第18話 若旦那はお供を連れて身分を偽る
宿場町の朝は早い。 僕たちは朝食の野菜スープを平らげた後、まずはデュグラスへ向かうための下準備から始めることにした。
割り当てられた宿の自室で、洞窟で見つけた先人の遺産である上質な魔導服やマフラーといった、人目を引く金目の装備をすべてノエルのマジックバッグやシャノワールの影の中へと収納していく。 ノエルの身分を証明するBランクのライセンスカードも、今は持っているだけで危険な代物だ。これもマジックバッグの奥底へ封印した。
そして、頼れる相棒であり、僕の切り札でもあるシャノワールにも、いざという時までは影に潜んでいてもらうことにする。
『みゃぅ……』
足元の影に溶け込む前、シャノワールは僕のズボンの裾を前足で掴み、ひどく寂しそうな、抗議するような鳴き声を上げた。
「ごめんね。街に入って安全が確保できたら、すぐに美味しいお肉をあげるから」
顎の下を撫でて宥めると、シャノワールはしぶしぶといった様子で影の中へと沈んでいった。
「さて、次は僕たちの身分の偽装ですね」
僕はノエルに向き直って言った。
「このまま怪しい身なりでデュグラスの門を叩くわけにはいきません。冒険者協会で、一番下の『Gランク』のライセンスを新規で発行してもらいましょう。この世界では、Gランクのカードは一般人の身分証明書として手軽に取れると聞きました。商人がパスポート代わりに持つには最適です」
僕の提案に対し、ノエルは眉根を寄せて険しい顔をした。
「理屈は分かるが……ギルドの登録には魔導端末による『魔力認証』が必須だぞ。過去のデータと照合される。俺が端末に触れれば、たちまちBランク冒険者であることがバレてしまう」
「その点については心配無用です。僕に良い考えがありますから」
僕が自信満々に胸を叩くと、ノエルは深くため息をつきながらも、「……お前のその自信がどこから来るのか分からないが、信じるしかないようだな」と頷いた。
◆ ◇ ◆
宿を出て、僕たちがまず向かったのは、町の大通りにある服屋と道具屋だった。 服屋でボロボロになった服と靴を処分し、新しいものを新調する。
僕の服装は、少し質の良い生地で作られた若草色のローブ。
どこからどう見ても『薬草学を学ぶ商家の若旦那』だ。
一方のノエルは、あえて無骨な鎧は選ばず、動きやすさを重視した厚手の布地の服と革の胸当てという出で立ちだ。戦闘重視というよりは、あくまで『商人に雇われた護衛』としての身なりに整えられている。
だが、これだけではまだ足りない。 ノエルの顔立ちは端整すぎる。王女の護衛として顔を知られている可能性がある以上、特徴的な部分を隠す必要があった。 そこで僕は、隣の道具屋の店主にあるものを要求した。
「――はいよ、ご要望の濃いめの化粧クリームだ。強い日差しから肌を守る効果もあるが……若旦那、これは彼女さんにプレゼントでもするのかい?」
恰幅の良い道具屋の親父が、ニヤニヤと笑いながら小瓶を差し出してくる。 僕は隣に立つノエルをチラリと見てから、わざと肩をすくめてみせた。
「いえ、違うんですよ。護衛の彼が、どうしてもこれが欲しいって言って聞かないもので」
「は?」
素っ頓狂な声を上げたノエルを無視し、僕は話を合わせる。
「毎日肌のお手入れを欠かさないらしくて、困ったものです」
「……ま、まあ、男でも美意識が高いってのは悪いことではないからな。顔も整っているようだし……そういうこともあるだろう、うん」
親父の表情が、少しだけ引きつったような、なんとも言えない生温かいものに変わった。
ノエルは顔を真っ赤にして、「違う! 俺はそんな趣味は……っ、おいユウ、お前わざとやっただろう!」と小声で抗議してくるが、僕は涼しい顔で代金を支払った。
◆ ◇ ◆
