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【完結】ズヴェーリ 英雄叙事詩 改訂版  作者: 乘越唯響
番外編 大都会の片隅で編

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第四話 兄との思い出

常闇の心の世界から抜け出す為に、悩みながらも生きるソフィヤの前に、戦争の火の粉が降りかかる。

 初秋 私の日常は恐怖に染め上げられた。

 私が住む西区の入り口にある「街道」にまで敵軍が迫り、ここを抜かれれば、敵軍が「西区」へ侵入するという危機的な状況だったのだ。


 カラハット正規軍は事ここに至るまで、局地戦で敗戦に敗戦を重ねて、無数にあった防御陣地である「砦」も残す所あと一つとなっていた。


 小競り合いや陣取りでは勝利はあったかも知れない。だが拠点を失った事でそれらは全て無駄に終わり、これまでに失った全ての命も無駄になった。


 西区市民は順次避難を始めるも、先の戦闘でカイ市はそれなりに大きな被害を覆っており、避難は時間がかかった。



 数日が経つと、前線部隊が敵と交戦状態に入ったと報道された。西区に近いからか、いつもよりメディアの報道は早く、荒々しかった。だがかえってそれは人々に等身大の戦場を見せる事につながった。


 画面にはカッコ良さも何もない、怒号や悲鳴が飛び交う混戦が状態が写し出されていた。隊列を組み、ズヴェーリや人が交わる。


 そこでは激しく血潮が吹き荒れる「惨劇」が繰り広げられるられており、そこから数kmも離れれば、チマチマした小競り合いで、ピリついたストレスだらけの兵士達が戦っていた。国営放送が無修正の戦場を見せる等、前代未聞だった。


 だが、事態はそれくらい緊迫しているのだという事を、カイ市市民全体が知る事となった。


 私達もそう遠くない内に発令されるだろう避難命令に備えて、荷造りを始めていた。


「折角……勇気を出して捨てたばっかなのに……。また、減らさなきゃなんて……」


 私は困惑しつつも不幸には慣れたフリをして、持てるだけの荷物を選別した。複数のバッグに詰め、残ったものを目に焼き付けた。


 しばらくしたら私は家族がどんな状況かを知りたくて、母の元へ向かった。すると母は、何を持っていこうか迷っている様だった。私は手伝ってあげる事にした。



「何持っていこうか迷ってるの?」


「ワァびっくりした!」


「ご、ごめんなさい」 


「ハァ……。全部捨てられないの。ここにあるのはお母さんの私物であって、お母さんの私物じゃないもの」


「どういう事?」


「ここにあるのはね。あなた達がまだ子供だった頃にくれたものや、お父さんとの思い出のものばかり」


 少ししんみりしてる母とその部屋を見て、私は何だか切なくなった。今までしっかり観た事はなかったが、母の部屋には私や兄弟の幼い頃の思い出の品々が溢れていて、まるで子供部屋の様になっていた。


「でも全部は持っていけないし」


「だから困ってるんじゃないの……。あなたにあげたお兄ちゃんの遺品だって、勝手に捨てちゃうんだから」


「ご、ごめんなさい……」


「まぁ良いわ。いつまでも、思い出に耽ってたって意味はないもの。本当は、捨てるべきだって思ったわ。ケジメをつけるべきだって。でも、お母さんには何も捨てられなかった……。……フフ。あなたには勇気があるわね」


「ええ、え……。あ、ありがとう。ねぇ……お母さん」


「何?」


「もう、全部捨てよう。お兄ちゃんの遺品を全て捨てたのは悪かった。でも、お父さんの遺品も何個かだけを持って、他は捨てるべきだよ。それに……」


「それに……?」


「私やペーチャの思い出は、これからも創れるでしょ。これからに役立つものの為に、持てない思い出の品々は捨てよう。過去の為に未来を捨てたら元も子もないよ」


「そうね……。お母さんもそう言って欲しかったのかも知れないわ。あなたの言葉のお陰で、これからの為にお父さんの遺品を捨てる勇気が出たわ。……ありがとね」


「うん……!」



 ――私は母の部屋から離れた後、弟のペーチャの部屋へ向かった。ペーチャの部屋は薄暗く、中に入ってから気づいたが、私はこの部屋に来たのが久しぶりだ。数年ぶりにこの部屋に来た事に気づいてそれなりにビックリしたが、本題を思い出した。


