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王子の取り巻きの父親に転生しました ~戦場に美少女はいない、いるのは死神だけだ~  作者: 製本業者
茶会事変(後編)

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46 黎明に昼行灯を迎撃しに転生しました

                                                                                                                                                地上を駆ける速度だけなら、今の――母が使っていたこの甲冑よりも、父の騎槍装備を備えた甲冑の方が上かもしれない。


だが、この甲冑にはそれ以上の利点がある。


短い時間に限られるとはいえ、飛べるのだ。

いや、飛べるという言い方では足りない。

跳ぶ、という範囲を明らかに超えている。

地を蹴って間合いを詰めるのではなく、空間そのものを食いちぎるように、一気に前へ出る。

飛翔と呼ぶに相応しい動きだった。


つまり――


「いけ!」


私は甲冑の脚へ力を流し込み、そのまま空へ駆け上がらせた。


地を蹴る。

次の瞬間には、もう地面が遠い。

土埃も、牛車の軋みも、親衛隊の槍列も、一瞬だけ下へ沈む。


ラヨッシュの騎装馬型甲冑も、すでに牛車の列を離れてこちらへ向かっていた。

鉄騎騎士団の中では、あれが最速だ。

地上を走らせるなら、機動力で右に出る者はいない。


だが、今回は地を走る勝負ではない。


私はその上を抜く。

後ろに置く。

駆け抜ける、では足りない。――翔け抜ける。


普通に地上を走ったところで、今の甲冑ではせいぜい“少し速い”程度だ。

この距離、このタイミング、この混乱。

到底、間に合わない。


だから空を使う。


飛翔で一気に間合いを縮め、斜めから食う。

それしかない。


眼下で、カイルの甲冑が王国主力へ向けて、まっすぐに伸びていく。

親衛隊の迎撃線も、それを守るようにずれていた。


遅い。

間に合え。

いや――間に合わせる。


私は空を裂くように、その進路へ割り込んだ。


 ☆ ◆ ☆ ◆ ☆


さすがに、正面から回り込むのは無理だ。


なら、斜め後ろから食い込む。

一撃を叩き込み、そのまま離脱。

離脱と同時に方向を変え、親衛隊ごと巻き込んで乱戦へ持ち込む。


理想だけなら、そうだ。


だが――第二王子カイルの指揮能力を思えば、おそらく理想通りにはいかない。

覚醒した、としか思えないあの光を、あさっての方向へ逸らしてもらうのは骨が折れる。

それでも、やるしかない。


幕僚が負けるのは構わない。

だが、そのとばっちりで男爵が潰れるのだけは御免だ。


イメージは、第二次大戦の夜間戦闘機だ。

斜め後ろから忍び寄り、並走しながら下腹を食い破る。

正面からの衝突ではない。

進路に斜めに噛みつき、そのまま崩す。


「よし、今」


私は手にした剣を、まっすぐ突き出すように構えた。

弩弓はさすがに飛翔しながら扱うには無理がある。背の留め金へ固定したまま、今は捨てる。


飛ぶ。

いや、落ちる勢いを前へ変えて、滑り込む。


朝靄の中、カイルの甲冑と、その左右を守る親衛隊が一つの槍先みたいに伸びていた。

先頭の一点だけを潰せば、全体が乱れる。

そう読んで、私は斜め後ろから食い込んだ。


いける。

届く。

そう思った、次の瞬間。


――ガツン!


