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サリィと出会って一週間が経過した。
ダンボール箱で眠っていたサリィと遭遇して、まだ七日しか経ってないとは思えない。そんな短い期間ではあるが、俺たちは十年来の関係みたいになっていた。
「牛乳なくなりそうだから買ってくるけど、他に何かいるー?」
「わりぃ、助かる……あ、シャンプーもないかも」
「了解っ! お財布、借りてもいい?」
「ちょい待ち」
現金入ってるかなー。最後に下ろしたのがだいぶ前な気がする。
「(うむ、日用品を買えるくらいの金額はあるな)」
しかし、口座にいくらあるのかは怖すぎて確認できない。現実逃避なのは分かっているけど、観測したら確定しちゃうわけじゃん?
同じ理由で健康診断とか受けない。結果を知らなければ健康体でいられる。
「治……?」
急に黙り込んでしまったせいか、サリィが不安そうな顔をする。
「いや、何でもない。んじゃ、これで買い物頼むわ。菓子は三百円分までな」
「子供扱いしないでよね! お菓子がなくてもへーきだしっ!」
「三百円じゃチョコパイは買えないか。上限撤廃で構わんぞ」
「ほ、ほんとぉ!? やったぁ! ――――あ、えと、これは違うからね……っ!」
取り繕っても無駄である。先週はじめて口にしてから、サリィはチョコパイの虜だ。
余ったチョコパイを一個ずつ大事に食べているのを知っている。
「素直に喜んだ方が可愛いげあるぞ?」
「可愛げなんて無くていいし!」
「ちょっと生意気なくらいがサリィらしいか」
「うるさいわね、もう! じゃあ、買い物に行ってくるから!」
プリプリと怒りながら玄関に向かっていく。
「あーそうだ」
「もう、今度は何よ!?」
「車とか不審者には気をつけろよ」
一人で外出するようになったが、この世界に慣れていないのは変わりない。
「また、子供扱い?」
「普通に心配しちゃ悪いか?」
ウザがられるのは分かっているが、つい余計な口を出したくなってしまう。
「そ、そんなことはないけどっ!」
「俺の優しさを受け取っておきな。感動のあまり泣くなよ?」
「押し付けがましい! こんなんで泣かないわよ!」
「それもそうか」
生活のリズムを掴めてきたのか、ここ数日はサリィの精神も安定していた。
メソメソしているよりはいつもの高飛車な態度の方がいい。先週の夜みたいに泣いてるところは見たくないからな。
「ま、まぁ? 大事に想ってもらえるのは……わ、悪くはないけど?」
忙しなく指遊びをしながら、目線を下に向けている。
やれやれ、やっぱり素直じゃないなー。
「お礼はチョコパイ一個でいいぞ」
「それは絶対にダメ!」
「相変わらずの食い意地だな、おい」
最近はこんなくだらない会話を繰り返している。けど、存外悪くはない。
「はいはい、じゃあもう本当に行くから! いってきます!」
「おう、いってらっしゃい」
いよいよサリィも外出してしまい、一人ポツンと部屋に残される。
「さて、と」
サリィもいなくなったことだし、やるべきことをやらなくてはな。
今の俺には重大な問題がある。それを解消しないことには、サリィとの共同生活の存続も危うい。やはり、いつまでもこのままという訳にもいかないよな。
「自家発電がしたい!」
部屋の真ん中で堂々と宣言していた。
サリィと出会ってから禁欲が続いている。あいつは無駄に嗅覚とか聴覚が鋭いからな。そんな最中で生じた好機。これを逃すわけにはいかない。
「あーなんだよ! こんな時に!」
と思っていた矢先、スマホに電話が掛かってくる。
画面に表示されている名前は見慣れたものだが、この人物から電話が来ることが滅多にないので勘繰ってしまう。
『どうした、明里。電話なんて珍しい』
『ういー。今って時間大丈夫――いや、ニートだし暇だよね』
『そんな嫌味を言うために掛けてきたのか』
電話の相手は明里だった。メッセージでも頻繁にやり取りはしないし、ましてや最後に電話が掛かってきたのはいつ以来だろうか。
『そうじゃないけど、事実でしょー?』
『暇ではないぞ。やらなきゃいけないことがあるんだ』
『やらなきゃいけない?』
『あぁ、溜まっていた性欲を解消しないと』
体のメンテナンスも、俺のようなフリーランス(?)にとって重大な仕事だ。
『うわー。キモいを通り越して、もはやグロいねー』
『お前の作品をオカズに使う予定だった』