「どう、荷造りは出来た?」


「出来てる」


「そ、そっか」



 二人の間に沈黙が訪れた。これはよくある光景だ。しかし、今回はペーチャが沈黙を切り裂いた。


「良くこの部屋で兄さんとダンスを踊った。二人でアイドルの曲をね」


「覚えてるわ。意外と兄さんはダンスが下手で、ペーチャは上手だったね。だから、兄さんは途中で突然ラップを口づさむの。ダンスの間合いは下手なのに、ラップのリズム感は上手くて、突然始まるラップに二人して笑ってたわよね」


「そうそう! 初めは笑ってたけど、次第に僕はダンスで兄さんのラップに戦う様になってた。僕もダンスで張り合うのが好きだった。……まぁ、もう今は太っちゃってて下手くそだけどね。ダンスをするのは、恥ずかしい」


 珍しく笑うペーチャから、思わず目が離せなくなった。二人で話すのはいつぶりだろうか、それさえ思い出せなかった。そして、改めてまじまじと見詰めるペーチャは、やはり肥満だった。



「でも、今でもたまにドタバタ聞こえ……」


「い、いやぁそれはなんでもなっ!」


「……そ、そうなんだね」


 再び訪れた沈黙を切り裂く事は出来ず、私は不自然にはにかんで足早に部屋から出た。自室に戻った後私はそんな、何だか分からないが「幸福感」に満ち溢れていた。


 でも多分それは、変わらない弟と話せた事だろう。小さな事だが、止まっていた「時間が動き出した」気がして嬉しかった。


 それだけじゃない。彼の部屋にはあらゆる本が置いてあった。時々配達されていた彼宛の荷物の中身を、私はてっきりおもちゃだろうと勘違いしていた。


 だがそれは間違いで、彼は勤勉になっていた。これも全て、兄の影響だろう。



 兄は常々言っていた。


「楽しい事をやんないとダメだ。俺に言わせりゃ人は皆、(なん)かのヲタクだ! 好きなもんにはとことん詳しくなって、それで金稼ぐのが二十一世紀の生き方なんだ!」


 兄はそういって、得意な事を極めようとしていた。学校の勉強はあまり良い成績じゃなかったけど、それでも兄は、大好きだった「宇宙」については誰よりも詳しく、(まさ)しくヲタクだった。


「俺もいつか、ユーリ ガガーリンの様に宇宙へ行く」


 私は、いつも兄が語ってくれる「夢の話」が好きだった。何度も同じ話をしているのに、私は飽きずにそれを何度も聞き続けた。兄は一通り話続けると、決まってこう言葉を掛けてきた。


「なぁ、今どんな夢を持ってる?」


 私はその問いに、いつも思い付きで答えていた。今日起こった嬉しい出来事や、TVやSNSで見た可愛いものにすぐ影響を受けて、毎回違う夢を語っていた。そして毎回、決まったやり取りをした。



 ――九年前


「私の夢はね、トゥリーニルになること! 可愛いズヴェーリたんを連れて、いっぱい活躍するんだ!」


「そうかトゥリーニルかぁ。一度は誰しもが夢を見る職業だよなぁ……でも、この前はyoutuberって言ってなかったか?」


「分かってないなぁ。youtuberも、トゥリーニルもなるの! youtuberだけじゃ人気者になれないから、トゥリーニルにもなって、そっちの方でも有名になるの。初めはゾユーシュカとか、サーシャ達とyoutubeを始めるの。でもすぐに有名になれないから次第に冷めてくるの」


「え、冷めちゃうの?」


 兄は表情豊かに、私の話に反応してくれる。家の庭の草の上で寝転びながら星空を眺め、こうやって話す事が幸せだった。



「そう! それでね、ゾユーシュカがもうやめるって言い出すから、私は喧嘩になるの。サーシャは二人の間を取り持つんだけど上手く行かなくて、三人はバラバラに。私は一人で続けて、そして皆が夢見るトゥリーニルになる事で徐々に知名度は上がっていくの」


「ほう……それでそれで?」


「人気者になった私はトゥリーニルとして決勝戦を戦うんだ。そして最後に私の前に立ち塞がるのが……」


「立ち塞がるのが……?」


「ゾユーシュカ! 激熱展開でしょ! !」



 私はコロコロ変わる自分の夢に辻褄を合わせようとして、いつも即興で作り話をしていた。


 兄は私の稚拙(ちせつ)な作り話にも反応してくれて、最後には必ず面白いと褒めてくれた。それが嬉しかった私は、物語を巧妙にしていく努力をした。


 私がそれを話して聞かせている間に時々兄を見ると、話に引き込まれていて、どこか違う所を見ていた。

 兄はしっかり最後まで聞いてくれて、その後に必ず私の想像力を褒めてくれた。


 私は、それが何よりも幸せだった。思えば、私が小説やポエムを好きになったのは、幼い頃に文字を読む事に免疫をつけていたからかもしれない。幼い頃に小説を読んだりしていたのも、自分の想像力をもっと拡大させたかったからだ。そうすれば、もっと兄を楽しませてあげられる。そう思ったからだ。



