第68話:朧げに浮かぶ残像
※この小説の続きをスムーズにお楽しみいただけるよう、【ブックマークに追加】を押して設定を保存してください。
サイラスさんたちがジリウスさんを運び去った後も、私はしばらくその場に立ち尽くしていた。
…あの日。
イグニス帝国の帝都、ヴォルカニアの夜。
イグナートさんと最後に何を話したのか、今となっては霧がかかったように思い出せない。
ただ、彼女の底知れないほど冷たい瞳に見つめられ、その後、私の意識は深い淵へと沈んでいった。
それからのことは断片的な記憶しかない。
猛烈な熱気。
黄金に染まった、狂った空。
ジリウスさんの指先から生み出された恐ろしい『太陽』。
それを必死に止めようとしていた、銀色の光を纏う少女と、ボロボロになりながら私を呼び続けてくれた、香坂さんの姿。
最後は、重力に引き寄せられて青い海へと真っ逆さまに落ちていった。
「新見さん…?」
不意に、名前を呼ばれて現実に引き戻された。
ハッとして顔を上げると、そこには心配そうに私を覗き込む香坂さんの顔があった。
「えっ、はい、香坂さん?すみません、私……」
「僕らも、とりあえずギルドのオラトリア支部に行こうか」
「はい…」
私は慌てて香坂さんの背中を追いかけた。
見慣れない都市の街並み。白亜の建物が夕陽を浴びてオレンジ色に輝いていたけど、それが現実のものとは到底思えないほど、私の心はふわふわと浮ついていた。
「新見さんも、大変だったね…。本当に」
前を歩く香坂さんが、ポツリとこぼした。
その声には、いたわりと、同じ戦場を潜り抜けた戦友としての重みがあった。
「はい、本当に…。香坂さん、アルテアさんにも、ご迷惑をおかけして。…すみません…」
香坂さんは立ち止まることなく、明るい声で首を振った。
「仕方ないよ、相手はあのイグナートだ。でも…大惨事にならなくて、本当に良かった」
「…」
その言葉が、私の凍りついた心を少しだけ溶かしていく。
香坂さんは、私が深刻な顔をしているのに気づいたのか、わざとらしく「あ、そうだ!」と声を上げて話題を変えてくれた。
「新見さんも、いきなりこっちの世界に呼び出されたんだよね?びっくりしたでしょ」
香坂さんも、あの激闘の直後だ。
アルテアさんのこと、ギルドとの交渉のこと。私以上に疲れているはずなのに。
それでも、私を気遣って明るく振る舞ってくれる。
日本に居た時と変わらない彼に、私は言いようのない安堵を覚えていた。
「はい、それはもう…。気がついたら目の前に、半裸の男性がいましたから…」
「僕も目覚めた瞬間、女の子が急に天井を吹き飛ばしたんだから!」
「アルテアさんもなんですね…。ほんと、無茶苦茶ですよね、あの人たち」
「ほんとにね…。ジリウスとの生活も、大変だったんじゃない?」
「そうですね…」
短い間だったけど、ジリウスさんと過ごした日々を思い出す。
彼が運ばれていった方向を振り返ると、何だか心に大きな穴が開いたような、そんな寂しさが込み上げてくる。
「二人とも…また、戻ってこられるといいね。無茶苦茶だけど、いないと寂しいよ」
「…そうですね」
香坂さんは前を向いたまま、静かに頷いた。
あ…、そうだ。ずっと気になっていた、一番大事なこと…聞かなきゃ!
「あの、香坂さん」
「うん?」
「私たちって…元の世界に、戻れるのでしょうか…」
うーん、と彼はちょっとだけ逡巡した。
「前にアルテアに聞いたことがあって…『無い』って即答されたよ」
あははと笑う香坂さん。
そんなことだろうとは思ってたけど…。
「そうですか…」
「あ、ギルドの支部が見えてきた。…とりあえず、今は休もう」
「…はい」
私たちはオラトリアの街を、肩を並べて歩いた。
落ち着いたら、もっと色々聞いてみよう。
※この小説を面白いと感じていただけましたら、★★★★★の評価と【ブックマーク】で応援お願いします。




