の前には広場があって、演説なり、抗議行動なり、物見高い市民なりが集まってなんぼではないのかと思ってしまう。


転生しても、そういう先入観はなかなか拭えない。


特に。


細い道で、前後を塞がれた今となっては、なおさらだった。


元老院議事堂の周囲は、議事堂とは異なり木造の集合住宅アパートが密に並んでいる。

大通りへ出るまでの道は、馬車が一台通ればそれでいっぱいになるほど狭い。

襲う側にとっては理想的な場所だった。


「……やっぱり、広場は必要だと思うんだよね」


カイルがぼやくと、隣のリュシアが淡々と返した。


「今お考えになることですか」


「人間、危機に直面すると、計画の大切さを実感するものだよ」


「普通は逃げ道を考えます」


「考えてるよ。前も後ろも塞がれているから、都市計画を恨んでいるだけで」


リュシアは、ほんの少しだけ視線を動かした。


前方に三人。

後方に四人。

屋根の上には、今のところ気配はない。

ただし、細い路地の奥にもう一人か二人、伏せている可能性はある。


相手は全員、顔を布で覆っていた。


覆面、というほど大げさではない。

口元から鼻までを隠す布。

旅人や職人が埃除けに使うものと大差ない。


その手にある刃物は、僻地から来た旅人が装備する類いの凶器。

そして、彼らの体を包んでいるのは、道中着タバートだった。


陣中鎧メイルほどの強化はない。

だが、街中で着ていても「遠くから来たのだな」程度に思われるその実、身体能力を底上げし、薄い刃なら滑らせる程度の防御力はある。


暗殺者が着るには、実に都合の良い服だった。


「普段から、元老院議員が近いからと護衛なしで行き来する悪習の賜物だね」


「悪習を利用された側が言う台詞ではありません」


「こっちは一応、陣中鎧に着替えてるんだけどね」


「着替えていなければ、今頃もっと面倒でした」


正装は、すでに脱いで元老院を出る前に、控室で陣中鎧へ替えたのだ。


だから、大丈夫だろう。


そう思ったことは、否定できない。


油断だ。


カイルは、軽く息を吐いた。


「で、誰かって聞くのは野暮かな?」


「ええ。野暮だと思います」


リュシアの返答は的確だった。


細い道の真ん中で、前後を刃物持ちに塞がれながら交わす会話としては、いささか漫才じみている。

だが、緊張しすぎるよりはましだった。


たぶん。


「クラウディアンなのか、黒の森関係者か……」


「軍関係者なら、訓練場へ連れて行って合法的に叩きのめすと思います。なので、クラウディアン寄りでは?」


「それもどうなんだ」


「軍人は、こういう場所で刺すより、訓練名目で潰す方が好みでしょう」


「嫌な信頼だな」


「信頼ではなく、経験則です」


囲んだ男たちの一人が、小さく笑った。


前方の中央にいた男である。

他の者より半歩だけ前に出ていた。

おそらく、まとめ役だろう。


「相変わらずの叛徒風お笑い芸ですね」


その声には、奇妙な親しみがあった。


少なくとも、完全な通り魔ではない。

こちらを知っている。

そして、カイルの言動を茶化す余裕もある。


余裕がある相手ほど、面倒だ。


「その辺で終わらせてもらいますよ」


男は、短剣を軽く持ち替えた。


「もちろん、ご婦人には……手を出さない、とまでは約束できませんが、顔を傷つけないことだけはお約束します」


「良かったね。顔は大丈夫らしいよ?」


「それ以前の問題だと思いますが」


リュシアは、表情を変えずに答えた。


だが、その右手はすでに腰へ移っている。

陣中鎧の上から隠すように差している細剣。

本来、元老院周辺で抜くべきものではない。


もっとも、相手が先に刃物を抜いている時点で、今さら礼儀を気にしても仕方がない。


「王国みたいに、首都では刃物禁止にすれば良いのに……」


「王国ではなく、叛徒です」


「突っ込むの、そこ?」


リュシアが淡々と訂正する。

前方の男が、今度こそ呆れたように息を吐いた。


「本当に、大した胆力だ」


「褒められてる?」


「たぶん違います」


男は刃先を下げたまま、カイルを見た。


「それに、中途半端に才能もある。全くもって、面倒臭い御方だ」


その言葉を合図にしたように、前後の男たちが一斉に動いた。


速い。


だが、見えないほどではない。


カイルは半歩下がり、最初の刃を肩で受け流す。

陣中鎧の補助が働き、体は思ったよりも軽く動いた。


続く二撃目を肘で弾き、横から伸びてきた腕を掴む。


そこまではよかった。


問題は、その先だった。


掴んだ腕をどう崩すか。

相手の重心をどこへどう流すか。

自分をどこへ置けば、次の刃を避けながら相手を倒せるのか。


頭では分かる。

だが、体は遅れた。


「っ」


刃が脇をかすめる。

