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箱庭少女のロジック 〜かつて世界を滅ぼした最強のオートマタは僕の指示しか聞かないらしい〜  作者: 邑沢 迅
奪還編

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第21話:生きるための理屈

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「……いたっ!」


 不意に、強い衝撃が僕の脇腹を走った。


「……あっ、ごめんなさい!」


 ぶつかってきたのは、ボロボロの灰色の服を着た子供だった。

 目深に帽子を被り、泥だらけの顔で一瞬こちらを見上げると、弾かれたように走り去っていく。


「っ!おい、待てガキィ!!」


 デリクさんが何かに気づき、風のような速さで追いかける。


「……おい、少年。財布はあるか?」


「えっ」


 慌てて鞄のポケットに手を入れる。


 ――ない。


 いつも財布代わりに使っていた、あの使い古した革袋の感触が消えていた。


「ない、です……!やられた!」


「ったく。ここはスラムだと言っただろう。……少年のように隙だらけだと、骨の髄までしゃぶり尽くされるぞ」


 ゼンさんは呆れたようにため息をつくが、エレーナさんが遠くの路地へ指を差した。


「あ、見て!デリクがさっきの子を捕まえたみたい!」


「逃げ足は速かったみたいだけど、デリクを振り切るのは無理だね。……さて、たっぷりお仕置きしないとな」



 僕らが現場へ辿り着くと、デリクさんが僕の財布を片手に掲げ、もう片方の手で少年の首根っこをひっ掴んでいた。


「よう。人様のものを盗るのは、いい趣味とは言えねぇよなぁ?」


「うるせぇ! 盗られるほうが悪いんだよ、このデカブツ!!」


「おいおい、元気な子だね。……ボーイ、世の中にはやっていいことと、悪いことがあるんだよ?」


 大男とAランクの凄腕に挟まれ、少年の顔が恐怖で引き攣る。

 でも、よく見ると彼の腕は驚くほど細く、服の隙間から見える骨が浮き出ていた。


「君……なんで財布を盗ったんだい?」


「ふんっ、知るかよ。てめぇら余所者が、呑気に観光してるからだろ」


「この野郎……」


 今にも鉄拳を落としそうなデリクさんを、僕は慌てて制止した。


「待って、デリクさん。……ゼンさん、ヴォルカニアって、どこもこんな感じなんですか?」


「……想像の通りだ。この国は実力主義を掲げ、急速に発展した。その結果、貧富の差が限界まで広がっている。上層階級は『ヴォルカン』の恩恵で贅沢三昧だが、こいつら下層の人間は明日食うパンにも困ってる。……泥水を啜って生きろ、ってのがこの街のルールだ」


 現代日本でも、あるいはゼノスでも、多少の貧富の差はあった。

 けれど…エゴなのかもしれないが、ほうってはおけなかった。


「とりあえず……君も一緒に、ご飯を食べに行こうか。あ、財布は返してもらうけどね」


「……あ!? なんだよ、施しなんて受けねぇぞ! 放せよ!」


「コータ、お前甘すぎだろ。やっぱり一発殴っておいたほうが……」


「デリク、ダメ。……コータさん、私も賛成です。私もお腹すいちゃった!」


「そうだね。ハラが減ってちゃ良いアイデアも浮かばないし。……ほら、行くよボーイ!」



 スラムと中層の境界付近にある、蒸気に満ちた大衆食堂。

 僕の横では、あんなに虚勢を張っていた少年が、皿の上のパンと太いソーセージに、獣のような勢いでがっついていた。


「……急がなくても、誰も取らないよ。ゆっくり食べな」


「お前と違ってな!」


「あはは……そうだ、僕はコータ。君、名前は?」


「……テオだ」


 少年――テオは、口いっぱいに頬張りながら、ボソリと答えた。


「テオ君。……両親はいないのかい?」


「……父ちゃんは、中層の工場に出稼ぎに行ったきり帰ってきてない。母ちゃんは、俺がもっと小さい時にいなくなった」


「そっか……」


 ここで少年が一人で生き抜くために選んだのが「盗み」だった。……それは、彼にとっての「防御」でもあったんだろう。


「この国は、子供を保護する仕組みはないんですか……?」


「……あるわけねェだろ。働けねェ奴は『廃棄物』扱いだ。これがイグナートの作る、効率的で美しい軍事国家の真実だよ」


 ゼンさんは苦い顔をして、エールを喉に流し込んだ。


「……ま、それはそれとしてだ。俺たちはどうする? あの軍本部、正面から行くのは、俺とジェシーでも死ぬ気で行かねぇとキツいぜ」


 エレーナさんがデリクさんをキッと睨みつける。

 もはや目的がバレちゃった…。


 最後のパンをごくんと飲み込み、テオ君が真っ直ぐに僕を見た。


「……あんたたち。もしかして、上層……軍本部に用があるのか」


「……ええと、まあ、そうだね……」


「デリク、口が軽すぎ……」


「……ふん。お前らが何をしようとしてるかなんて興味ねーけど。……あそこの連中には、俺もムカついてる」


 テオ君は窓の外、高く聳える黒鉄の城を吐き捨てるように睨んだ。


「テオボーイ。もしかして、何か知ってるのかい?」


「……奴らが『不燃ゴミ』を捨ててる場所があるんだ。そこなら、監視の目が薄い。……本部の地下搬入口に繋がっているはずだ」


「なるほど……ゴミ捨て場か。汚れるのが嫌いな連中には、最高の死角だなァ。……しかし、いきなり突入するのは馬鹿のやることだ」


 ゼンさんがデリクさんをチラリと見る。


「まずは下見が必要だがなァ……」


「……俺が案内してやる。あそこらへんの抜け道は、ジャンク漁りやってる俺らが一番詳しいからな」


「テオ君、でも……本当にいいのかい?見つかったら、君もただじゃ済まない」


「メシの恩だ。……それに、俺にもメリットはある。あそこの食糧庫から少し掠めてくるくらい、あんたたちが暴れてくれれば簡単だからな」


 少年は、どこか寂しそうで、けれど誇り高い笑みを浮かべた。


「ありがとう、テオ君!」


「……本当に信じられるのかよ、このガキ」


「ははぁ! いいじゃないか! 運命は勇者に味方するってね。……そうと決まれば、行動行動!!」


 僕たちは、テオという小さなガイドを仲間に加え、黒煙吹き荒れるヴォルカニアの深淵へと、最初の一歩を踏み出した。

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