第43話:星なき夜を機巧と
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私とジリウスさんはイグナートさんに連れられて移動していた。
先ほどの研究施設とは打って変わった、豪華な応接室。
壁には金糸の刺繍が施されたタペストリーが飾られ、床にはふかふかの絨毯。
けれど、窓の外に見えるのは無機質な煙突と、夜空を赤く染める工場の炎だけ。
「すまないね、わざわざこんな狭いところに。前はもっと広かったんだが……色々あってね」
ソファーに深く腰掛けたイグナートさんが、どこか芝居がかった調子で言う。
「色々」って、絶対ろくでもないことだろうな……。
そう思わせるくらい、彼女の目は一切笑っていなかった。
彼女の後ろには、同じ赤の軍服に身を包んだ三人の男女が控えている。
その異様な威圧感に、私は生きた心地がしない。
なのに、ジリウスさんはといえば…ふわふわと無防備に浮きながら、挙句の果てにはイグナートさんの目の前まで近づいて彼女を凝視し始めた。
(やめて、こわい、こわいよ!目をつけられたらどうするの!)
私の心の叫びも虚しく響くとーー。
「…うちのボスに喧嘩売るたァ、いい度胸じゃねェか。あぁ?」
一歩前に出たのは、燃えるようなオレンジ色の髪を逆立てた男性だった。
鋭い目つきでジリウスさんに肉薄する。
「やめておけ、エンバー」
イグナートさんの静かな制止。
エンバーと呼ばれた男性は「ちぇッ」と舌打ちして、不満げに後ろに下がった。
「総司令。…そちらの二人が例の」
次に口を開いたのは、灰色の髪の男性。
淡々と問いかけるその声には、一切の隙がない。
「そうとも。皆に紹介しよう。我が国の救世主たる監視端末、ニーナさんと――執行端末1号、ジリウス君だ」
イグナートさんが大仰に手を広げる。
私は反射的に、ぺこりと頭を下げた。
「ニーナ、です…。よろしくお願いします……」
ジリウスさんはといえば、次は灰色の髪の男性をじっと観察し始めている。
本当、空気読んで、お願いだから。
「我々のことも紹介しなくてはな。我がヴォルカニアが誇る、精鋭たちだ」
「アッシュだ。よろしく頼む」
灰色の髪の男性――アッシュさんは、ジリウスさんの視線を器用にかわし、一歩前に出て礼をした。表情は微塵も崩さないけれど、その所作には騎士のような気品がある。
キリっとしてて、かっこいい人だ。
「俺はエンバーってんだ。よろしくな、嬢ちゃん」
エンバーさんはアッシュさんと対照的に、肩に担いだ不気味に光る鉄の棒を弄びながら、気だるげに片手を挙げた。
…怖いな。夜中のコンビニに溜まってそうな、ガラの悪いお兄さんそのものだ。
「私は、ヘイズ…。よろしく」
その隣にいたのは、ショートカットのミステリアスな女性。
消え入りそうな声でぽそりと呟くと、そのまま影に溶けるように黙り込んでしまった。
「皆さん、よろしくお願いします…」
まだ何一つ状況は掴めていないけれど、今は「よろしく」するしかない。
そんな私の不安を更に煽るように、ジリウスさんが問う。
「ニーナ。好戦的な個体を複数検出。抹消を推奨する」
「だめだよ、ジリウスさん!抹消しちゃだめ!挨拶したばっかりでしょ!」
「了解」
あぁ……本当、物騒すぎる。
イグナートさんは、そんな私たちのやり取りを、面白そうに目を細めて眺めていた。
「ニーナさんには、ジリウス君の手綱をしっかり握ってもらいたくてね。彼は暴れ馬どころか、世界を消し炭にする火薬庫そのものだから、ね」
イグナートさんは軍靴の踵をカツン、カツンと鳴らしながら、ジリウスさんの周りを品定めするように歩く。
監視端末……私の役目は、この美しすぎる爆弾の「ストッパー」らしい。
「さて…私は報告がある。エンバー、彼女たちを部屋に案内してあげたまえ」
「えぇ…俺かよォ。面倒くせぇな」
「ではニーナさん、私はここで失礼する。また、ゆっくり話そう」
そう言って、イグナートさんは颯爽と部屋を後にした。
正直、助かったと思ってしまった。彼女がそこにいるだけで、部屋の酸素が薄くなるような、冷たい重圧があったから。
「…んじゃあ、付いてきな。嬢ちゃん。それと、そこの浮いてる野郎もだ」
「はい、よろしくお願いします!」
