第72話:ひとかけらの鼓動
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聖教都市オラトリア。
ギルドの会議室を占拠し、一時的なラボとしてサイラスは利用していた。
サイラスは恍惚とした表情を浮かべながら、一台の可動式ベッドに横たわる銀髪の少女を見下ろしていた。
「両腕の破損は、ギルド本部のスペアパーツを流用すればなんとかなりそうですねぇ」
サイラスの細い指先が、慣れた手つきでアルテアの胸部ハッチを展開する。
カチリ、と精密な金属音が響き、装甲の奥から心臓部である『神聖魔導演算回路』がその姿を現した。
人知を超えた古代技術の塊。
サイラスはルーペを取り出し、回路から伸びる無数の魔導コードやつなぎ目を一つひとつ丁寧に検査していく。
「…ほう。中枢神経系に異常なし。外傷は…皆無と言っていい。出力を強引に上げすぎた結果、機械人形の素体が負荷に耐えきれず、保護のために強制終了した…。といったところですか。実に合理的だ」
感嘆の溜息を吐きながら、サイラスはアルテアのうなじにある、小さなスリットに触れた。
カチリ、という静かな電子音が静寂を破り、アルテアの瞳に淡い光が灯る。
「システム再起動中……10%……60%……100%」
アルテアの肩が小刻みに震える。
「チェックプロセス…。エラー。左腕部消失。右腕部、構造的損傷を確認」
「おはようございます、アルテアさん。気分はどうでしょうか?」
サイラスの問いかけに、アルテアは横たわったまま、視線だけを動かした。
「サイラスか、おはよう。気分は、悪くない。だが、両腕の損壊により魔力の制御能力が3割低下している」
アルテアは周囲に浮かんでいた工具を、自身の状態を確かめるようにふわふわと自分の周りに漂わせる。
「さほど不自由ではない。だが、露出した内部回路からの錆や水分侵入が懸念される。早期の閉塞を推奨する」
「相変わらずお元気そうで何よりです。腕部の修復はさほど難しくはないのですがね、生憎とスペアパーツが本部の研究室にありまして」
「ならば、私が取ってこよう」
起き上がろうとするアルテアを、サイラスは苦笑混じりに制した。
「いえいえ、問題はそこではなくてですねぇ。現在、ギルドおよび各国の重鎮たちは、あなたたち執行端末の『起動』そのものを非常に危惧しているのですよ」
サイラスは部屋の奥、もう一台のベッドに横たわる『ジリウス』に視線を向けた。
「なるほど。ジリウスの件を鑑みれば、人類が我々を制御不能な脅威と定義するのは、論理的帰結だ」
「話が早くて助かります。こうやって私の独断で勝手に起動させてはいますが、これがお偉い方々に見つかれば何を言われるかわかったものではありませんよ」
サイラスはジリウスへと歩み寄り、アルテアと同じように胸部のハッチを開放した。
「そしてこちらのジリウスさんですが。私が設計したアルテアさんとは、根本的な設計思想が若干異なっているのですよ。内部構造がより複雑で。詳しく調べるには、なにぶん、時間がかかりそうでしてねぇ。ご協力いただけませんか」
アルテアの瞳が機械的に明滅し、ジリウスの体内構造をスキャンし始める。
「根底の『神聖魔導演算回路』は私と同様だが、腕部の物理パーツは流用可能だ。一部、中枢に繋がるバイパス回路が完全に焼き切れている」
アルテアはふわりと浮かせていた小型のレンチで、ジリウスの胸の奥にある変色した箇所を指し示した。
「なるほど。これは現代の技術では再現不可能ですねぇ。古代遺跡から、パーツをサルベージしてくるしかないかもしれません。…それにしてもあなたたちは便利ですねぇ」
「協力はした。私は戻る。コータは…そこか」
周囲をスキャンし、位置を特定したアルテアが動き出そうとするのを、サイラスは制止した。
「待ってください。大変恐縮ですが、今は、人類の都合に合わせてもらえませんか」
アルテアは、少しだけ瞼をパチリ、と動かす。
「人間の思想は多少理解している。これ以上状況を悪化させるのは不利益だ。サイラス、判断を君に委ねる」
「感謝しますよ。では、正式な修復許可が降りるまでは『メンテナンスモード』…副核のみでの活動でお願いします」
「了解」
サイラスが再びうなじのスイッチに触れると、アルテアの瞳から眩い光が失われ、深い静寂が戻った。
「アルテアさん。当初、あなたは、人間の都合なんて一分たりとも考えていなかった。今ではここまで、人を理解している」
サイラスは、闇に沈んだ実験室で独り言ちた。
「これも神が仕込んだプログラムなのか。はたまた、あのコータ君の影響なのか。ふふふ…」
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