第5話:一番乗りの報酬より、無料(タダ)の黒パン
エリアボスをノーコストで突破した俺は、無事に第一の街『ベルグ』へと到着した。
石造りの立派な建物が並び、NPCたちが露店で野菜を売ったり、荷馬車を引いたりして忙しなく生活を営んでいる。チュートリアルの街とは比べ物にならないほどリアルで巨大な街だ。
しかし、歩き出してすぐに一つの異常に気がついた。
街を行き交う人々は皆、中世風の衣服を着た住人(NPC)ばかりで、派手な装備をした『プレイヤー』の姿が一人も見当たらないのだ。
「……そりゃそうか。ボス部屋の前で先行組も全滅してたしな」
俺は納得して頷いた。
つまり俺は、全プレイヤーの中でこの街に『一番乗り』したということになる。
とはいえ、感動や優越感は特にない。
むしろ「プレイヤーが密集していないおかげで、施設への最短ルートを渋滞ゼロで歩ける。最高の効率だ」という喜びの方が大きかった。
街の探索は後回しにして、俺は街の中央にある巨大な施設――『冒険者ギルド』へと直行した。
本来ならプレイヤーでごった返すであろう広いロビーには、やはり誰もいない。
カウンターの奥では、エルフの耳を持つ受付嬢のNPCが書類仕事をしており、俺の足音に気づいて顔を上げた。
「いらっしゃいませ。冒険者ギルドへようこ……そ?」
見慣れない布服の男(俺)を見て、彼女は少しだけ不思議そうな顔をした。
『FRO』のNPCは非常に高度なAIを搭載していると聞いていたが、一番乗りのプレイヤーに対する特殊な反応プログラムでも組まれているのだろうか。
「冒険者登録をしたいんだが」
「あ、はい! では、こちらの水晶板に手を触れて、ステータスと直近の戦闘履歴の読み込みをお願いします」
俺が言われた通りに手を置くと、淡い光が広がり、受付嬢の手元にある羊皮紙に文字が浮かび上がった。
それを見た受付嬢が、ピタリと固まる。
彼女は水晶板をコンコンと指で叩き、もう一度羊皮紙をまじまじと見つめた。
「あ、あの……大変申し上げにくいのですが、システムのバグかもしれません。あなた様の履歴に、『薄暗い森のエリアボスを単独討伐ソロキルした』という記録が……」
「ああ、倒したよ。時間はかかったけど」
「えっ? いや、しかし……ダメージを受けた記録が『ゼロ』になっています。それに、装備欄が初期装備のままですが……一体どんな強力な魔法を……?」
「魔法は重いから使ってない。ただボスの攻撃を全部避けて、隙間を木の棒で殴り続けただけだ」
俺が淡々と事実を告げると、受付嬢はポカンと口を開けた。
彼女の高度なAIが、俺の戦闘データを必死に処理しているのがわかる。数秒の沈黙の後、彼女はプロの受付嬢としての「営業スマイル」をなんとか顔に張り付けた。
「そ、そうですか……! と、とにかく! 一番乗りの偉業、お見事です! ギルドからの特別報酬として、立派な『鋼の剣』と『鉄の鎧』をご用意しておりますので、どうかお受け取りください!」
彼女は奥から、ピカピカに磨かれた剣と鎧をカウンターにドンと置いた。
普通なら大喜びするところだろう。
だが、俺は即答した。
「いや、いらない」
「……はい?」
「受け取るのは無料だろうが、それを使えば必ず『耐久値』が減る。鋼の剣なんて直すのにいくら修理費がかかるか分かったもんじゃない。俺は一生、耐久値が無限のこの『初期の木の棒』でいくと決めているんだ」
「…………えっ?」
受付嬢の営業スマイルが、ピキリと引きつった。
「あの……冒険者様? この街の周辺の魔物は凶悪です。その木の棒のままでは……」
「当たらなければどうということはない」
「いや、そういう問題では……」
受付嬢は何かを言いかけたが、俺の真剣な顔を見て、ついに説得を諦めたらしい。
『この人、頭がおかしい』とAIが判断したのか、彼女はスッと鋼の剣をカウンターの下に引っ込めた。
「……さ、左様でございますか。冒険者様には、それぞれのプレイスタイルがありますものね……ははは」
乾いた笑いを浮かべる受付嬢に、俺は一番の目的を切り出した。
「それよりも、だ。冒険者登録をすると、一日一個『初心者用の携帯食料』が無料で貰えると聞いたんだが」
俺の言葉に、受付嬢は再びポカンとした。
「え……あ、はい。金欠の初心者への救済措置として『硬い黒パン』の支給はありますが……。あれは味が最悪で、『段ボールの味がする』と不評でして……特別報酬を断ってまで、あんな物を……?」
「いいから、それをくれ」
「……本当によろしいのですか?」
「タダなんだろ?」
俺が真顔で念を押すと、受付嬢はもはや何も言わず、震える手でカウンターの下から鈍器のように硬い黒パンを取り出した。
『鋼の剣を拒否して、ゴミみたいな黒パンを要求する異常者』を見る、完全に引いた目だった。
俺はそれを受け取り、その場でガリッと一口かじった。
「……うん」
確かに味はパサパサで、段ボールを食べているような虚無感がある。
しかし、俺のステータスバーの『スタミナ上限』がほんの少しだけ回復した。現実で食べているエネルギーバーと、目的は完全に一致している。
「悪くないな。味覚などステータスには影響しないし、20回咀嚼すれば立派なエネルギーだ。何より無料というのが最高に素晴らしい」
俺がNPCのドン引きした視線など一切気にせず、満足げにうなずきながら20回の咀嚼ルーティンをこなしていると。
突然、俺の視界――いや、今この瞬間FROにログインしている『全プレイヤーの視界』に、金色のシステムアナウンスがデカデカと表示された。
《ワールドアナウンス:プレイヤー【ナナシ】が、全サーバーで初めて第一の街『ベルグ』への到達を果たしました! 彼の偉業を讃えましょう!》
「おっと。なんか目立つことになっちゃったな」
俺はもそもそと黒パンを飲み込みながら、まあ実害はないからいいか、とどうでもいいことを考えていた。
このアナウンスを見た始まりの街のプレイヤーたちが、「は!? あの激レア素材ポイ捨てしたドケチが一番乗り!?」と掲示板でさらなるお祭り騒ぎを起こしていることなど、知る由もなかった。




