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微睡みの世界で、まやかしの幸せを  作者: 色葉充音
Part 2 法月綾世の『 』
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08 あなたの心

『きみが方波見陽翠だね?』


 初めて会った時に綾世先輩から言われたセリフだ。首から下げていた黒い羽のネックレスは、両耳に揺れる黒い羽のピアスへと変わっている。それはまるで、ひとりで生きていくんだと強がっているように見えた。


「……この時、陽翠と初めて会った時にはすでに、きみの異能を利用することは俺の中で決定事項だったんだ」


 「秘密だよ」と笑った過去の先輩は、軽く目を見開いた私に、銀色の紙に包まれた小さな塊を渡す。くすっと笑った過去の私は「いただきます」と紙を剥がして口に入れた。


「だから、きみに俺の異能を込めたキャラメルを食べさせた」


 流れるように時間は過ぎていく。


「その次の日、陽翠、異能の暴走を起こしたでしょ?」


 それがこの話に何か関係あるの……? そんな疑問を浮かべながら頷く。


「あれね、俺のせいなんだ」

「……ぇ?」

「きみの異能がどのようなものなのか、俺の異能がどういう風に作用するのか……、それを確かめたかったから。そして、陽翠と一緒に行動する理由がほしかったから。そんな身勝手な理由で、きみの異能が暴走するように仕組んだ」


 確かに、タイミングが不自然なほどにできていた。私が異能を暴走させて一番に駆けつけたのは、先生ではなく綾世先輩だった。


「……てっきり、あの時の先輩が全く焦ってなかったのはそういう人だからなんだと思っていました」


 あらかじめ起こることを知っていたのなら、あの余裕があるようにすら見えた様子も納得できる。半透明な先輩は楽しそうにくすくすと笑った。


「陽翠は俺をどういう人だと思っていたのかな?」

「いつも余裕があって、いつも何を考えているのか分からない笑みを浮かべていて、いつも何かを隠している人、ですかね」

「……それ、褒めてるの? 貶してるの?」

「どちらかというと、褒めてますよ?」

「どちらかというとなんだ」


 そうやって一緒に笑った後、綾世先輩は悲しさをその表情に纏わせる。


「……今みたいに、陽翠と何でもないことを笑い合うの、想像以上に楽しかったんだ」


『そんなに気を遣わなくて大丈夫だからね。俺、迷惑どころか運がいいって思ってるから。同じ黒の異能者同士、色々と分かり合えることもあるでしょ?』


 先輩がそう言ったのは確か、私が異能を暴走させた直後のこと。


『……私も、綾世先輩と仲良くなりたい、です』


 同じ空間にいた布目先生を置き去りにして、2人で笑い合っていた。


『お前たちめっちゃ仲良いな?』

『俺と陽翠の仲ですからね』


 どこか呆れたような布目先生の言葉にそう返した綾世先輩が、どうしてか自分の言葉に驚いていた。


「『目的のために利用する黒の異能者』……直接会って言葉を交わすまではそう思っていた。でもね、そんなものはすぐに壊れた。異能の暴走を起こした陽翠を落ち着かせるために、きみの記憶と感情を追体験したんだ。俺の異能の副作用はそういうものだからね」


 ……当事者の私ですら、あの日々は思い出したくなんてないくらいに辛かった。それを追体験した上で笑って「大丈夫」だと言えるなんて、綾世先輩はどんな精神力をしているのか。いや、そうならざるを得なかったのかな。


「きみの苦しみ、悲しみ、痛み、そして千兄さんから救われたこと。……俺と、よく似てるなって思ったら、もうきみのことを利用するだけの存在だとは考えられなくなっていた。特に考えもせずに言った自分の言葉で、それに気づいたのがこの時だよ」


 世界はぐるぐると流れていく。


『法月お前……、消える前の十川と何か話したか? 十川の痕跡と縁が一番新しく繋がってるぞ?』


 これは、消えた汐梨ちゃんを探している時だ。


「布目先生には上手いこと誤魔化したけど、実は、十川さんが異能を暴走させたのも俺のせい」

「……もしかして、他の人の暴走にも先輩が関わっているんですか?」

「いや、俺が関わったのは陽翠と十川さんのものだけだよ。……どうしてだろうね、陽翠を試すような真似をした」

「……試した結果はどうでしたか?」


 我ながら意地の悪い聞き方だ。でも、別に怒りの感情が湧いているわけじゃない。汐梨ちゃんも無事に見つかったし、なんならより一層仲良くなれたし。……ただ、聞いてみたかった。