「くそっ!」


鈍い衝撃が、剣先から腕へ、肩へ、甲冑の胴へと突き抜けた。

私は思わず毒づきながら、甲冑の姿勢をわずかにずらさざるを得なかった。


護衛の親衛隊らしい一体が、完全に私の進路だけを潰すつもりで割り込んできたのだ。

盾を斜めに立て、私の突撃を“止める”のではなく、“流す”。

まともに受ければ速度ごと潰れる。だが、流せばこちらだけが軌道を狂わされる。


予想とまるで違う動きだった。


こちらの想定では、動きながらの防御は全体の速度に歪みを生む。

一体が受ければ、その分だけ後続が詰まり、カイルの突進速度は落ちる。

そこを二撃目、三撃目で噛み砕く――そのつもりだった。


だが、違った。


その親衛隊は、最初から“私だけを受け流す”ことに専念していた。

隊列全体の防御ではない。

カイルを送り込むための、防御だ。


結果、全体の速度はわずかに落ちた。

確かに落ちた。

だが、それだけだ。


私が欲しかった減速には程遠い。

主力へ届くまでの勢いは、まだ十分残っている。


「やるな……!」


私は体勢を立て直しながら、第二王子への評価をさらに上積みした。


増加装甲を切り離して突撃を軽くする、といった派手な手ではない。

もっと地味で、もっと厄介なやり方だ。


適切な判断力。

適切な配置。

そして何より――配下が、完全に彼の手足になっている。


一体が捨て身で私を止めに来たのではない。

一体が“自分の役目だけを理解して”、最小の動きで最大の効果を出した。


それがどれだけ厄介か、戦場では嫌というほど分かる。


私は流された勢いを無理やり殺し、甲冑の脚を地へ叩きつけた。

土が跳ねる。

遅れた。ほんの一瞬。

だが、その一瞬が命取りになる。


カイルの甲冑は、すでに王国主力の前衛へと伸びていた。

親衛隊もまた、壁ではなく“楔”として、その後ろへ続いていく。


止めたかった速度より、ずっと速い。

崩したかった形より、ずっときれいなまま。


「まだだ!」


私は剣を引き戻し、再び踏み込む。

完全には止められない。

ならせめて、ぶつかった後の形だけでも歪める。


そうでなければ、乱戦の主導権まで全部持っていかれる。


 ☆ ◆ ☆ ◆ ☆


「邪魔だぁ!」


怒鳴り声と同時に、別の衝撃が戦場へ突っ込んできた。


槍を構えた騎装馬型甲冑――ラヨッシュだ。


父の騎槍装備を載せた甲冑ほどの純粋な直線速度ではない。

だが、四脚で地を掻くその機体は、普通の甲冑とは比べものにならない推進力を持っている。

何より、馬力と重量が違う。


石でも、人でも、甲冑でも。

正面から受ければ“耐える”より先に“形が崩れる”類の突進だった。


地面が鳴る。

いや、鳴いたと言った方が近い。

ラヨッシュの騎装馬型が踏み込むたび、土が噴き、石が跳ね、親衛隊の足元そのものが揺らぐ。


最初に槍が入った。


親衛隊の一体が、私を受け流したのと同じように、盾を斜めに立てて受けようとする。

だが、無理だ。

今度の一撃は“流す”ことを許さない。


鈍い激突音。

盾ごと甲冑が持っていかれる。

踏ん張る暇もなく、親衛隊の機体が横へと吹き飛んだ。


その一体だけでは終わらない。

ラヨッシュは止まらない。


槍を引かない。

構えたまま、四脚で押し込む。

崩れた隙間へ肩からねじ込み、そのまま二体目、三体目の隊列まで割って入る。


親衛隊の防御線が、初めて“線”ではなく“塊”として弾けた。


「やるな、ラヨッシュ……!」


思わず声が漏れる。

助かった、では足りない。

あれは、こちらが欲しかった“乱れ”そのものだった。


ラヨッシュの騎装馬型は、そのまま本体――カイルの甲冑へ向かって突っ込んでいく。

私も遅れまいと再加速する。


「助かる!」


土を蹴る。

体勢を立て直した甲冑が、再びカイルへ食い込む。

ラヨッシュが正面から、私が斜めから。

今度こそ、止める。

いや、止め切れずとも、王国主力へ届く前に勢いだけでも殺す。


後一歩。


カイルの甲冑が、こちらを見た気がした。

その瞬間、親衛隊の残りがさらに無理な角度で割り込んでくる。

だがもう遅い。

ラヨッシュの突進と、私の斜め撃ちで、さすがに速度は落ちた。


完全には止まらない。

それでも、最初の勢いは殺した。

王国主力へ突っ込む頃には、最初の一撃で全てを薙ぎ払う速度ではない。


「よし――!」


私は、ほとんど反射でそう叫びかけた。


だが、その声は途中で凍りついた。


王国軍主力が――接敵する前に、すでに乱れていたからだ。


旗が揺れている。

いや、揺れているどころではない。

先頭が止まる。後続が詰まる。

歩兵が横へ逃げ、荷車が急に進路を変え、伝令らしき騎兵が怒鳴り声を上げながらぶつかりそうになっている。


まだカイルは、主力のど真ん中へ突っ込んではいない。

なのに、王国軍の前衛は、すでに“何かが来る”というだけで自分たちから崩れ始めていた。


「……おい、おいおい」


ホンザの呆れた声が、遅れて聞こえた。


私は、半ば信じられないまま、その光景を見た。


なんとか本体と接触する前に、カイルたちの速度は落とした。

そこまでは、確かに成功した。

成功した、はずだった。


だが、肝心の王国軍主力が、接敵前に勝手にパニックを起こしている。


理由は分かる。

分かりすぎるほど分かる。


……参謀達に、こういう時の統率なんて出来るはずがないのだから。


乱戦を前提に“美味しいところ取り”を考えることはできても、

乱戦が発生する前に、味方の先頭へ敵の甲冑が突っ込んでくる状況なんて、最初から頭にない。


まして、勝ちを演出するために来た連中だ。

勝つ前提の混乱には乗れる。

だが、自分たちが最初に呑まれる側になる混乱には、耐えられない。


その結果がこれだ。


敵はまだ壊していない。

だが、味方はもう壊れ始めている。


私は歯を食いしばった。


「……くそっ。

最悪の形で、乱戦にはなったな」


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