第六七話 謀反の兆し
午後三時一◯分。
私怨も交えたチャリオット隊の攻撃で、スフバートルを討ち取った。この追撃はチャリオットの速さの面目躍如であり、侵略者に対する怒りが建物内での戦闘に火をつけた。
またスフバートルが外に置いた兵士たちはWagnerや民兵と交戦し、両軍合わせて多数の死傷者をだし、Wagnerもまた意識不明の重症を負った。
午後三時一五分。
カダイは包囲の中でも「豪胆」な攻撃を続けた。包囲するのが義勇兵であったことも相まって、カダイの指示で彼を守る二百の兵士は一斉に突撃し、包囲を「突破」した。
正規軍はこの突破を予想しておらず、チャリオットが居ないために全力で逃走するカダイに距離を離されてしまう。またビル崩壊地点で敵に蹂躙される友軍からも援護要請が相次ぎ、既に西区正規軍は危急存亡の正念場にあった。
また作戦初期のビル崩壊で完全に予定を番狂わせにされていて戦闘の主導権を失った正規軍は、逃亡するカダイを前に完全敗北を悟った。しかし、思わぬ勢力が参戦してきた。
午後三時半。
参謀本部より、西区作戦本部のDrakeらに援軍の報告が入った。それはLeinholt大佐からの報告だった。つまり援軍とは、尋問が行われているはずの"獣王”だった。
――秀二はLeinholtから出撃の命令を受けた。
Leinholtは、長老と協議を計り秀二に宿る能力の正体「祈り」であると仮定し、一旦は彼を正体不明の能力を保有する「危険人物」として扱うことを辞めた。
そして西区のLucasからの援軍要請に応え、戦闘開始前から秀二を参戦させてカダイを殺し、ここで次の外患に繋がる種を絶やすことを決定していた。
秀二は参謀のLeinholtから信任されたことで、再び実戦をおこなうとなった。戦場は街道より西側の、青山地区とカイ市西区のハートランドだ。西区正規軍にカダイを追い立てさせ、逃れて来たカダイを大群で包囲し殺害することが彼の役目だった。
やがてカダイは目論見通りに街道を抜け、ハートランドへ侵入してきた。しかし、カダイは突然逃亡する足を止めた。
「こんなにも全速力で駆けているにも関わらず、野生のモリが襲いに来ないとはおかしい。まさか……"獣王”がいるのか?」
カダイがこの状況を怪しみ出し、秀二は一つの丘を挟んだ六キロメートル先で待機するも会敵しなかった。
カダイの行軍停止を見てLeinholtはこう思った。
「やはり秀二の力量では適切な個数のカムイのみを操ることはできなかったな。未だに能力不足で広い範囲のカムイをまとめて動員することしかできなかったから、敵に感ずかれてしまったんだ」
彼は余裕からにやけ、内心で彼を見くびった。
「"獣王”とはいえ所詮は子供だ。我がルーシにとって危険な存在になるなど杞憂だったか」
そうして彼は再び戦場に集中した。だがこうして彼を騙すことが秀二の目的だとは、彼は知るよしもなかった。
――一方の蒙古兵は追撃を恐れた。
「カダイ様、追撃に合わぬ内に前進しましょう!」
だがカダイは危険を察知していた。
「いや、この状況はおかしい。もしやあの丘の向こうにモリの大群が控えているかもしれない……!」
カダイの野生の感とも呼べる千里眼で進軍が止まったことで、秀二は焦った。
「ここで取り逃がしたら、すべて台無しだ!」
「焦るな秀二、カダイをここで足止めできれば、いずれ我が軍の追撃部隊が到着する! ここで足止めさえすできれば良いのだ!」
Leinholtの言葉など秀二の耳には届いていなかった。彼の幼い心はすぐに不安に苛まれた。彼は内心こう思っていたからだ。
「俺がカダイを殺らなくちゃダメなんだ……! 俺がこのアンゴル モアを殺らないと、俺はそれを凌ぐ恐怖の象徴"獣王”として君臨できない……!」
焦る余りに彼は、軽率な行動を取ってしまう。
「敵に逃げられたらまずい、大群を分けて包囲しないと!」
