第21話:生きるための理屈
※この小説の続きをスムーズにお楽しみいただけるよう、【ブックマークに追加】を押して設定を保存してください。
「……いたっ!」
不意に、強い衝撃が僕の脇腹を走った。
「……あっ、ごめんなさい!」
ぶつかってきたのは、ボロボロの灰色の服を着た子供だった。
目深に帽子を被り、泥だらけの顔で一瞬こちらを見上げると、弾かれたように走り去っていく。
「っ!おい、待てガキィ!!」
デリクさんが何かに気づき、風のような速さで追いかける。
「……おい、少年。財布はあるか?」
「えっ」
慌てて鞄のポケットに手を入れる。
――ない。
いつも財布代わりに使っていた、あの使い古した革袋の感触が消えていた。
「ない、です……!やられた!」
「ったく。ここはスラムだと言っただろう。……少年のように隙だらけだと、骨の髄までしゃぶり尽くされるぞ」
ゼンさんは呆れたようにため息をつくが、エレーナさんが遠くの路地へ指を差した。
「あ、見て!デリクがさっきの子を捕まえたみたい!」
「逃げ足は速かったみたいだけど、デリクを振り切るのは無理だね。……さて、たっぷりお仕置きしないとな」
◇
僕らが現場へ辿り着くと、デリクさんが僕の財布を片手に掲げ、もう片方の手で少年の首根っこをひっ掴んでいた。
「よう。人様のものを盗るのは、いい趣味とは言えねぇよなぁ?」
「うるせぇ! 盗られるほうが悪いんだよ、このデカブツ!!」
「おいおい、元気な子だね。……ボーイ、世の中にはやっていいことと、悪いことがあるんだよ?」
大男とAランクの凄腕に挟まれ、少年の顔が恐怖で引き攣る。
でも、よく見ると彼の腕は驚くほど細く、服の隙間から見える骨が浮き出ていた。
「君……なんで財布を盗ったんだい?」
「ふんっ、知るかよ。てめぇら余所者が、呑気に観光してるからだろ」
「この野郎……」
今にも鉄拳を落としそうなデリクさんを、僕は慌てて制止した。
「待って、デリクさん。……ゼンさん、ヴォルカニアって、どこもこんな感じなんですか?」
「……想像の通りだ。この国は実力主義を掲げ、急速に発展した。その結果、貧富の差が限界まで広がっている。上層階級は『ヴォルカン』の恩恵で贅沢三昧だが、こいつら下層の人間は明日食うパンにも困ってる。……泥水を啜って生きろ、ってのがこの街のルールだ」
現代日本でも、あるいはゼノスでも、多少の貧富の差はあった。
けれど…エゴなのかもしれないが、ほうってはおけなかった。
「とりあえず……君も一緒に、ご飯を食べに行こうか。あ、財布は返してもらうけどね」
「……あ!? なんだよ、施しなんて受けねぇぞ! 放せよ!」
「コータ、お前甘すぎだろ。やっぱり一発殴っておいたほうが……」
「デリク、ダメ。……コータさん、私も賛成です。私もお腹すいちゃった!」
「そうだね。ハラが減ってちゃ良いアイデアも浮かばないし。……ほら、行くよボーイ!」
◇
スラムと中層の境界付近にある、蒸気に満ちた大衆食堂。
僕の横では、あんなに虚勢を張っていた少年が、皿の上のパンと太いソーセージに、獣のような勢いでがっついていた。
「……急がなくても、誰も取らないよ。ゆっくり食べな」
「お前と違ってな!」
「あはは……そうだ、僕はコータ。君、名前は?」
「……テオだ」
少年――テオは、口いっぱいに頬張りながら、ボソリと答えた。
「テオ君。……両親はいないのかい?」
「……父ちゃんは、中層の工場に出稼ぎに行ったきり帰ってきてない。母ちゃんは、俺がもっと小さい時にいなくなった」
「そっか……」
ここで少年が一人で生き抜くために選んだのが「盗み」だった。……それは、彼にとっての「防御」でもあったんだろう。
「この国は、子供を保護する仕組みはないんですか……?」
「……あるわけねェだろ。働けねェ奴は『廃棄物』扱いだ。これがイグナートの作る、効率的で美しい軍事国家の真実だよ」
ゼンさんは苦い顔をして、エールを喉に流し込んだ。
「……ま、それはそれとしてだ。俺たちはどうする? あの軍本部、正面から行くのは、俺とジェシーでも死ぬ気で行かねぇとキツいぜ」
エレーナさんがデリクさんをキッと睨みつける。
もはや目的がバレちゃった…。
最後のパンをごくんと飲み込み、テオ君が真っ直ぐに僕を見た。
「……あんたたち。もしかして、上層……軍本部に用があるのか」
「……ええと、まあ、そうだね……」
「デリク、口が軽すぎ……」
「……ふん。お前らが何をしようとしてるかなんて興味ねーけど。……あそこの連中には、俺もムカついてる」
テオ君は窓の外、高く聳える黒鉄の城を吐き捨てるように睨んだ。
「テオボーイ。もしかして、何か知ってるのかい?」
「……奴らが『不燃ゴミ』を捨ててる場所があるんだ。そこなら、監視の目が薄い。……本部の地下搬入口に繋がっているはずだ」
「なるほど……ゴミ捨て場か。汚れるのが嫌いな連中には、最高の死角だなァ。……しかし、いきなり突入するのは馬鹿のやることだ」
ゼンさんがデリクさんをチラリと見る。
「まずは下見が必要だがなァ……」
「……俺が案内してやる。あそこらへんの抜け道は、ジャンク漁りやってる俺らが一番詳しいからな」
「テオ君、でも……本当にいいのかい?見つかったら、君もただじゃ済まない」
「メシの恩だ。……それに、俺にもメリットはある。あそこの食糧庫から少し掠めてくるくらい、あんたたちが暴れてくれれば簡単だからな」
少年は、どこか寂しそうで、けれど誇り高い笑みを浮かべた。
「ありがとう、テオ君!」
「……本当に信じられるのかよ、このガキ」
「ははぁ! いいじゃないか! 運命は勇者に味方するってね。……そうと決まれば、行動行動!!」
僕たちは、テオという小さなガイドを仲間に加え、黒煙吹き荒れるヴォルカニアの深淵へと、最初の一歩を踏み出した。
※この小説を面白いと感じていただけましたら、★★★★★の評価と【ブックマーク】で応援お願いします。