陣中鎧の表面を滑り、火花に似た光が散った。


浅い。

だが、避け切れてはいない。


カイルは舌打ちした。


甲冑アーマーの訓練は受けている。

遠征軍を指揮する立場上、最低限どころか、それなりに仕込まれてもいる。

甲冑の動き、視界、重心、部隊との連携。

それらを知らなければ、甲冑部隊に命令など出せない。


だが、生身に近い状態での格闘は別だった。


身分が、後継候補である点が問題だった。

スペアとは言え万が一にも、戦場で死なれるわけにはいかない。

いくら身代金ほしさに、身分が高いほど命の保証が効く世界だと言え、それでも死ぬときは死ぬ。

それも案外、あっさりと。


そういう理由で、カイルが叩き込まれてきたのは、戦場の格闘ではなく、護衛される側の作法だった。


襲われたら距離を取る。

相手の正面に立たない。

護衛の動線を塞がない。

転んでも、まず頭と首を守る。


つまり、自分で敵を倒す技ではない。


加えて、前世の彼は、肉体を酷使する種類の人間ではなかった。

NEETでこそなかったが、外で動き回る方で無い。


嗜んだ競技も、eスポーツ。

反射神経と読み合いと集中力には自信があった。

格闘ゲームの動きなら、見飽きるほど見ている。

投げ、崩し、差し込み、置き技、確定反撃。

言葉だけならいくらでも出てくるし、反射的な対応も、見てから余裕と言えるくらいだ。


だが、それを自分の体でやった経験は、ほとんどない。


中学や高校で受けた格技の授業で、柔道や剣道の真似事をした程度。

それも、真面目に打ち込んだとは言い難い。


見えているし、読めている。

だから、致命傷は避けられる。


しかし、身体の軸が甘いし、踏み込みが浅い。

受けた後の返しが遅い。


スペックの高さと陣中鎧の補助で、何とか躱しているだけだ。


しかも、多勢に無勢だった。


「カイル様」


リュシアの声が飛ぶ。


それと同時に、彼女の細剣が閃いた。


刃を弾く音が二つ重なる。

リュシアは一歩も大きく動かない。

ただ、必要なところに刃を置き、相手の手首をずらし、踏み込みを殺している。


上手い。


カイルは、素直にそう思った。


同時に、少し腹が立った。


自分ができないことを、彼女が当たり前のようにやっているからではない。

彼女が、自分を庇う位置から動けないことにだ。

だから、彼女は捌く以上の事が出来ずにいる。


「やっぱり、護衛を置いてくるべきじゃなかったね」


「今さらです」


「正論は痛いな」


「刃物よりはましです」


「それはどうかな」


軽口を叩きながらも、カイルは息が乱れ始めているのを自覚した。


「そろそろ諦められては如何です?」


強力な一撃。本当に紙一重で躱せたのは、日頃の行いおかげだろうか。


「諦めるのに、遅すぎるってことはないんだよ?」


相手は、こちらを殺しに来ている。

だが、一撃で終わらせる気ではない。

前後を塞ぎ、リュシアの動きを制限し、カイルの陣中鎧の補助が追いつかなくなるまで削る。


「その言葉を、その意味で使われたのは、三人目ですね」


同時に鋭い剣戟。

訓練された動きだった。

暗殺者でも無いが、ただの兵士でも無い。


「……クラウディアンにしては、手際が良すぎるな」


「そうですね」


リュシアの声も、わずかに低くなる。


「どこかで訓練を受けています」


「嬉しくない答えだ」


前方の男が、短く笑った。

カイル達が、自分たちの正体を、カイル風に言えば乱波とか透っ波といった、破壊工作を主とする間諜だと見抜いたことに気付いた。


「お気づきになりましたか」


「気づかない方がよかったよ。

余計わからなくなった」


「カイリス派かも知れませんよ?」


「流石にそれは……あるか?」


「ええ、性根をたたき直すためとかなら」


リュシアの手痛い突っ込みに思わずカイルは苦笑する。


「笑えないね」


「くくく。

掛け合いは命婦同様、なかなかですな。

でしたら、もっと悩んでいただきましょう」


男が踏み込む。


速い。


カイルは反応した。

反応はできた。


だが、足が滑った。


石畳のわずかな濡れ。

元老院の排水溝から流れ出た水か、誰かが撒いたものか。

見えていたはずなのに、体がそこを避けきれない。


まずい。


そう思った瞬間、横から伸びた手がカイルの襟を掴んだ。


乱暴に、引かれる。


刃が、目の前を抜けた。


「相変わらず、足元が甘いね。アウル」


聞き慣れた声だった。

軽く、柔らかく、こんな場面にはまるで似合わない声。


カイルは、引かれた勢いで壁に肩をぶつけながら、その声の主を見た。


だが、その名を呼ぶ前に、男たちの視線が一斉にそちらへ向いた。


次回は8/16投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