第3話:ボスの倒し方? 地道に殴ればタダですよ
「フゴォォォッ……!!」
先ほどまでの先行組を全滅させたエリアボス『ファングボア』が、今度は俺をターゲットに定めて突進の構えを取った。
「うわぁ……近くで見るとめっちゃ怖いな、アレ」
俺は思わず本音をこぼした。
遠くから冷静に観察していたつもりだったが、いざ自分に向かってこられると、VRのリアルな迫力に普通に足がすくみそうになる。地面を蹴る蹄の音が、地鳴りのように足元から伝わってくるのだ。
とはいえ、逃げるという選択肢はない。
「あんな高い鎧が一瞬で鉄クズになってたし……食らったら絶対に痛い(財布的な意味で)。よし、絶対に1ミリも被弾しない方向でいこう」
俺は気合を入れ直し、木の棒を両手でしっかりと握った。
ボアの前足が地面を強く削り、巨体が砲弾のように射出される。速い!
だが、直線的な動きだ。
「うおっ、あっぶな!」
俺はマニュアル操作の強みを活かし、ボアの軌道から横へゴロンと不格好に飛び退いた。
さっきの剣士たちのようにカッコよくスキルで受け止めたりはしない。泥臭くても、システムによる自動補正を介さないフルマニュアル回避が最も挙動が速く、かつ当たらなければタダなのだ。
「フギィッ!?」
勢い余ったファングボアは、俺の後ろにあった巨大な大樹にドスゥン!! と激突した。
頭をぶつけて星を散らしているのか、ボアの動きが数秒間完全に停止する。
「よし、今だ!」
俺は慌てて起き上がり、ボアの無防備な横っ腹へと駆け寄る。
ただ闇雲に叩いても、初期武器の攻撃力『1』では分厚い毛皮に弾かれるだけだ。俺が狙うのは、装甲の隙間――前脚の付け根にある関節の継ぎ目、ポリゴンの極小の隙間のみ。
そこにむけて、初期装備の木の棒を力いっぱい突き立てた。
「せいっ! そりゃ! これでもか!」
『Critical !!』
『Critical !!』
『Critical !!』
見た目は『ボロい格好の男が必死に木の棒でつついているだけ』という非常に地味な絵面だが、急所判定に正確に入っているため、ダメージはしっかり通っている。
とはいえ、相手はボス。チュートリアルのウサギのようにワンパンとはいかない。ボアの長大なHPバーが、ミリ単位でじわじわと削れていく。
「ブモォォォッ!!」
数発殴ったところでボアが正気に戻り、激怒して首を振り回した。
巨大な牙が俺の胴体を薙ぎ払おうと迫る。
「っと、危ない。大振りな攻撃はスタミナ消費が大きくなる」
俺は後ろに下がるのではなく、あえてボアの懐へと半歩だけ踏み込んだ。
牙の根元、攻撃判定の発生しない安全地帯に潜り込むことで、最小限の移動でやり過ごす。これも事前の観察によるデータ収集の賜物だ。
そこから先は、俺の集中力とボアのHPとの削り合いだった。
突進を木に誘導し、ピヨった隙に関節を突く。
ボアが怒り狂って前足を振り下ろす『スタンプ攻撃』をしてくれば、ジャンプで避けるのではなく、攻撃範囲のギリギリ外側に「歩いて」移動し、スタミナの消費を限界まで抑える。
「ふう、ふう……地道だけど、武器の耐久も減らないしスタミナ消費も少ない! 最高にエコだぞこれ!」
現実の時間にしておよそ30分。
ボアも学習したのか木への激突を避けるようになったが、俺の「1ミリも無駄に動かないフルマニュアル回避」の前に、その巨体はただ空を切り続けるしかなかった。
どれほど強力な一撃も、当たらなければダメージゼロのただの風だ。
そしてついに、ボアのHPバーが残り1ドットにまで減少した。
「よし、これで……最後っ!」
ボアの最後のやけくそ気味な突進を、俺はコマ送りのように冷静に見切り、すれ違いざまに木の棒を急所へと正確に滑り込ませた。
「フ、フギュゥゥ……」
悲しげな鳴き声を上げて、ファングボアの巨体が光の粒子となって崩れ去っていく。
「やった……! 疲れたぁ……」
俺は地面にへたり込んだ。
30分間、一度の被弾も許されない極限の集中を保つのは流儀に反する重労働だった。だが、結果としてポーションの消費はゼロ。武器の修理費もゼロ。ノーコストでのエリアボス討伐達成である。
『ピコン!』
『エリアボス【ファングボア】の初回単独討伐を確認しました。討伐報酬が付与されます』
ファンファーレと共に、俺の足元にいくつかのドロップアイテムが転がった。
「おっ、なんか良いアイテムもらえたかな?」
俺は立ち上がり、インベントリを開いてアイテムのプロパティを確認した。
【ファングボアの豪牙】
レアリティ:レア / 重量:重い
用途:大剣や槍の強力な強化素材。売却額:5,000G
【ボアの厚皮】
レアリティ:アンコモン / 重量:やや重い
用途:重鎧の作成素材。売却額:2,000G
「……うーん」
確かに高く売れそうな素材だ。序盤のプレイヤーなら喉から手が出るほど欲しいアイテムだろう。
だが、俺のプレイスタイルにおいて「重量の重いアイテム」をインベントリに入れて持ち歩くことは、移動時のスタミナ消費量を無駄に増加させる要因になる。
「そもそもお金を使わないんだから、売却アイテムなんて持ってても仕方ないよな。ポーションも装備も買わないし」
俺は数秒だけ悩んだ後、インベントリから【ファングボアの豪牙】と【ボアの厚皮】を選択した。
『本当にこのアイテムを破棄しますか? ※他のプレイヤーに拾われる可能性があります』
「はい、と」
俺はレア素材をその辺の草むらに無造作にポイ捨てした。
インベントリの重量が軽くなり、アバターの動きが再び初期状態のクリーンな軽さを取り戻す。
「よしよし、身軽が一番だ。さて、次の街に向かうか」
俺は木の棒を肩に担ぎ、鼻歌交じりに次のエリア――第一の街『ベルグ』へのゲートへと向かって歩き出した。
この森の入り口や、遠くの茂みから、死に戻りして復活した先行組の剣士や野次馬のプレイヤーたちが、あんぐりと口を開けて俺の「レア素材ポイ捨て」の一部始終を録画していたことなど、知る由もなかった。