『今世紀イチ聞きたくない情報で草』
あまり嘘や隠し事が得意じゃない。腹を割って話をすることが、真の友情に不可欠だと思っている。
『んで、急に電話なんてどうした? 金なら貸さないぞ』
『そこまで落ちぶれてないわよ』
ひどい言われようである。
『じゃあなんだよ。また何か困り事か?』
『違う違う。アルケミーで薫子さんの生誕祭やるんだけど、今日空いてる?』
『薫子さんがまた一つ歳を取るのか。本人はすげぇ嫌がりそうだな』
『かもねー。今回のパーティーも常連達からのサプライズってことになってる。先に企画を伝えたら渋られそうだし』
薫子さんはアルケミー常連の一人だ。敏腕女社長。樹脂加工メーカーの三代目であり、業績が下がり続けていた会社を、一気に右肩上がりにした立役者である。
しかし、働いて結果を出すほど婚期が遠のいていく。
酔っ払った時の口癖は「結婚したい」だ。
『祝いたい気持ちはあるんだけどな? その、なんだ。会費っていくらよ?」
『プレゼント代込みで一人あたり「八」くらいもらってるー』
『つまり、八百円?』
『小学生じゃないんだからさ。千円単位でしょ』
電話越しでも分かる呆れ声だった。
『な、なるほどなぁ……随分とブルジョアなパーティーだなぁ……』
『いやいや、普通の社会人が動揺する額ではないでしょー』
『俺、普通の社会人じゃないし』
『知ってる』
『こうなったら仕方ない。今からパチンコで稼いでくるか』
現代の錬金術を試みようではないか。
根拠はないけど今日は勝てそうな気がする。人の誕生日を祝う金だからな。ギャンブルの神様もきっと味方してくれるはずだ。
『溶ける未来しか見えないから止めなー。そういうこと言い出すと思ったから、わざわざ電話したんだってー』
『ん、どういうことだ?』
『どうせお金ないんでしょ? この間のお礼もあるし、今回は私が出すよ』
『出す……? 出すって……ただ……?』
『貸したところで、たぶん返ってこないだろうし』
『おばさん……優しいおばさん……』
涙が止まらない! 僥倖っ……! なんという僥倖……!
『誰がおばさんよ。ふざけてると、お金出さないからねー』
『うそうそっ! 明里、めっちゃ美人! マジ天使! 超・女神!』
『ほんと調子いいんだからー』
やったぁ! 皆と酒が飲めるぞ! うれぴぃ! しかも奢りとか最高すぎる。
……でも、待てよ。そんな場に俺一人で行くのも憚られるぞ。
『怒らないで聞いてほしい』
『不安になる枕詞なんだけどー』
『ほ、ほらさ! サリィとか一希も色々と手伝ってくれたんだよ! なのに、仲間外れは可哀想じゃん? ……あいつらも呼んでいい?』
『はぁ、それを口に出せる図太さが治らしいというか』
『これが俺の強みだ』
『弱みでもあるけどねー。まぁ、安心して。二人のことも織り込み済みだから』
俺の考えることはお見通しみたいだ。
二人にも声を掛けておいて、と明里は最後に付け加える。
『さっすが明里! 愛してるぜ!』
『はいはーい。準備があるから、治たちは一八時にアルケミー集合ね』
電話を切る。そうと決まったら出掛ける準備をしないとだ。
「ただいま! あれ、なんかご機嫌ね?」
タダ酒にテンションが上がり、ウキウキで身支度しているとサリィが帰宅してきた。
「おう、おかえり! 聞いてくれよ」
明里との電話内容を共有する。
「ってことは、萌葉さんのご飯が食べられるってこと!? やったぁ!」
食べ物が絡むと分かりやすいな、こいつ。欲望に忠実というか――――欲望?
「あ、あぁ!!」
「突然なによ!?」
思い出した。俺はそもそも何をしようとしていた?
この溢れんばかりの性欲を解消するんじゃなかったのか。意識をしたら途端にそのことしか考えられなくなる。
「サリィ、今から一五分くらい外出てくんない?」
「え、なんで?」
自家発電がしたい――なんて言えるわけがない。
「えー、なんか体の調子が悪いというか……コンディション的な問題が…………」
「だ、大丈夫!? 私になにか出来ることある?」
やめてくれ、心配そうな顔をしないでくれ。その純粋さが眩しすぎる。
そして、そんなサリィの「なにか出来ることある?」という優しさ対し、やましい想像をしてしまった自分が嫌いになりそうだ。
「……いや、やっぱ大丈夫。さっきのは忘れてくれ」
俺のマグナムが、どこか暴発しないことを祈るばかりである。