「そうだね……俺の負け、だったかな。辛い記憶しかないはずの異能を、十川さんのためならばと惜しみなく使った。立っていられなくなるほどの辛かったはずなのに、見つけられてよかったって笑っていた。……俺には到底真似できない、陽翠のすごいところだよ」


 そう言った先輩は、苦いものを無理やり飲み込んで笑っているようだった。


 再び、世界は流れていく。


 飛び込んできたのは、見知らぬ女子生徒と柘榴色に光る瞳を合わせる綾世先輩の姿。その表情には、いつもの笑顔はおろか、何の感情も浮かんでいない。


『きみは自分を傷つけないといけない。次の昼休み、突然その衝動に襲われる。俺のことは綺麗さっぱり忘れて、絶対に思い出してはいけない。いいね?』


 その言葉は、まるで自分自身に言い聞かせるようだった。先輩の異能は、わざわざ言葉に出さなくても使えるはずだから。

 この人はもしかすると自傷事件の被害者なのかもしれない。やっぱり犯人は……。苦しそうに笑っている半透明な先輩を見遣る。


「……全部、目的のため。どういう風に異能が効くのか、どういう感覚でやればいいのか。……全部、目的のために陽翠を利用する準備だよ」


 それならば、どうしてこんなにも辛そうなのか。無心にならざるを得ないような状態になっているのか。……その答えはすぐに出た。


 憎悪を向ける必要のない世界で、幸せに生きるため。それが綾世先輩を突き動かす全て。


 世界は流れていく。


『キャラメルいる?』

『いいんですか?』

『もちろん、はいどうぞ』


 ありがとうございますと受け取った私が、そのキャラメルを口に含んだその時、過去の綾世先輩は苦しそうに眉を下げた。でも、次に瞬きをしたらいつものような考えの読めない笑顔に戻っている。


 そんな、私の記憶にはない出来事が数度続いた。


『——陽翠、キャラメル食べる?』

『……ありがとうございます。いただきます』


 ……これは、最後にキャラメルをもらった時だ。

 銀色の紙を剥がしてそれを口に含んだ途端、がくりと過去の私の体は傾く。


『スイちゃん大丈夫!?』

『方波見陽翠……!?』


 汐梨ちゃんと宇治先輩が慌てる中、綾世先輩だけは落ち着いた様子で私の体を支えた。その不自然さに気づいたのか、宇治先輩は「綾世……?」と声をかける。それに答えるわけでもなく、先輩は私を横抱きにして言った。


『保健室、行ってくるね』


 並々ならぬその雰囲気のせいか、追いかけてくる人は誰もいない。そのまま職員棟に来て、保健室へ行くのとは反対の廊下を進む。何の感情も映さず、階段を上ってたどり着いたのは屋上だった。


 落下防止のためのフェンスを背に私を座らせて、綾世先輩は呟く。


『——陽翠』


 あの暗闇の中で、頭の中に直接語りかけられた声と、全く一緒。


『……陽翠』


 苦しそうに眉を寄せて、辛そうに言葉を吐く。

 そして、はっと目を見開いて、私を見た。


『……ごめんね』


 綾世先輩の瞳は、柘榴色に怪しく光る。


『陽翠』


 ゆっくりと瞼を開けた光を映していない私の瞳と、その視線を合わせた。


『きみは俺の言うことだけを聞いていればいいよ』


 いつにも増して、何を考えているのか分からない笑みを浮かべる。


『大丈夫。きみにとっての3年前(いつも)みたいにすればいい』


 私に言い聞かせるように、先輩自身に言い聞かせるように。


『さあ、——傷つけて?』


 そう言って、綾世先輩はカッターナイフを差し出した。それを受け取った無表情の私は、カチカチカチと刃を出して、左腕に滑らせる。


『この世界から、異能者を消そう。人間から嫌われるだけの異能者を。不幸せなだけの異能者を。全部全部消して、全部全部書き換えて、異能者が好かれる世界にしようよ』


 異能者(わたしたち)が幸せに生きるために。


『大丈夫、細かいことは俺がやるから。きみはただ、傷つけていればいいからさ』


 異能者(わたしたち)が笑顔でいられるように。


『……きみの「痛み」で、この異能者を嫌う世界の全部、書き換えてしまおう?』




 ——……そうしたら、綾世先輩は幸せだって笑ってくれますか?




 くしゃりと辛そうに笑った先輩は、やっぱり涙を流せていなかった。


 世界が暗転する。

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