第22話:地上から降り注ぐゴミ
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無機質で冷たい空間。
鼻を突く薬品の臭いと、絶えず鳴り響く機械の駆動音だけが、今の私の世界を満たしている。
『――生体反応、正常。魔力循環、規定値内で安定』
『――神性魔導演算回路、アクセス試行。……拒絶されました』
『――構わん、物理的に解析を進めろ。素体を傷つけるなよ』
イグニスの学者どもが、何やら喚いている。
私の素体に触れるな。
(……不快だ)
私は静かに、意識の奥底へと深く沈み込んだ。
現状、私の稼働状況は最低限の活動のみを行う『メンテナンスモード』へ移行している。
主幹となる神性魔導演算回路――『主核』は深い眠りにつき、現在は『副核』のみで最低限の状況把握を行っていた。
その弊害として、私の外部知覚能力は著しく低下していた。
しかし――。
(……この、気配は)
ノイズだらけの知覚領域に、一筋の清らかな波紋が広がった。
微弱だが、決して見間違えるはずのない、固有の魔力波長。
(コータ……)
私を、取り戻しに来たというのか。
敵地のど真ん中、ヴォルカニアの軍事中枢まで。
(ここまで近づかないと感知できないとは。これも副核の弊害か……)
間違いなく、コータだ。彼がすぐ近くまで来ている。
私の素体に物理的な異常はない。動力源にも、魔力回路にも、深刻なダメージはないはずだ。
だが…なぜだろうか。
意識か、素体か、いずれかに、ひどく熱を持っている気がする。
イグニスの学者どもに何か不具合を仕込まれたか?
いや、自己診断システムにエラーは表示されていない。
(……演算回路のエラーだろうか)
不可解な現象だ。
神性魔導演算回路が、存在しないはずの『熱』を検知している。
ただの人間が、私を助けに来る。その事実を認識した途端に発生した、この未知のエラー。
(コータがここにたどり着くまでに、この熱の正体を解析しておくことにしよう……)
◇
僕たちは、ヴォルカニアの下層、広大なゴミ捨て場を一心不乱に進んでいた。
空を覆う分厚い黒煙のせいで、昼間だというのに薄暗い。
足元には、鉄くずや生ごみ、得体の知れない産業廃棄物がそこかしこに捨てられており、ひどく歩きづらかった。
鼻を突く腐臭と、錆びた鉄の臭いが入り混じり、息をするだけで肺が重くなるような感覚がある。
「きゃあっ!」
「おっと。おい、気をつけろ」
エレーナさんが廃棄物の山に隠れていた穴を踏み抜き、大きくバランスを崩した。
すかさず隣を歩いていたデリクさんが、その腕を掴んでフォローする。
「あ、ありがとう……」
「ここは危険だ。姉ちゃん、足元に気を付けて」
顔を赤らめるエレーナさんをよそに、案内役であるスラムの少年・テオ君は、慣れた足つきでひょいひょいっとゴミの間をすり抜けていく。
僕たちなら足を取られるような不安定な足場も、彼にとっては庭のようなものなのだろう。
「しっかし、ほんとひでぇ所だぜ」
「急速な工業化と効率化のしわ寄せが、全部こういう下層の吹き溜まりに来てるなァ。上の連中は、自分たちが出したゴミの臭いすら嗅がずに生きてるってわけだ」
ジェシカさんが顔をしかめ、ゼンさんが周囲の惨状を見渡しながら皮肉っぽく吐き捨てる。
ここは、この国の歪みをそのまま体現したような場所だった。
会話しながら歩いていると、不意に、何か……自分の中の、とても深い部分が『共鳴』するのを感じた。
「コータ、おい。急に止まるんじゃねぇ、後ろが詰まる。危ねぇだろうが」
デリクさんの声が、どこか遠くに聞こえる。
僕は、視線を頭上――そびえ立つ無骨な軍の施設群へと向けた。
「アルテア……」
「え? アルテアさん……?」
「この……建物に、アルテアがいます……!」
彼女の気配を感じる。
目に見えるわけではない。音として聞こえたわけでもないが、根拠のない確信があった。
懐かしい。
たった数週間離れていただけなのに、この感覚が、とても懐かしく感じる。
絶望と不安でどこか冷え切っていた僕の心に、ぽっと、小さなぬくもりが灯るのがわかる。
「ボーイ、こんなゴミの山の中からでも、そんなピンポイントでわかるのか。便利なモンだな」
「いえ……こんな、はっきりとした気配を感じるなんてことは初めてで……。でも、確信があります。あそこにいる」
「なるほどなァ。俺たちの判断は間違っちゃいなかったってェことだな」
ゼンさんが紫煙を吐き出しながらニヤリと笑う。
「コータ、その……仲間が、捕まってるのか?」
「そうだね。僕らは、その大事な仲間を助けに、ここまできたんだ」
僕の決意を込めた言葉に、テオ君は真剣な表情で頷いた。
「……わかった。あそこを見て」
テオ君が指さした方向には、巨大なコンクリートの壁に、大きく口が開いたダストシュートのような場所があった。
時折、上の階層から兵士たちの手によって、大量の廃棄物がそこに向かって投げ捨てられている様子が見える。
「あそこが、軍事施設の廃棄口だ。タイミングを見計らえば、あそこから中に入れる。……俺が案内できるのはここまでだ」
「うん、ここまで連れてきてくれて本当にありがとう、テオ君」
「テオボーイも、帰るまでが案内だ。気を付けて帰るんだぜ」
ジェシカさんがテオ君の頭をガシガシと撫で回す。
「い、いてて……! わかってるよ! コータ、絶対……絶対助けろよ!」
テオ君は照れ隠しのようにそう叫ぶと、足早にゴミの山を駆け戻っていった。
僕は再び、高くそびえる廃棄口の先を見上げる。
(あの先に、アルテアがいる……必ず、取り戻す)
決意を新たに、僕たちは廃棄口からの潜入を開始した。
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