◇一.邂逅◇
積み上がる灰の山、すり減っていく魂、変わらない緑色の涙。百回試して駄目ならば、百一回目にすべてを壊せ。
【反復編】終わりの始まり。
***
◇Tips.◇
【個人記録/提出用】
【提出先:中央軍・対異常現象統合管理局】
【作成者:コードネーム/クロウ】
■件名
対象Aに関する観測報告および対応経過
■概要
対象Aは、涙腺より結晶体を生成する特異体であり、既存記録と同様に短命であることが確認されている。
本記録は、対象Aの生存率向上を目的とした介入結果の報告である。
■第1観測
対象A、通常任務中に死亡。
死因:外傷(戦闘による)
対応:なし(初回のため)
■第2観測
任務配置を変更。前線から後方支援へ移動。
健康状態、安定。
結果:
対象A、基地内にて死亡。
死因:不明(外傷なし)
■第3観測
対象Aの行動を制限。単独行動を禁止。
医療班による常時監視を実施。
結果:
対象A、睡眠中に死亡。
死因:不明
■第4観測
対象Aとの接触を最小化。
精神的影響の排除を試行。
結果:
対象A、別任務中に死亡。
当該時刻、接触なし。
■考察
外的要因の排除は効果を示さない。
内部要因、もしくは未確認の現象による死亡の可能性が高い。
現時点において、明確な回避手段は確認されていない。
■第7観測
対象Aを戦闘・任務から完全隔離。
生活環境を安定させる。
結果:
対象A、笑顔を確認。
発言:「あなたがいると安心します」
──同日、死亡。
■追記
死亡のタイミングに規則性は見られない。
だが、結果は常に同一である。
■第12観測
対象Aと一定距離を維持。
精神的依存の排除を試行。
結果:
対象A、他地点にて死亡。
最期の状況、不明。
■第18観測
対象Aと共同生活を開始。
任務から離脱。国外へ移動。
結果:
一定期間の生存を確認。
笑顔、増加。
発言:「こんな世界もあるんですね」
──後日、死亡。
■第23観測
対象Aとの関係を意図的に悪化。
心理的負荷を与える。
発言:「足手まといだ」
結果:
対象A、距離を取る。
別任務中に死亡。
■第31観測
対象A、異常な発言を確認。
「あなたは、何度やり直しましたか」
本件についての詳細は(数秒の空白)
■補足
対象Aは、現象の認識に至っている可能性がある。
■第32観測
対象A、自発的に死亡。
理由:不明
……違う
不明じゃない
分かってる
あいつは
俺を
終わらせるために
■結論
対象Aの生存は
現時点において
(記録の乱れ)
どの条件でも
無理だ
無理だ
無理だ
■修正
撤回
違う
やり方が悪いだけだ
まだ足りない
まだ試してない
まだ
まだ
(文字の重複、筆圧の乱れ)
■最終記録
もう分からない
何を変えればいい
何を消せばいい
何を壊せば
──助かる
(長い空白)
煙草が
ある
これを使えば
戻れる
また最初から
また
また
また
(書きかけの文字)
……やめるか
(ここで記録は途切れている)
◇Tips.◇
【対異常現象統合管理局】
【内部資料/機密指定:第Ⅱ種】
世界は、静かに狂っている。
説明不能な現象──通称【異常】は、いつ、どこで、誰の前で発生するかわからない。
物理法則を嘲笑うように因果をねじ曲げ、感情に呼応して姿を変え、そして【価値】に比例してその力を増幅させる。
価値とは、金銭だけではない。
記憶、執着、信念、そして、愛情すらも含む。
人間の感情そのものが、異常を育む最も強力な培養基であるという事実を、管理局はすでに知っている。
その中で、最も忌まわしく、しかし最も高価値とされる異常の一つに、【宝石化現象】がある。
正式分類:感情結晶化現象。
強い苦痛、深い絶望、または極限の愛情が、肉体を突き破るようにして高密度の結晶を生み出す。
それは極めて高いエネルギー密度を持ち、限定的ながら時間そのものに干渉する性質さえ観測されている。
市場価値は、文字通り法外だ。
しかし管理局は知っている。
この結晶に価値を与えれば与えるほど、苦痛は増幅し、再生産され続けるということを。
そして、その現象を世代を超えて継承する一族がいる。
エウカリオン家。
正式名称:継承型時間固定呪詛。
彼らの血は、二十歳前後で必ず尽きる。
死の直前、激しい感情の奔流とともに宝石化が発現し、その結晶は次の世代へと呪いを引き継ぐ。
これは単なる短命の呪いではない。
管理局の分析によれば、それは価値ある苦しみを持続的に生成する構造と定義される。
国家はそれを、資源として扱う。
対異常現象統合管理局、通称【局】。
その任務は、異常の調査・記録、危険対象の封印、そして有用資源の確保および運用。保護と利用を同時に行う組織である。
倫理基準は、状況に応じて可変。
第七観測戦術部隊──通称【クロウ班】は、そんな局の最前線に置かれた、少数精鋭の消耗部隊だった。
高死亡率の任務を当然のように課され、生き残ることは例外、死ぬことは前提とされる。
その指揮を執る男のコードネームは【クロウ】。
観測結果と任務成功率が異常値を示すため、彼には異例の広い裁量権が与えられ、独断行動が暗黙のうちに黙認されていた。
そしてその部隊に所属する、特別な観測対象兼戦術要員がいる。
コードネーム【オリビン】。
本名、テオドーラ・エウカリオン。
彼女は宝石化現象の発現個体であり、同時に、局にとって極めて高い観測価値を持つ生体サンプルでもあった。
兵士であると同時に、資源である。
管理局の公式見解は明確だ。
この世界において、苦しみは価値に変換され、命は資源として扱われ、感情は制御されるべき対象である。
特に、愛情は非合理と定義される。
しかし、記録に残らない例外が一つだけある。
観測者と観測対象。
指揮官と被験体。
合理性を完全に逸脱した結びつきを、二人は未だに維持し続けている。
管理局はすでに結論を出している。
この関係そのものが、【異常】である、と。
◇
配属初日、報告は簡潔だった。
「対象個体、オリビン。配置完了しました」
ドーナツ・セラフィム。コードネーム【クロウ】は、一度だけ視線を向けた。
テオドーラ・エウカリオン。コードネーム【オリビン】。細い体。整いすぎた顔。無機質な立ち姿。淡い金に緑が混じる短い髪と、オニキスのような黒い瞳。彼女はまるで、軍の備品のようにそこに立っていた。
(使える)
それが、彼の最初の評価だった。
「運用は通常通りでいい。消耗は許容範囲内だ」
部下がわずかに顔をしかめたが、誰も何も言わなかった。それが、この第七観測戦術部隊、通称クロウ班のやり方だった。
命は資源。異常は価値。感情は、制御対象。




