45 しょうわな世界に転生しました
カイルの親衛隊は、崩れなかった。
こちらが一歩進めば、半歩下がる。
こちらが牛車を守るために広がれば、逆に細く鋭く寄ってくる。
斬り込むには遠い。無視するには近い。
何より、牛車の進路だけは、いやらしいほど正確に塞いでくる。
それも普通の指揮官がするような正面から直接妨害するので無く、威力の届く範囲で牽制する事で、道を塞いでくる。
だから、昨日のように一直線に駆け抜ける事が出来ず、荒れ地を跨いで移動するはめになる。
戦っている、というより、歩かされている。
「……嫌な散歩だな」
ホンザが低く呟いた。
「散歩にしては、相手が重装すぎますね」
テオドルが、弩弓を構えたまま答える。
狙いをつけているのではない。狙える場所を探している。
だが、カイルの親衛隊は、こちらが射線を作るたびに半歩ずれる。まるで、弩矢の道筋まで先に置かれているみたいだった。
ノルベルトが牛車の横で、わざと軽い声を出す。
「これ、相手も疲れないのかな」
「疲れるだろ」
ラヨッシュが短く返す。
「だが、疲れても崩れないように動いている」
「それが嫌なんだよなぁ」
御者たちは、青い顔で手綱を握っていた。
牛車は遅い。遅いが、止まってはいない。
荒れ地でも、ゆっくりと前に進む。
だが、荷車は荒れ地には向いていない。
荷台の芋袋が揺れる。樽が鈍く鳴る。車輪が乾いた土を噛み、軋む。
私は前を見た。
カイルの甲冑は、まだ動かない。
いや、動いてはいる。だが、こちらへ突っ込んでは来ない。
あくまで“蓋”だ。
撤退列を逃がすための蓋。
こちらを殺すためではなく、こちらが勝手に動けないようにするための蓋。
その背後では、共和国軍の主力が整然と後退していた。
歩兵が列を作り、荷車が道を譲り合い、後衛が淡々と隙間を埋める。
逃げているはずなのに、乱れがない。
それが、腹立たしいほど見事だった。
△ ◎ ◆ ◎ △
「殿」
ホンザが声を落とす。
「このまま押し合いながら、牛車を城まで通すか?」
「通したいところだな」
「含みのある言い方だ」
「含みしかない」
私の答えに、ノルベルトが小さく笑った。
「嫌な予感の続き?」
「そうだ」
私はカイルの甲冑から視線を外さない。
「相手は勝ちに来ていない。こっちを足止めして、主力を逃がしたいだけだ。
ぶっちゃけ、荷車が届こうが届くまいが、さほど重要で無い。
なら、このまま牽制だけで終わる――普通ならな」
「普通なら、ですか」
テオドルが静かに言う。
「あいつは、普通か?」
誰も答えなかった。
答える必要がなかった。
「うちの殿も、だがな」
ホンザの呟きは、聞こえなかった。
△ ◎ ◆ ◎ △
風が変わった。
空気が変わった、と言い直しても良い。
最初に気づいたのは、ラヨッシュだった。
騎装馬型甲冑の首が、わずかに王国側の街道へ向く。
「来た」
遠くで、土煙が上がっていた。
朝靄の向こう、丘の線のさらに奥から、旗が見える。
王国軍の主力。幕僚団が率いる部隊だ。
騎士団の空気が、一瞬だけ緩む。
救援が来た。
そう思ったのだろう。
だが私は、逆に喉の奥が冷えた。
「……間に合ったか」
ホンザが言う。
その声には、安堵よりも警戒が勝っていた。さすがに、そこは分かっている。
「間に合った。だが、間に合い方が悪い」
「どういう意味だ?」
ノルベルトが聞く。
「陣形が整っていない」
私は土煙の向こうを見た。
旗は見える。兵も見える。甲冑もいる。
だが、まだ展開しきっていない。隊列は伸び、先頭と後続の間に間がある。
“戦場に到着した”だけで、“戦う形”にはなっていない。
そして共和国側をみる。
旗は畳まれかけている。兵も武器だけで無く荷を持っている。甲冑だけがこちらを向いている。
それ以上に、彼等は整然としていた。その一方準備は出来ていなかった。
逃げるには不十分だが、受けて立つならまだいける。
それでも、幕僚団には十分なのだろう。
彼らにとって必要なのは、勝てる形ではなく、勝っているように見える形だ。
「連中、乱戦に乗るつもりで来たな」
ホンザが鼻で笑った。
「乱戦じゃないけどな」
ノルベルトが言う。
「そうだ。乱戦じゃない。撤退戦だ」
私は、カイルの甲冑を見た。
△ ◎ ◆ ◎ △
その瞬間だった。
カイルの親衛隊が、初めて明確に動いた。
こちらではない。
牛車でもない。
私たちでもない。
その矛先が、王国主力へ向いた。
「――くそ」
私は思わず毒づいた。
「やっぱりかよ」
さっきから、嫌な予感はしていた。
なぜ、あいつは隙あらば回り込もうとするのか。
なぜ、こちらを潰せる位置に来ても、決して踏み込み切らないのか。
答えは単純だった。
こちらを止めること自体が目的じゃない。
“どこへ突っ込めば一番混乱するか”を測っていたのだ。
ホンザが、こちらを見る。
「殿?」
「牛車はそのまま進めろ! ホンザ、ラヨッシュ、ノルベルト、テオドル――私は離れる!」
「何だと!?」
「カイルは、主力を直接殴る気だ!」
言った瞬間、騎士団の顔色が変わった。
彼らは“牽制”だと思っていた。
このまま、こちらと牛車を縛り続けるのが、カイルの仕事だと。
だが、違う。
牽制として一番効くのは、こちらを睨み続けることじゃない。
到着したばかりで、まだ陣形も呼吸も整っていない主力に、自分から突っ込んでいくことだ。
勝つためじゃない。
崩すためでもない。
ただ、混乱させるために。
一番危ない場所へ、自分が弾になって飛び込む。
味方を逃がすために、自分を使い潰す。
そういう、妙に理屈は通っているくせに、肝心なところで命の勘定が雑な作戦。
「だから昭和は嫌いなんだよ……!」
思わず、心の底から呻くような声が出た。
昭和のアニメだの特撮だのは、すぐこうだ。
普段はやたらと正義だの平和だの命の尊さだのを語るくせに、いざ話を畳みに来ると、肝心の主人公だのエースだのが真っ先に“命を張る側”へ回る。
世界は大事。仲間も大事。未来も大事。
――で、当人の命だけは、どうもその勘定に入っていない。
雑だ。
あまりにも雑だ。
だから見ている側は燃えるし……
やる側はたまったものじゃない。
「……くそったれ。平成や令和に見せたら、たぶん普通に引かれるぞ、これ」
そこまで毒づいてから、私はふと気づく。
気づけたのは、私だけだった。
騎士団が読めなかったこの一手を、私だけが嫌な予感として拾えた。
なぜか。
簡単だ。
「だから昭和生れは嫌いなんだよ……!」
私は甲冑の脚に力を込めた。
「牛車を止めるな! こっちは私が行く!」
カイルの甲冑が、朝靄を裂いて走り出す。
王国主力の旗が、まだ整わぬまま揺れている。
私はその背中を追って、牛車の列から離れた。
ここから先は、補給戦ではない。
囮同士の意地の張り合いでもない。
――昭和生まれの、命の使い方がどこかおかしい連中の戦いだ。