秀二は無謀にもカムイの大群の側面部隊を両翼に見立てて、その部分を縦に整列させた。そして左右対称の両翼を動かし、丘の向こう側へ移動させた。
そこから、カダイを中心とした円を描くように布陣させ、包囲した。
この華麗な動きを目の当たりにしたLeinholtは秀二に脱帽し、脅威になりかねないと判断し警戒した。
Leinholtは内心こう思った。
「この年齢の子供の吸収力は凄まじい。そしてこの少年は……いずれ我がルーシを脅かす存在になるやも知れない……。生かしてはおけない……! !」
――時を同じくして、包囲されたことにさえ気づかないカダイらは、とうとう追撃を恐れて行軍を始めた。「逃避行」を再開したのだ。そして丘を登った所で、モリの大群を発見する。
しかしカダイは「想像していたよりも少ないな」と呟き、強行突破を考えた。
「もしや、我々が待機していたあいだにモリを移動させて包囲をしていたのか? だとすれば、ここにモリが少ないのも納得が行く」
冷静に判断しながら、彼は水分補給をして進退を考えた。
「そしてもしそうであるならば、敵はすべてのモリを動員して我々を狩ろうとしていることが想像できる。つまり、ここを抜ければ全速力で青山まで駆け抜けるだけだ! 全軍奮起せよ、ここを抜ければ安全な青山へと帰還できるぞ! !」
カダイは青山を目がけて全速力で丘から飛び出した。そしてモリの大群に衝突するも、彼の優れた指揮能力で、まんまとモリの大群を突破した。
カダイは"獣王”を出し抜き、生還出来ると安心した。だがその時だった。青山の方向から無数のモリが迫り来る姿が見えたのだ。
「なぜだ! ? この地域一帯のモリは全て、さっきの丘で振り切ったはずじゃ! ?」
――Leinholtもまたカダイのように驚愕していた。
「どういうことだ……まさか秀二は、個別の大群を同時に操れるまでに成長していたのか! ?」
「そうだよLeinholtさん……。俺は死ぬほど努力してここまで成長したんだ。さっきは正規軍にカダイを殺られると思って焦ったせいで、隠してたこの成長した今の俺の能力がバレることをしちゃった」
虚ろな目で微笑んだ彼は呟いた。その口調は勝利を確信していた。
「カダイを殺したのが正規軍ではなく僕だと分かれば、世間は軍ではなく僕を選ぶ。そしたら僕は先住民の手にこの島を取り戻せる。Leinholtさん……俺の勝ちだ!」
秀二はLeinholtや他の参謀長たちに不適な笑みを浮かべながら、カダイを大群で呑み込んだ。
その光景は、アレク市に初めて蒙古軍が現れた時と同じく荒々しくも繊細な動きをしていて、見た者を恐怖のどん底に叩きのめした。
そして一切の情け容赦のない攻撃で戦場となった大地は「業火」に包まれ、見るものすべてが「焼き尽く」された。
カダイらが殺された場所はオキクルミが眠るシュシュ湖に程近く、Lineholtは長老から聞いた神話「英雄叙事詩」の一節、オキクルミの言葉を思い出した。
「人間たちが争いを起こせば再び自分は人間の姿に戻り、カンナカムイがチキサニカムイを燃やしたように、再び大地を焼き払いに来る」。
Lineholtは元来、非科学的なものを信じない性格だった。しかし目の前に広がる光景と長老の語る「英雄叙事詩」と完璧に一致したこの現実に恐怖を覚え、彼は思考停止に陥った。
そして、瞬きひとつせずおもむろにポケットからナイフをと取りだし、秀二に刺しかかった。
しかし間一髪のところで秀二はそれを交わし、参謀たちに告げた。
「俺がカダイを殺したことは、すぐにメディアやSNSを通じて世界に広まる。世界中が俺を『英雄』と称えるはずだ! そのとき俺は世界に向けて、俺たち先住民の悲痛な境遇について叫ぶ。そしてこの島を、俺たちの手に取り戻すんだ!」
「そんなことはさせないぞ小僧。ここで誅殺してやる! 貴様を殺した理由なんていくらでも後付けできるからな!」
