表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
箱庭少女のロジック 〜かつて世界を滅ぼした最強のオートマタは僕の指示しか聞かないらしい〜  作者: 邑沢 迅
修復編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

73/84

第71話:小さな決意を灯す、いつかの言葉

※この小説の続きをスムーズにお楽しみいただけるよう、【ブックマークに追加】を押して設定を保存してください。

 一人きりの部屋が、やけに広く感じる。

 オラトリアの宿は、ギルドが用意してくれただけあって驚くほど豪華だった。でも、清潔なシーツの感触も、気品のある設えも、今の私には余計に虚しさを強調させるだけの装置でしかなかった。


 ジリウスさんも、連れていかれてしまったし…。

 

 コンコン。


 そんな暗い考えに沈みそうになっていた時、不意にドアがノックされた。


「はい、どちらさまでしょう?」


「…香坂康太です。新見さん、ちょっと話がしたくて」


 香坂さん…。


 一人でいたら、きっと夜明けまでずっと、考えなくてもいいことばかり、ぐるぐると考えていただろう。

 だから、彼の声を聞いた瞬間、自分でも驚くほど心が跳ねるのがわかった。


 とっても、嬉しい。


「いま、開けますね」


 急いでドアを開けると、ギルドの制服のままの香坂さんが立っていた。


「お邪魔します…ごめんね、夜遅くに」


「いえ、私も眠れなかったので。…あ、何か、飲みますか?」


 流石は高級ホテル。

 備え付けの棚には、茶葉や豆、そしてある程度の調理器具が完備されていた。


「じゃあ、コーヒーを。…っていうか、僕もやるよ」


「あ、これ。…サイフォンだ」


 棚の隅にあった、ガラス製の美しい器具を見て、思わず声が弾んだ。


「新見さん、これ使えるの?」


「はい。趣味で、向こうの世界でも色んな器具を持ってたんです。マキネッタとか、本格的なドリップセットとか。コータさんはコーヒー…」


 自然にこぼれた呼び方に、自分でも驚いて少し手が止まる。


「あ、ごめんなさい、つい。…こっちに来てから、ずっと名前でしか呼ばれなかったから」


 私は器具をテーブルに運びながら、少し勇気を出して言ってみた。


「…もし、コータさんが嫌じゃなければ…。私のことも、ニーナって呼んでくれませんか?」


 香坂さんは一瞬驚いたように目を見開いたけれど、すぐにいつもの柔らかな表情で頷いた。


「わかったよ、ニーナさん」


「はい、お願いします、コータさん。…あ、ふふ。やっぱり、ちょっと照れくさいですね」


「じゃあ、僕は粉を挽くから、ニーナさんはそっちの機械をお願い」


「はーい」


 ロートとフラスコ。

 フィルターをセットして、これがランプ。

 カチャカチャと小気味よい音を立てて器具を組み立てていると、コータさんが回すハンドミルのゴリゴリという音が部屋に響いた。


「いい香り…」


 フラスコに水を入れて、温める。

 やがてお湯が沸騰し始め、フラスコ内の蒸気圧が上がっていく。


「コータさん、豆は挽けた?」


「うん、バッチリだよ」


 挽きたての粉をロートに入れ、フラスコの上部に差し込む。

 こうして無心で手を動かしていると、さっきまでの孤独感が嘘のように遠のいていくのがわかる。


「おお…!コーヒーが上に上がってきてるよ、不思議だね」


 部屋全体が、芳醇で深いコーヒーの香りに包まれる。

 スプーンでくるくると丁寧にお湯と粉を馴染ませ、ヒーターの火を切る。


「次は下に戻っていく…」

「本当、実験みたいですよね」

「ね。理科の授業を思い出すよ」


 フラスコに溜まった琥珀色の液体を、温めておいたカップに注いでいく。


「できました」


「じゃあ、テーブルで飲もうか」


 窓際のテーブルに移動し、二人でカップを手に取る。


「あちち…………あ、おいしい!ニーナさん、これすごいね!」


「慣れれば、難しくないよ」


 それから、しばらく沈黙が流れた。

 でも、気まずい静寂なんかじゃなかった。


 温かい湯気。心地よいコーヒーの匂い。

 ただただ、ゆったりとした時間が私と彼の間を流れていく。


「「あの」」


 声が重なり、二人で顔を見合わせて笑ってしまった。


「あ、ニーナさんからどうぞ」

「…すみません。あの、ありがとう。…私のこと、気にして来てくれたんだよね」

「ああ、いや。僕も一人だとなんか寂しくてさ。話し相手になってくれないかなって」


 やっぱり、この人は優しい。

 根っこの部分は少しも変わっていない。


「そっか。…私も、誰かと話したい気分だったから。やっぱり『ありがとう』、だよ」


 コータさんは、照れくさそうに微笑んだ。


「…で、コータさんのお話って」

「うん…。ジリウスも、やっぱりやっぱり感情って、無いのかな?」

「ない、ですね…。最初はデリカシーの欠片もなくて、大変だったなぁ…」

「あはは!お互い、パートナーには苦労してるんだね」


 それから、お互いのパートナーの「無茶苦茶」なエピソードを語り合った。この世界に来てから何をしていたか、どんな怖い思いをして、どんなに驚いたか。気づくと、窓の外の空がうっすらと白み始めていた。


「…うわ、もうこんな時間か。ごめんね、長居しちゃった。もうお暇するよ。コーヒー、本当においしかった」


「私も。すごく、楽しかった」


「ギルドからの呼び出しがあるまでは、暫くゆっくりしてよう」


「はい。…では、また」


 部屋を出ていくコータさんの後ろ姿を見送って、私はそっとドアを閉めた。

 広く感じていたはずの部屋は、いつの間にかコーヒーの香りと、温かい余韻で満たされていた。


 …楽しかったな。


 コータさんも、アルテアさんの為に前向きに動き出そうとしている。私も、いつまでも、うじうじ悩んでばかりではいられない。ジリウスさんのために、自分に、できることをしよう。


「大丈夫、きっと、うまくいく」


 無意識に、ぽつりと口を突いて出た。その言葉で、ぱっと、視界が開けた気がした。私が落ち込んでいたりすると、おじいちゃんがいつも言ってくれた言葉。なんで、忘れていたんだろう。


 ずっと、ただの気休め、そんな風に思っていた。


「けど、違ったんだ」


 なんで、わざわざ言葉にするのか。それが、自身を、そして行為を肯定するんだ。今になってやっとわかった。


 私は、静かな決意と小さな気づきを胸に、安らかな眠りへと誘われていった。


※この小説を面白いと感じていただけましたら、★★★★★の評価と【ブックマーク】で応援お願いします。


箱庭少女のロジックを1話から読む

▶https://ncode.syosetu.com/n9084lw/3/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