第28話 謎
いつもより短いです。
レイラとクリスはクレアとファリスの専属仕立て屋ではあるものの、前々から二人の血筋の人間がこのラキオス城に住んでいたわけではなく、幼少時からここにいたわけでもないためにラキオス城に住まいはない。しかし、クレアとファリスに取ったら重要な人間ではあるため、ラキオス城のすぐ近くに住んでいる。
三分ほど過ぎた頃に部屋の中にロードが入って来て、後ろにはレイラとクリスが不安げについてきていた。何の説明もされずに来たのか、今が深夜であるにも関わらず普段着を身にまとっていた二人は、クレアの姿を見て大きく目を見開いた。
レイラが口元を覆ってふらふらとクレアに近づくと、クリスも近づいて慰めるように彼女の両肩に手を乗せながら眉を寄せていた。
「へ、陛下、これは、一体...っ」
目に涙を浮かべながら訴えて来るレイラを見て、ファリスは申し訳なさそうな表情をした。
「...俺達も、正確には何が起こったのかは知らないんだ。先程まで外庭にいたクレアが、今牢にぶち込んでいる男の矢を受けてな」
「そんなっ! 矢を受けただけでしたら、傷口を塞げば」
「矢の先には毒が仕込まれていたんだ」
レイラとクリスがはっと息を呑んだ。それから小刻みに苦しそうに息を繰り返すクレアをチラリと見た。
「...どれくらい、強力な毒なんですか?」
クリスが静かに問いかけると、ファリスが瞳を伏せた。
「一番の腕を持ってる三人の医師に頼んでも、解毒剤をつくらないと毒は抜けられないらしい。今はなんとか毒の進行を食い止めているが、解毒剤を作るためにはクレアから離れなければいけない。しかしクレアから離れたら死んでしまう」
「そんな...っ!」
「そこで、お前達に頼み事がある」
強い口調でファリスが切り出すと、自分達が何のために呼ばれたのか理解していなかった二人の瞳が見開いた。
自分達はただの仕立て屋である。そんな自分達に、クレアの命を救うほどの能力は有していないはずだ。しかし、ファリスに瞳には確かな希望の光が灯っていた。
レイラとクリスが顔を見合わせてから、レイラがおずおずと口を開いた。
「...頼み事、とは...?」
「僕達の腕で、王妃様を救えるとは思えませんが...」
不安げに言う二人にファリスが笑みを浮かべた。
「ここにいる三人によると、一睡もせずに作り続けたとしても、解毒剤が作り上がるまでには三日かかる。つまり、睡眠を取ったら五日間は必ずかかるということだ」
「.....はい....」
「それならば、解毒剤をつくる時間を早めれば、一日で出来上がるかもしれない」
「そんな...っ! どうやって早めるというんですか!?」
「陛下、まさか...」
レイラが驚いて声を上げたが、クリスは何かを理解したかのような表情を浮かべた。そんな彼にファリスが頷いた。
「そうだ。お前達の能力を貸してほしい」
ファリスの言葉に溢れんばかりにレイラが瞳を見開いて、クリスは難しい表情を浮かべたまま顔を伏せた。
確かに、二人の能力ならば解毒剤を早く作り上げることができるかもしれないが....
「しかし、陛下。私もクリスも物体を形作ることはできますが、解毒剤に能力を発揮したことなど...」
レイラ・アクティルとクリス・アクティルの能力は触れた物の時間を早く進ませることだ。
といってもそれだけではなく、複雑な能力のために大雑把な名前が付けられているだけだ。実際は、作りたい物体の材料をそろえ、それに触れたら勝手に形作ってくれる非常に希有な能力だ。また、出来上がった物体に手を触れれば、その時間を進ませることができる。
例えば、二人の職業である服作り。正直にいってしまうと、二人は他の服作り職人のように特に服を作るのに優れているわけではない。しかし、自分達の能力の都合上、服作りが一番適切だと思っていたのだ。
材料を揃えて触れてさえいれば服が勝手に形作ってくれる。それも素晴らしく短時間で、だ。おまけにその服の時間を進ませることだけで、皮ならば少し伸び、羊毛ならば少し縮んでしまう。
二年前のクレアのウェディングドレスも、当日につくることを決めて当日にクレアに着せられていたのも、全ては二人の能力だったのだ。
レイラの言葉にファリスは励ますような表情を浮かべた。
「大丈夫だ。お前達の能力は他の物にも充分きくが、服にしか試していないだけだ。材料が揃っていれば、きっと出来る」
「.........」
「...陛下....」
それでも不安な表情を浮かべたレイラに、クリスがチラリと視線を向けた。それからクレア、彼女についている医師達、ファリス、四人の騎士、シラ、全ての人達を見回した。
全員が最後の望みを自分達に託している。
ここで、がっかりさせるわけにはいかない。
「レイラ、やろう」
「クリス...」
決意を込めた様子でいう自分の兄にレイラは眉を寄せたが、クリスの決意が揺らぐことはない。
「レイラだって王妃様に死んでほしくないだろ? 僕達の能力で王妃様が救えるかもしれないんだったら、やってみるべきだ」
「だけど、失敗したら—」
「初めて能力を発揮した時から僕達が何かを作るのに失敗したことはない。服だけにしか能力を発揮したことがないから、不安になるのも分かるけど、材料さえ揃っていれば、僕達の力で解毒剤を作り上げることができるはずだ」
「........」
「王妃様のためなんだよ、レイラ」
自分達がクレアを救うための最後の望みなのだ。この国一の医師三人の力を合わせても三日かかる解毒剤が、自分達の力ならば一日で作り上げることができるかもしれない。
