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「はぁー、食った食った」
「治、ニンニク入れすぎ! 臭い!」
「ふっ、サリィもまだまだだな」
家系ラーメンとライスの相性の良さは分かったみたいだが、味変ニンニクの素晴らしさが分からないようでは真髄に触れられないぞ。
家系は卓上調味料との組み合わせで無限に進化する。自分好みの味を模索していくのも楽しみの一つだ。
「こんな臭くなるなら無理して入れたくないわ。普通に食べても美味しいし」
「チッチッチ」
「だからそれ、ウザいからやめなさい!」
やれやれ、新世界への扉は目の前にあるのにな。
「まーまー二人とも! 美味しかったんだから、いいじゃないですかー」
「――そうね、美味しかった」
「治さん、ごちそうさまでした!」
「その……ありがとう、治」
二人はペコリと頭を下げた。そんな風に言ってもらえると奢った方も嬉しい。
財布の中身は寂しいが、心の中は満たされていた(笑いポイント)。
「俺も二人と食事できてよか――――」
「やっぱり、ニンニク臭いからあんまり喋らないで」
「うぉい!」
素直な気持ちを伝えようとしたらこれかよ。
「あはは、口直しにデザートでも買っていきますか?」
「それいいな。一希も時間あるんだろ? せっかくならウチに寄ってけよ」
俺も甘いものが食べたかった。なんなら酒も飲みたい。
「いいんですか! やったー、お邪魔しまーす!」
「みんなでゲームしようぜ。トランプとかでもいいし」
「ほんと、ゲーム好きですよねー」
テレビゲーム、ボードゲーム、カードゲームなんでもいい。昔からみんなで遊べる娯楽が好きだった。複数人でワイワイ楽しむのが醍醐味だよな、ゲームは。
心はいつまでも少年のままなのである。
「ゲーム?」
異世界人のサリィが知るはずもないよな。よし、こいつはカモだな。
「俺は初心者にも手加減しないぜ。負けたら罰ゲームな」
「大人気ないよ、この人……」
心は少年のままなので。
「とにかく喧嘩を売られていることは理解したわ。いいわよ。その喧嘩、買ってあげようじゃない」
「ふっ、威勢だけはいいな。とりあえずゲーム大会をするなら菓子やアイスはマストだ。スーパーまで買い出しに行こうぜ」
負けたらどんな罰ゲームを受けてもらおうか。
泣かせちまったら悪いからな。初回くらいは軽めの罰ゲームにしてやるか。
***
「すごい! またサリィちゃんの勝ち!」
「くそ、なんで勝てないんだ! もう一回!」
――――さっきまでの発言が負けフラグになっていた。
初心者だと侮って、ババ抜きや七並べなどシンプルなゲームで勝負をしていたが、連敗を喫し、悔しくなってスマブラで勝負を挑んだが普通に負けた。
簡単な操作を教えただけなのに飲み込みが早すぎる。言いたくないが、天才かよ。
「その前に罰ゲーム。カード引くね」
罰ゲームトランプで罰の内容を決めている。勝敗が決まる度に一枚引いていくルールでやっているが、サリィが0回、一希が2回、俺が8回と散々な結果だ。
「えーと――あはっ! 『今日一日、一位に対して敬語を使う』だって!」
「はぁ!? どうしてサリィなんかに!」
「あれれー? そんな口の利き方でいいんだっけー?」
過度な煽り口調が腹立たしいが、この場において敗者に物申す権利はない。
「も、もう一戦、お願いできないでしょうか……さ、サリィ様……っ!」
「ふふ、これは気分がいいわね!」
ちくしょう、こんな風に負けたままではいられない。
「次だ、次! 次行くぞ――じゃなくて、次お願いします! クソッ!」
「ちょっと休憩! お菓子食べたいし!」
ヒートアップしている俺とは違って、買い込んだ菓子に興味津々だ。
スーパーで揃えたのに、そこそこの金額になった。気になったものを片っ端からカゴの中にぶち込まれた結果である。
「このチョコパイ(?)美味しすぎ! ふわふわの生地はもちろん、外側の甘さと内側の甘さにコントラストがあってクセになっちゃう! こんなの無限よっ!」
「よくそんなに食べられるよね……ボクもうお腹いっぱいだよー」
「こいつの胃袋は一体どうなってるんだ」
何よりも恐ろしいのは、大量の菓子をすでに半分近く食べ切っていることだ。
「え、二人とも食べないの? やったぁ! じゃあ全部もーらいっ!」
「デブ猫まっしぐらだな」
「なんか言った?」
「なんでもございません」
目が殺意に満ちていた。天才危うきに近寄らず。
「それにしても……こっちの世界って、色々なものがあるよね」
「どうしたいきなり?」
「敬語」
「……突然どうなされましたか?」
真顔で注意された。罰ゲームに絶対妥協を許さないタイプかよ。
「私、記憶のあるなしが曖昧なんだけどさ。それでも、こんな美味しいものとか、楽しいものは、あっちの世界にはなかったよなーって」
客観的に見て、俺たちの時代はとても恵まれている。サリィがいた世界の文化レベルは知らないが、さながら浦島太郎のような気分なのだろうか。
「そうだよ! これからもサリィちゃんを退屈させないよ、きっと!」
「うん……私も……そう、思う」
サリィは寂しそうに笑っていた――――その顔を、見てられない。
「はい休憩終わり! 次は桃鉄だ! 俺の本職は社長だからな、絶対負けん!」
「でも、治さんってお金稼ぐ能力ないですよねー?」
「うるさいわい!」
事実でも言ってはいけないことがある。
「どういうゲームか分からないけど、治には負けないんじゃないかな」
「はっ! 後で泣いても知らな――知りませんよ!」
敬語を使えと圧を感じたので訂正しました。
だが、そんな態度を取れるのも今だけだ。真の勝負はこれからだぜ!
