#87 元に戻すだけの簡単なお仕事
沙羅先生が、ゆっくりと右手を上げた。
パチン、と指を鳴らす。
その瞬間――
ふわり、と柔らかい風が校内全体を駆け抜けた。
空気が一度だけ震え、世界が“正しい形”に戻っていくのが分かった。
建物の縁に、木々の足元に、生徒たちの身体に、
スルスルと影が滑り戻っていく。
陶之助が張り、俺と皓が全力でサポートしたあの広域幻術は、
まるで砂の城みたいに一瞬で崩壊した。
俺は呆然としながら言った。
「……やっぱ沙羅先生って規格外だよな」
皓も肩を落として苦笑する。
「ああ。勝てる気がしねえ……マジで」
陶之助でさえ、いつもの飄々とした顔のまま、小さく息を吐いた。
沙羅先生は当然の顔をして、手を払うだけで言った。
「褒めても罪は軽くなりません。
……とはいえ、明日には“大事な発表”がありますから、
今回は罰を与えている余裕もありません。
きちんと反省しておくように」
“大事な発表”。
なんのことだろうと思ったが、妙に含みのある声だった。
そこにリュウ校長が、相変わらずの笑顔で近づいてくる。
「ははは!良かったなお前ら!」
なんか味方みたいなテンションで言ってくるから、
沙羅先生がすっと横目で睨んだ。
校長はその視線にビクッとしつつも、楽しそうに続けた。
「ま、面白かったけどな。校内はもっとパニックだぞ。
次からは使う魔法を考えることだな。……校長との約束だぞ」
「は、はい……」
皓が真顔で返事すると、校長は満足げに頷いて歩き去っていった。
影が戻った校内は、ざわざわと騒がしくて、
「さっき影なかったよな!?」「消えてたよな!?」
とあちこちで大混乱になっている。
俺たちはそれを遠くに聞きながら、
ただ立ち尽くすしかなかった。
沙羅先生は、深くため息をつきながら最後に一言。
「……本当に、手のかかる子たちです」
怒ってるのは間違いないのに、
どこか嬉しそうに見えるのは気のせいじゃない……と思いたい。