クレアの命を救うためには、やるしかないのだ。
全員の視線が双子の兄妹に注いでいた。レイラもクリスも共にその視線を感じていた。
「レイラ」
もう一度だけクリスがレイラの名を呼ぶと、彼女は息を大きく吸ってから小さく頷いた。
「...分かった」
カツンッ、カツンッ、と牢の中で誰かの足音が響いて来る。その足音の後には二組の足音が聞こえる。
その音を聞いて男は恐怖に満ちた顔を上げて、ガクガクと震えだした。ズキズキと痛む肩を右手で押さえながら、男は近づいて来る人達に見開いている目を向けた。
カツンッ、と目の前で立ち止まったその人物を、男は恐る恐る見上げた。
薄暗いこの牢の中でも分かる美しい茶髪。冷たく自分を見下ろしている碧眼に、男にも女にも見える中性的な美しい顔。それはまさに、完璧を人間として作り上げたかのような人物だった。
その完璧な人間に見覚えがあった男は、大きく目を見開いたままズザザッと跪いた。寒くないのにブルブルと身体の震えが止まらない。スッ、と目の前の人物が膝を折ってしゃがむのが聞こえた。彼の後ろにいる騎士二人は立ったまま冷淡に男を見下ろしていた。
「顔を上げろ」
氷のように冷たい声に男はバッと顔を上げた。
先程よりも震えが酷くなっている。
ファリスはみっともなくブルブルと震える男を汚いものをみるかのような目で見下ろした。
「なぜ、クレアを討った」
「は...っ?」
度肝を抜かれた表情をした男に、ファリスが目を細めた。
「とぼけるな。なぜクレアのことを矢で射抜いたのだと聞いている」
「....おう、王妃様、を、討っ、た。だ、だれが—」
「お前以外に誰がいるっ」
語尾を強めて言うファリスにひぃぃ、と男が再び表情に恐怖を露にした。それでも必死に頭を横に振っている。
「わ、わた、く、わたくしが、く、クレアおう、ひを討つ、な、など、そんな、バカな」
「この後に及んでとぼけるつもりか、貴様」
「そんな、そんな、バカな、私、が、私が、クレア王妃を、討つなど...っ。そんな、そんな、なんで、違うやってない、そんなことしてない討ってない、なぜ、討つわけがない私が、そんな」
「..........」
狂った様にただ討ってない、やっていない、違う、を繰り返す男にファリスが少し目を見開いた。
何を言っているのだ。この男は。クレアが討たれた直後にルドが確かに引っ掴んで来た男だ。確かに弓を持っていて、確かに弓を放ったはずだ。
ここまで追いつめられて、とぼけるとは思えなかった。
何が、どうなっている。
「....どうなっているのだ」
牢の側にたっていた兵士に問いかけると、二人は困ったような表情を浮かべた。
「....先程からずっとこうなのです。捕まえられた時からただ震えてここに立っているだけでして、記憶がないようなのです」
「....バカな。殺されると分かっていてこう装っているだけではないのか」
「それが...」
兵士の一人が言葉を濁らせ、隣にいる兵士を見ると、彼がチラっと男を横目で見た。
「こやつの言っていることが真実なのです」
「....なんだと?」
「私の能力は陛下もご存知でしょう」
「...読心術か」
「はい」
「...なるほど」
説明されなくても分かる。
つまり、読心術を持っているこの兵士がこの男の心を読んだところ、言っていることは確かに真実だということになる。しかし、もしそれが本当だとしたら不可解すぎるのだ。
何せこの男は確かにクレアを矢で討った。それは分かっている。城内の者が全員この男の顔は見ているし、やっていないといくら言った所で信じてもらえるわけがない。
しかし、この男が真実を告げているのならば、男はクレアを討ったがその記憶がないということになる。
一体、どういうことだ。
「...つまりこいつは真実を告げているのか。確かに」
「確かにそうです。今は恐怖しか覚えておらず、王妃様を討ったことに対して一切記憶がありません。ここがどこなのかも分かっていませんでしたが、陛下が訪れたことによって理解したようです」
「........この男は、自分の意思で矢を放ったわけではない、ということか?」
「...そういうことに、なります」
「........」
未だにブルブルと震えが止まらない男をファリスは冷たく見つめた。
彼の意思であってもそうでなくともクレアを討ったことに違いはない。それを心底許す気にはならない。
しかし、彼の意思でないとすれば、一体誰の意思なのだ。
「....陛下、この城内で他人の思考を操ることが出来る人物はいますか?」
「...何?」
ディナルが少し思い込んでいるような表情を浮かべた。
「思考を操る人物がいるのならば、この男の意思でなくとも王妃様を討つことは可能だったのでは」
「..........」
思考を操る。つまりは思考に入り込んだ人間を思うがままに操るということだ。自分が操ったという証拠をどこにも残さず、ただその人物の暴走に結びつけることができる危険な能力。
考え始めて僅かな時間の後、ファリスがはっと顔を上げた。
「いるのですか?」
「.....いる。一人だけ、しかし...」
「陛下。たとえその人物が俺達にとって限りなく近い存在だとしても、大切な人間だったとしても、調べるべきです」
「........」
思い詰めた様子のファリスにロードが心配そうに顔を覗き込んだ。
「陛下? 誰ですか?」
「.......」
はぁ、とファリスが深く溜息をついた。
「...シラだ」