***
「ん、何時だ」
夜中にふと目が覚めてしまった。
あくびをしながら時計を確認すると時刻は深夜三時だった。
当然ながら一希の姿はない。かなり遅くまで遊んでいたが、午前中に荷物の受け取りがあるとかで終電で帰ってしまった。
普段であればこんな中途半端な時間に起きることはないのだが、ゲームで盛り上がっていた興奮が冷めていないのかもしれないな。
え、桃鉄の結果? 負けましたけど、何か?
「寝酒でも飲むか」
冷蔵庫に缶チューハイが残っていたはずだ。
眠っているサリィを起こさないよう慎重にベッドを横切る。
「…………い」
「なんだ起きて――――え?」
サリィがうなされていた。
その目には光るものがあり、静々と零れ落ちる。そして縋るようにして、プレゼントのぬいぐるみをギュっと、ギュっと、強く抱きしめていた。
「……こわい」
どうして気が付かなかったんだ。
気丈に振る舞っていたって、こいつはまだまだガキじゃないか。
記憶がない状態で見ず知らずの世界に来て、弱音を吐かずにやってきたのが、無理していない訳がないだろうが……っ!
母親が死んだ時、姉貴が消息不明になった時、最後の肉親である親父が死んだ時、自分がどれだけ泣いて喚いて、周囲に迷惑をかけたのかを忘れたとは言わせない。
そう考えたら、今のこいつがどれだけ凄いか。
「お前はよくやってるよ」
ベッドに腰掛けて、うなされているサリィに優しく語りかけた。
「俺にはもう家族がいないし――って、姉貴を死んだことにしたら悪いか。まぁ、現状は天涯孤独な身の上だからさ。お前の気持ちは多少なりとも分かるよ」
一人ぼっちになるのがどれだけ怖いか、寂しいか。
俺は仲間の支えに助けられたが、サリィはその繋がりを失ってしまっている。
「お前の事情は知らないけどさ。もし帰りたくなったら、絶対に元の世界に帰してやる。だから安心しろよ。俺は天才だからな」
なーんて、寝てる相手にギャグかましても意味ないよな。
「俺はお前の味方だからさ。望むならいくらでも力を貸してやるよ」
起こさないよう静かに頭を撫でる。
サラサラした髪とモフモフ耳のコントラストが楽しい。やばい、クセになりそうだ――でも、そんな下心は捨て去ろう。
ただただ無心で、こいつが悪夢にうなされないように、これ以上涙を流さないように、寂しいと感じないように、優しく撫で続ける。
「すぅ……すぅ……」
サリィの寝息は落ち着いたものになっていく。そして、俺の意識も――――
***
「なるほど、そういう感じか」
窓から差し込む光で目を覚ます。いつの間にか朝になっていた。
眼前にはスヤスヤ眠るサリィの姿がある。なるほど、天才的な頭脳で瞬時に理解した。頭を撫でているうちに寝入ってしまったのだろう。
「(まずは落ち着くことが肝心だ)」
さて、「寝顔だけは天使みたいに可愛いな」とか考えている場合じゃない。このまま目を開けて「な、何してんのよっ! 変態!」となるのが容易に想像できてしまう。
「(ゆっくり、息を殺して、ベッドから離れればいい。簡単なことだ)」
――――突然、くしゃみをしたくなったりしなければね。
「(ちょっと待て、ラブコメ神よ。冷静になれ。冷静になるんだ)」
おいおい、そんなに定番展開が見たいのかよ。
いわゆる『お約束』はある種の様式美かもれないが、悪く言ってしまえばマンネリとも捉えられるぞ。
どうせなら、もっと劇的な……あ、無理……で、出ちゃう……!
「ハックション!!」
「え、なに――――うぇ!?」
当然、サリィは目を覚ますよね。知ってます。
「ど、ど、どうしてっ! 治が、私のベッドにっ!?」
「えと…………夜這い?」
「コロス!」
あはっ、それからは暴力の嵐だよね。殴る蹴る殴る蹴るのフルコンボだ。
「信じらんないっ! この変態……っ! バカ、バカ、バカ!」
「痛って! 痛てーっての! ちょ、やばい! それ以上はまじで死――」
満足ですか、ラブコメ神。
俺の顔面を「たこ焼き」にするのが貴方の望みですか。悪いっすけど、もうこの展開は無しにしてくださいね。
次やったら、命はないですよ――――――俺の。




