41.後継問題で揉めてる隣国な世界に転生しました
黎明前、城内の空気は冷えていた。
だが冷え方が違う。昨日までの飢えの冷えではなく、これから動く者の冷えだ。
城壁の影、物資の集積所。
私と鉄騎騎士団は甲冑の腹を開け、消耗した分だけ液体補給を受けていた。
桶から注がれるのは燃料ではない。機構を動かすための、人間で言えばリンパ液に当たる液体だ。粘り気のある匂いがして、金属の内側へ吸い込まれていく。
一応、自浄作用もあるが、安静な状態で少しずつ回復する程度なので、連戦ともなれば補給は欠かせない。
「……助かる。これが無いと、昨日の引きずりだけで脚が鈍る」
ホンザがいつも通りの乱暴な口調で言い、注ぎ口の栓を締める。
実際、昨日の牛車の“列車”は甲冑にとっても無茶だった。
無茶な運動による加速度《G》こそないが、本来想定していない負荷がかかった状態での疾走は、それなりに液体を劣化させている。
補給役の兵が、私の甲冑にも液体を注いでくる。城主の名で支給されているのだろう。動きが丁寧だ。
「男爵閣下からです。夜明け前に動かれると」
「……気が利く」
私は礼を言い、栓を締める。
機構が息を取り戻す感覚がある。
そういえば、建前と言え息子の初陣と言う事は、甲冑に乗せてやる必要があるな、とふと思う。
騎士団《荒くれもの》との訓練を見ると、身のこなしは軽いので、この甲冑を見事に操りそうだ。
それとも、私と違って、私の父――つまり息子の祖父――同様、それなりに背丈も大きくなりそうだから、父の甲冑で確認するべきだろうか。
その時、ノルベルトが補給桶を覗き込みながら、ふと呟いた。
「ところでさ、殿」
「殿でいい。……閣下は今はいい」
「はは。じゃあ殿で」
小さく笑いが漏れた。夜明け前の声は、自然と低くなる。
ノルベルトが続ける。
「共和国のあいつ――カイル。こっちじゃ『第二王子』って呼ばれてるけど、向こうは王制じゃないんだろ?
なんで王子なんだ?」
私は一瞬、言葉に詰まった。
「……制度の呼び名が違うだけで、こっちから見れば“王”だからだ」
言いながら、こめかみの奥がちくりと痛む。
閉じた引き出しを無理に開けた時みたいな、軽い頭痛。
転生者の記憶が、必要な時だけ雑に流れ込んでくる――あの嫌な合図だ。
(またか)
私は呼吸を整え、痛みが引くのを待つ。
ホンザが首を傾げる。
「共和国の制度なら、殿は分かってるだろ。第一執政卿だの元老院だの――そういう話じゃなくて、カイル個人の立ち位置だ」
「そこが曖昧なんだ」
私が言うと、ノルベルトが“知ってる風”に口を挟む。
「噂で聞いた。カイルは二男だけど兄が早死にして、実質の嫡男になった。
だから『第二王子』でも、こっちの感覚だと王太子みたいな扱い――って」
ラヨッシュがぶっきらぼうに鼻を鳴らした。
「外から見りゃ、結局それだろ」
テオドルは弩弓の弦を確かめながら、淡々と補足する。
「制度としては共和でも、権威が一人に集まるなら、周辺国は王扱いにします。
……呼び方の問題でしょう」
ここまでは“制度”の話だ。
だが、私が引っかかっているのはその先――カイルの足元の不安定さだ。
私は額を押さえ、痛みの残滓をやり過ごしながら口を開いた。
「……ただ、あいつの周りはもう少し面倒だ。
兄が夭折した前後に、母親も亡くなっている。流行り病だ」
断片が浮かぶ。
喪服の黒、石造りの回廊、消毒薬の匂い。
その映像に合わせるように、頭痛が一段だけ強くなる。
私は一呼吸置く。
「その後、第一執政卿は後妻を迎えた。……弟がいる。年の近い、優秀だと評判の弟だ」
ノルベルトが頷く。
「それそれ。弟が優秀だから、カイルが昼行灯扱い――って話を聞いた」
「ただし」
私はそこで言葉を切った。ここが大事だ。
「弟は最初から嫡出じゃない。異母だ」
ホンザが眉を上げる。
「……非嫡出ってことか?」
「そういう扱いだった。
ただ、母が亡くなった後に後妻が“正式な妻”になったことで、法の上では“嫡出扱い”に寄せられたらしい」
言い終えた瞬間、また軽い頭痛。
まるで“正解の枝”に触れたことで、記憶が勝手に続きを出してくる。
(……元老院で揉めた。
……血統の議論。
……でも決めきれなかった)
私はそのまま続ける。
「だから弟が優秀でも、非嫡出だった点を問題視する派閥が強い。
結局、カイルは昼行灯扱いされても、簡単に廃嫡できない。――そういう綱引きだ」
ラヨッシュが短く吐き捨てた。
「政治だな」
「政治だ」
私は頷いた。
ホンザが腕を組む。
「なるほどな……。
俺は共和国の制度は知ってる。向こうで仕事もした。だが、その家の中の事情までは掴んでねぇ」
テオドルも、視線を上げずに言う。
「私も同じです。制度としての共和国は知っていますが、執政卿の家の“血筋の揉め方”までは……」
ノルベルトが、少しだけ気まずそうに笑った。
「俺は……子供がませた口で言ってたのを聞いた程度だ。
でも、そういう噂が飛ぶってことは、揉めてるってことだよな」
ホンザが口の端を上げた。
「揉めてるほど、外で手柄を立てる必要が出てくる。
それも、本人の意思とは関わりなく。
つまり、前に出てくる理由になる。
実質左遷だが、一応総大将だ。
親衛隊を引っ張り出したのも、その延長かもしれねぇ」
「なんか、左遷されて喜んでたって言う、変な噂もありましたけどね。
これで軍師やれるって」
「左遷されて喜ぶ奴なんているのか」
そう言って、前世の昼行灯キャラを思い浮かべる。
私は、弩矢を右手で受け止めたカイルの姿を思い出す。
あれは“若い貴族の血気”じゃ、ましてや軍師の動きじゃない。
指揮官として、自分が前に出る必要があると判断した動きだった。
「……第二王子と呼ぶのは雑だが、雑な呼び方ほど本質を突くこともある。
あいつは今、“次”であることを証明する必用がある」
言い終えたところで、頭痛がすっと引いた。
代わりに、妙な確信だけが残る。
「それに、昼行灯は確かに役立たないが、夜明けなら訳に立つ」
(だから、夜明けを読んでくる)
場所や立場が変わる事で、人に見方が変わるなんて、よくあることだ。
ホンザが城門の方角を見る。
「夜明けだ。そろそろ出るぞ」
ラヨッシュが騎装馬型の脚部を叩き、テオドルが弩弓を構え直す。
ノルベルトは革袋を一つだけ腰へ括り直して、にやりとする。
「殿は今日も“運が悪い前提”で行く?」
「当たり前だ」
私は栓を締め、甲冑の腹を閉じた。
金属が噛み合う音が短く響く。
わたしの中で、チクリと痛みが走る。多分、本来の記憶が、何かを拾ったのだろう。
にしても、こいつらも大概、私が運が悪い前提で話すの、なんとかならんもんだろうか。
「運が良ければ、ただの儲け。
悪運が来ても――予定通りだ」
「まあ、そのおかげで俺たち騎士団がくっついた見たいなもんだしな」
「そのおかげで、お前、嫁さんで来たしな」
相変わらずの減らず口と共に、黎明が、城壁の向こうで薄く白み始めていた。