◇
案内されたのは、先ほどの冷たい金属の建物を出てすぐの、軍の宿舎のような場所だった。
外はもう真っ暗、でも、空は工場の煙で星一つ見えない。
代わりに、地上の街並みが眩いばかりの光を放っている。
そして遠くから常に聞こえてくる、カン、カンという金属の音。
それはどこか、日本の工業地帯の夜景にも似ていて…でも、それよりもずっと殺伐としていて。
「着いたぜ。ここが嬢ちゃんたちの巣だ」
エンバーさんは面倒くさそうに、扉を足で蹴るようにして開け放った。
中は質素というか、殺風景。 ベッドが2つと、机と椅子。
必要最低限の家具だけが置かれた部屋。
「そこのクローゼットに着替えが入ってるらしい。明日からは司令部に出入りすることになるから着替えとけ、ってボスが言ってたぜ」
そう言われて気付いた。
私はまだ、日本で着ていたお気に入りのワンピースのままだ。
確かに、この軍靴の音が響くような国では、あまりに場違いだ。
「んじゃあ俺はこれで。明日、また呼びに来るからな」
エンバーさんはベッドの上にガチャンと鍵を投げ捨てると、足早に去っていった。
本当に、圧が強くて怖い人…。関わっちゃいけないタイプの人だ。
「…はぁ。疲れちゃった」
バタンと扉が閉まった瞬間、私は糸が切れたようにベッドに倒れ込んだ。
ごろん、と横になって、天井を見上げる。
「なんか、よくわかんないけど色々あったな…」
独り言ちて隣を見ると、ジリウスさんは相変わらず重力を無視して、ベッドのほんの少し上でふわふわと水平に浮いていた。
(…この人と、これから二人きりなのかな)
そうだ。これこそが、異世界順応の第一歩!
まずは、この謎だらけの同居人とコミュニケーションを取らなくちゃ。
私は重い体を起こして、ベッドに腰掛け、彼をじっと見つめた。
「ジリウスさん。…いい、ですか?」
「ニーナ、指示を」
「いえ、指示とかじゃなくて。…まず、その、機械みたいな喋り方をなんとかできませんか…?」
ジリウスさんは一瞬だけ、小首を傾げた。
「提案を確認。対話用人格インターフェース、インストール中…20%…50%……80%……インストール完了」
「あー、やっぱりそこはパソコンっぽいんだ……」
私が苦笑いしていると、ジリウスさんの瞳が淡く発光し、その声にほんのりとした温度が混じり始めた。
「…これでよいですか、ニーナ」
「あ、うん。バッチリです!さっきより全然、ずっと話しやすいです」
少しだけ表情に柔らかさが出た気がする。
私はさっそく、気になっていた「基本のき」を聞いてみることにした。
「ジリウスさんは…人間、なんですか?」
「私は1000年以上前の文明において製造され、ヴォルカニアの技術者によって不完全ながらも復元された『機械人形』です。即ち、生物学的な人間ではありません」
「やっぱり…そうなんですね」
人間じゃない。
でも、意思(?)はある。
…不思議な感覚。
「それと、さっきからずっと気になってたんですけど。その浮いてるのって、魔法…なんですよね?街の人たち、誰も浮いてなかったですけど」
「基本原理は同じですが、私が用いるのは『古代魔法』と呼ばれる、事象確定プロセスです。私は空間そのものに漂うリソースを直接演算に用い、基底に干渉しています。即ち、私は『燃やす』のではなく、そこに火があるという事実を『確定』させているのです」
「…あー、ごめんなさい。もういいです、難しい話はいいです!」
私は手をバタバタさせて話を遮った。
要するに、そこらへんにある力を勝手に使って、世界を直接書き換えてるってこと?
それって、魔法っていうか…チートというか、もはや神様に近い力なんじゃないの?
「具体的には物体の抹消、高エネルギーのマイクロ波を一点に集約させ、大気をプラズマへと相転移させることも可能で…」
「いりません!絶対に見せなくていいですからね!」
私は強く念押しした。
兵器。ロストテクノロジー。神話の時代の力。
(私、本当に、とんでもないことに巻き込まれちゃったみたい…)
遠い日本の空を思い出しながら、私はヴォルカニアの不気味な夜の音を、ただじっと聞いていた。
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