「俺がなんの対策もしてないと思うか! 俺を殺せば、長老を通して中央区の議会付近に集結した先住民たちが軍を攻撃する!」
秀二は殺気だった声で、自分を掌握していると勘違いしていた大人たに、牙を剥き出しにした。
自分を利用しようとするだけで、先住民を蔑ろにする人々。彼らに尽くすことなど、秀二は馬鹿けていると感じていた。
「俺を軟禁してこき使うルーシ人に尽くすなんてバカみたいだ……。密かに集結した先住民たちにやって、街は戦禍に呑まれて焼かれることになる!」
「何だと! ?」
「軍が攻撃されれば、あなたたちは俺を殺す所じゃなくなる。市民だって俺たちに協力して街を戦場に変えるはずさ!」
「どうして市民までもが貴様に協力するんだ!」
「ルーシ人に殺されそうになった「英雄」のために、先住民が一丸となって抵抗したと言えば良い。そうしたら皆も軍を攻撃する。殺されそうになったのは事実だし、俺が『軟禁』されていたことは世界中が知ってるからね!」
秀二は自らが思い描く「恐怖の象徴」としての君臨するため、手始めにLeinholtら参謀をプラーミャを用いて殺そうとした。
それに対して参謀たちもズヴェーリでプラーミャや秀二を殺そうとした。
両者が睨み合い、殺し合いが始まる……。誰もがそう思っていたそのときだった。
「殺しはもうたくさんだ! 全員ズヴェーリを下げろ! !」
殺意に満ちた空間に渇を入れたのは、正規軍長官のAdamだった。
「“獣王”秀二を補佐せよと命令したのに、殺そうとするとは何事だ! 救国の英雄を輔弼するつもりで任務を遂行するべき所を……。貴様らは自分のしていることが分かっているのか!」
激昂する長官に、将兵は無言で立ち尽くすしかできなかった。
「秀二君……君もだ。去年、未曾有のテロから戦争を引き起こした武士団を退けたあと、私たちは先住民を解散させなかった。そうだろう?」
「そうです……」
「それはなんでか分かるかい。過去の歴史を反省して救国の英雄である君を尊敬したから、会が蜂起したことには目を瞑った。それがなぜだか分かるかい?」
「そんなの結局あなたたちの都合でしょ!」
「秀二! 無下に扱わなかったのに、どうして戦争を長引かせるような事をするんだ。どうしてそんなに無謀なことを繰り返して、更なる血を流そうとするんだ……。もう……終わらせようじゃないか……!」
Adamに説得され、秀二には迷いが生じた。自分を軟禁したとはいえ、ここまで育ててくれたAdamに感謝の念を抱いていた秀二。
彼に取って、先生とも呼べる存在の言葉は、耳に逆らいながらも正しいと感じられた。
「だって……未だに、カラハット島は先住民に優しく生まれ変わってなかったから……」
「それはどうしてだと思う? 答えてみなさい」
「分かんないよ……」
「それ戦時中だからだ。戦時中は至る所で自由を制限される。だからやりたいことに時間とお金を割けず、君たち先住民のために島を変えることができなかったんだ」
彼はゆっくりと秀二に近づいた。怒りを感じさせながらも、秀二の気持ちに寄り添うように包容感を与えながら、彼は一歩また一歩と距離を詰めた。
「戦争を長引かせたのは、一重にこの長官である私の責任だ。どうか許して欲しい……。 速く戦いを終わらせて島を建て直そう。君にも協力して欲しい。先住民たちに攻撃を辞めるように言ってくれるね……?」
Adamの説得に、秀二はしばらくなにも答えられなかった。しかし突然、堪えきれなくなった涙を溢れさせ、ひたすら頷いた。何度も、何度も頷いた。そしてAdamは秀二に触れられる距離まで近づき、そして優しく抱擁した。
それから秀二は長老に攻撃の中止を求めた。そしてAdamが約束してくれた先住民への援助を伝達し、長老は不服そうにしながら家へ帰っていった。
こうして先住民会に依る軍への攻撃は中止され、カラハット島は平和を取り戻した
カラハット武士団に依るテロから勃発した青山戦争は、約一年六ヶ月かけて終戦を迎えた。