再び宿の部屋に戻った後、僕はそのクリームをノエルの顔や首筋に薄く塗り広げた。 色白だった肌が、あっという間に日焼けした傭兵のような褐色へと変わっていく。そこに伊達眼鏡をかけさせ、前髪を少し重めに下ろせば、もはや誰も彼をあの『王女の護衛』だとは気付かないだろう。
「これで見た目は完璧ですね。あとはギルドでの登録名ですが……」
僕は手を拭きながらノエルに尋ねた。
「そういえば、今までお互いのフルネームも知らないままでしたね。改めて自己紹介しておきましょうか。僕はユウ・クロサワです」
ノエルは鏡で自分の褐色になった顔を確認しながら、少し驚いたように目を瞬かせ、やがて真面目な顔で真っ直ぐに僕を見た。
「そうだな。俺はノエル・ブラン。カルディア王国第三王女様の護衛として雇われた冒険者だ。……助けてもらった恩人に、今更名乗るのもおかしい話だが、改めてよろしく頼む、ユウ」
(第三王女の護衛として雇われた冒険者、か。なるほど、ただの王宮騎士ではなく、あくまでギルドを通した『依頼』としての繋がりだったわけだ)
僕は内心で情報を整理しながら、小さく頷き返した。
「ええ、よろしくお願いします。……それで、偽名はどうします?」
「ギルドは魔力による厳格な認証があるから、同姓同名も多い。だから名前だけでも問題ないんだ。俺は『ノーラン』で登録する。響きが似ていれば、お前がとっさに呼び間違えるリスクも減るだろう」
「なるほど。じゃあ僕はそのまま『ユウ』でいきますね」
準備を終えた僕たちは、いよいよ宿場町のギルド出張所へと向かった。
◆ ◇ ◆
国家に属さない独立組織である『冒険者協会』。 出張所の中は、朝から依頼の掲示板を眺める荒くれ者たちで活気に満ちていた。
受付の列に並び、僕たちは『商家の若旦那と雇われ護衛』という設定のまま、新規登録の用紙を受け取った。 僕はそこに、流れるような異世界の文字で『ユウ』『ノーラン』と記入していく。
「あら。商人を目指しておられるとのことですが、代読や代筆は必要ありませんのね?」
受付嬢が、少し驚いたように目を丸くした。 この世界では文字の読み書きができない者も多いため、ギルドでは代筆サービスが一般的なのだ。
「ええ。商人を目指すのでしたら、契約書が読めるのは当然ですから」
僕が微笑んで用紙を返すと、受付嬢は「失礼いたしました」と丁寧にお辞儀をした。
「では、ギルドの規約について重要な部分だけご説明いたします。残りの詳細なルールにつきましては、こちらの冊子をお読みください」
そう言ってカウンターに置かれたのは、十数ページほどの薄い規約の冊子だった。
受付嬢は「ライセンスカードの又貸しは絶対に行わないでください」といった、ペナルティに関わる特に重要な部分だけを口頭で説明していく。
僕は「はい、はい」と適当に相槌を打ちながら、細々とした残りの説明を右から左へと聞き流していた。
そして、ついに魔力認証の時が来た。 カウンターの上に置かれた黒い石板のような『魔導端末』。 パネルが青白く発光し、漆黒の天然石――曜で作られた真っ新な『Gランク』のカードが二枚渡される。
「こちらの魔導端末のパネルに手を置いてください。自動的に魔力を読み取ります。同時に、このブランクカードを端末の読み取り部にかざしていただきます」
「はい、分かりました」
まずは僕からだ。 端末のパネルに手を置き、もう片方の手で漆黒のカードをかざす。 ピピッ、と端末が短い通知音を立て、カードに幾何学的な魔力紋様が瞬く。パネルの青白い光が緑色に変わり、何の問題もなく『ユウ』としての登録が完了した。
「次は護衛の方、お願いいたします」
受付嬢の言葉に、隣に立つノエル(ノーラン)の体が微かに強張った。 彼が息を詰め、額にうっすらと冷や汗を浮かべているのが分かる。