 ――現在


 ふと思い出した。私が将来トゥリーニルに成りたいと言ったその日の会話を、もっと細かく思い出した。その時、兄はこう言っていた。


「ねぇ、どうしてお兄ちゃんの夢は、宇宙に行く事なの?」


「……知ってるか? ズヴェーリって、宇宙には居ないらしいぜ。地球にはどこにでも居るのに、不思議だよなぁ」


「ズヴェーリだけじゃなくて、全部の生き物が居ないよ?」


「そうだけど、全ての地域にいる生物なんて居ないだろ? どんな生物も原産地がある」


「そうだね」


「でもズヴェーリは、例外なく世界各地にいる。そんなズヴェーリでさえも居ない宇宙という世界。興味が湧かねぇ訳がねぇよ!」



 兄は、ズヴェーリは世界各地に居ると言っていた。それは疑いもない事実だ。


 ズヴェーリとは戦争で高火力の「兵器」として利用される程、決まって獰猛で「狂暴」な生物の総称。その姿は、(ズヴェーリ)と呼ばれるに相応(ふさわ)しい。


 だが私が幼少期にトゥリーニルを夢見たのは、そんな(ズヴェーリ)に憧れたからじゃない。「可愛いズヴェーリ」に憧れたのだ。


 この歳になって教養を積んだから分かるのだが、「可愛いズヴェーリ」というのはこの島の固有種だ。おぞましい生物だったからこそ世界中で生き残ってきたズヴェーリだが、この島にはそうでないのも居る。それは何故なのだろうか? 。



 私は無性にそれが気になった。この島が世界中で人気のある、ズヴェーリを闘かわせる格闘技である"闘獣”の強豪である事も、何か影響しているのだろうか? 。


 だがそれでは、戦うのには不向きな可愛さを身に備えたズヴェーリが居る事の説明には、なり得はしない。むしろ逆じゃないか。


 私は、すぐにその答えが見つけられはしなかった。



 ――数日後、世間は更に混乱に極められていた。

 街道を突破され、ドストエフスキー砦も制圧されてしまったのだ。


 つまりそれは、敵がこのカイ市まで侵入するのを阻む事は出来ない、そういう事だった。私はこの期に及んで、恐怖に震えた。「西区区民」の避難は始まっていても、私達家族の避難の目処なんてたってない。


 だがあのあと数日もしない内に、敵は必ずやって来て、私達は殺されるだろう……。  


 とうとう死ぬのか……死ねるなら、それも「本望」だ。それが運命というのなら、甘んじて私は受け入れよう。やっと辛い今から逃れられるのなら、痛みや恐怖で泣き叫んでも、甘んじて死を受け入れよう。


 本心だ。私は、辛い現実から逃げたい。



 ――その日の内に、私はゾユーシュカから連絡を貰った。

 彼女は今日、安全な東区へ移動するらしかった。会う時間もないらしい。運命とは残酷だ。


 最期に彼女と会う事も叶わないのだ。私は、避難の目処がたっていない事を含め、彼女と数分話した。一瞬だった。やがて、移動で慌ただしい彼女は、電話を切らなくてはならない時が来た。


「お元気で。今までありがとう」


 彼女のその言葉は一生の別れを意識していた。二度と会えない。もう声も聞けない。それを知った私は悲しくなった。


 私は泣きながら電話を切って、人生最期の数日を過ごす覚悟を決めた。



 ――数日後、西区の最西端の一角に、敵が侵入してくる姿を、TVで確認した。メディアが遠目にカメラに収めるその姿は、これまでに何度も戦闘の映像で報道されてきた「異国人」のものだった。


 見るからに「漢民族」と分かるその姿は、一連の戦いを経た猛者の顔をしていた。


 母は目を見開き、絶望の表情で画面に釘付けになっていた。弟は、怒りをあらわにした表情だ。きっと、全カイ市市民が同じ映像を観ている事だろう。


 西区に住む私達は、どうする事も出来ずにただ、彼らに殺されるのを待つのみだった。


 第四話 終

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