僕は「少し失礼」と、背中の埃を払うふりをして、彼がパネルに手を伸ばすのと同時にその肩に触れた。
「おい、何を――」
ノエルが訝しげに振り返る。 その瞬間、僕は自身の内的感覚を高次元へと投影し、静かに魔力を行使した。 空間に漂う素粒子であるマナに干渉し、ノエルの身体から発せられる魔力波形を覆い隠すように、全く別の波形を持つマナの層をミリ単位の精度で構築していく。
「……さあ、どうぞノーラン」
僕が促すと、ノエルは戸惑いながらも光るパネルへと手を置き、オブシディアンのカードを端末にかざした。
出張所の喧騒が、ほんの一瞬だけ遠ざかったように感じた。 魔導端末が魔力を読み取る微かな振動が伝わってくる。僕が構築した偽装の波形が、ギルドの強固なシステムへと流れ込んでいく。
ピピッ。 端末が短い通知音を立て、パネルの青白い光がスッと緑色に変わった。
「はい、照合完了です。該当データなし。新規の波形として登録し、カードへの書き込みを実行しました。お待たせいたしました、こちらがお二人のGランクライセンスとなります」
受付嬢の明るい声が響いた。 突破した。絶対的なセキュリティを誇るギルドの認証を、完璧にすり抜けたのだ。
「ありがとうございます。ほら見てください、ノーラン。これぞ浪漫の第一歩ですよ」
僕が上機嫌で漆黒のカードを受け取る横で、ノエルは信じられないものを見るような顔で、自分の手の中のカードを凝視していた。
◆ ◇ ◆
出張所を出て、人気のない路地に入った途端。 ノエルが堪えきれないといった様子で、僕に向き直った。その顔にあるのは純粋な驚愕と、唖然とした表情だった。
「……おいユウ。お前、どうやってあの魔力照合を誤魔化した……? ギルドの認証システムは、国の中枢すら凌駕するブラックボックスだぞ。それに、今だけ誤魔化せたとしても、今後俺がこのカードを使おうとする度にエラーが出るんじゃないのか?」
ノエルの矢継ぎ早な疑問。 僕はGランクのカードを空中に放り投げ、パシッと受け取ってから種明かしをした。
「落ち着いてください。まず、認証を誤魔化した方法ですが……ノエルがパネルに手を置いた瞬間、僕の魔力で空間のマナに干渉し、あなたの身体から発せられる『魔力波形そのもの』を別の形に偽装したんです」
「波形を、偽装……? そんな神業みたいなこと……」
「そして今後の使用についてですが、ご安心を。僕はあなたに渡されたそのカードの表面に、ノエルの魔力にのみ反応して波形を偽装する『マナのコーティング』を施しておきました」
「コーティング?」
「ええ。目に見えない特殊なカバーが掛かっていると思ってください。マナは物質を構成する素粒子ですから、僕が高度に編み込んだものであれば、安定して長期的に残ります。今後、あなたがそのカードに普段通り手を触れても、コーティングを通ることで自動的に『ノーランという別人の魔力波形』に変換されて読み込まれます。これで、完全に別人の身分証の完成です」
事も無げに言ってのけた僕に対し、ノエルは絶句し、やがて深々とため息をついた。
「……お前、自分のやってることがどれだけ規格外か、分かってて言ってるんだろうな」
「あの洞窟で手に入れた魔導書を、休息の合間に少しずつ読み進めていたおかげですよ。僕の内的感覚が日々成長している実感があります。……さて、これで正真正銘、身分のある一般市民ですね。デュグラス行きの馬車に乗り込みましょうか」
「……こんな規格外な奴を同行させることになったのは、果たして正解だったのか間違いだったのか」
呆れたように悪態をつきながらも、ノエルの顔からは、重い不安が綺麗に拭い去られていた。
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