第四六話 第二次ワール市攻防戦
北部戦線で"獣王”秀二は、汗だくになりながらカムイに指示を出していた。
「ダオ、俺はこの男を倒さなくちゃちけないんだ……。お前がテロを起こしたから、俺は"闘獣”で毎日を心を燃やすことができなくなったんだ……!」
自分の人生を大きく狂わせたこのダオという魔物に、彼は激しい憤りを抱いていた。そしてダオ率いるカラハット武士団や、ヌルハチ率いる「女真族軍閥」の大軍に戦意を剥き出しにした。
一方のダオも、報告にはあったが初めて目の当たりにした魑魅の大群を前に、「武者震い」をした。
「あれが"獣王”か……。貴様さえいなければ、私はこの島を祖国のために取りかえしていたのだ! 貴様は、私の手で捻り潰す!」
両者はワール市を挟んで対峙した。総勢数一◯万の大軍勢が、再び街を戦場に変えるのだ。これは西部戦線と異なり戦線が膠着している両軍の進退を決める、一大決戦であった。
秀二は不安を感じていた。ヌルハチ率いる軍勢はみな、青山で見た兵士たちとは異なるものの、「奇妙な髪型」をしていたからだ。
「こいつらはやベー奴らなんだろうな……。コタンコロを食い潰した連中とは違うのかも知んないけど、やべー奴らってのはわかる」
髪は後頭部を除いて坊主頭で、残った毛髪は編み込まれながら下に伸びる長髪であった。
「辮髪」と呼ばれる髪型の兵士たちは、とても強靭な兵士たちだ。指揮系統を遵守するその真面目さは、漢民族のように互いに競い合い、また蒙古族のように連携する強さを生みだしていた。
彼らもまた多くの現代人よりも優れた騎馬能力を有しており、強力な兵士だ。
先駆けて“獣王”と戦闘をしている根没喝の軍勢数万は、五分五分の戦いをしていた。
「私の優秀な兵士や霊兽は、漢民族国家を滅ぼした有能な戦士たちだ。だがよく知らない敵を討つのは難しい……。戦いとは情報によって決すると言っても、過言ではないからな」
粘没喝
四九歳
女真族軍閥内筆頭
王族であり実力もある
切れ長の目が目立つ
肩には虎の剥製が乗せられていて、常に威圧感がある
身長一七九センチメートル
体重七一キログラム
厳つい顔で、肩にあるモフモフの鹿の剥製を二度撫でた。
「『彼を知り己を知れば百戦危うからず』敵を分析して自分と比べてみるその事前の探りは、戦いにおいてなによりも大切。それができぬまま戦うとは、分が悪い……」
「戦いの相性というのは大切ですね……。我が軍は戦い方が分からず、無謀な突撃が起こっています。いかがしますか? 、兵士は次の命令を待っています」
「見たこともない異形な軍隊にも恐れをなさないその勇敢さ、これさえ失わなければなんとかなる」
高台の上にある即席の指揮官室。黒いブーツを軋ませて椅子から巨体を起こし、彼は側近と相談しながら思案した。
「敵は個々の霊兽同士の連携が異様に強い。とは言え、敵の布陣自体はとても稚拙で、数で霊兽の塊を作りぶつけるだけだ」
「つまりどうされると?」
「数による力は強くとも経験や学のなさから頭は悪い。“獣王”などというクソガキを欺き、各個撃破を繰りかえす! いくら我が軍が敵に連携力で劣ろうとも、敵が稚拙な輩であるなら、敵を出しぬくことは不可能ではない!」
彼は見た目通りの勇敢さと、そして優秀な将たる知を見せた。
「獰猛な獣をを縛る鎖は強いものだ。軍法という鎖を遵守する真面目な我が軍の兵士や霊兽は、解き放たれればなににも勝る獰猛な獣となるのだ……。それは“獣王”さえも食い殺す獰猛な獣にな!」
粘没喝は軍を一つにまとめて敵に突撃し、そこで敵の塊を分断し攻撃。そしてばか正直に引き寄せられる敵群を、隠していた砲兵部隊に遠目から攻撃し、大群を撃破した。
砲兵とは、強力な遠距離攻撃を行う霊兽を用いた支援攻撃部隊の名称だ。動きが遅く戦闘には不向きな上、繊細で調教が難しく、兵器利用までに金と時間がかかる。
そして陣形で戦場を駆けられない欠点がある。高コストだが上手く用いられればその威力は絶大で、根没喝はそれを上手く運用し、敵を撃破した。
――青山での敗退により崖っぷちである秀二は、彼らを上回るカムイの連携力で敵を包囲した。
ワール市とその周辺の小城や砦でおこなわれた一連の小競り合いでは、秀二は負け戦が多かった。しかしいくらやられても無数のカムイを用いて、いくらでも大群を編成できるのだ。
無視できない損害を出しながらも、秀二は着実に敵の数を減らしていった。圧倒的な物量で、彼は負けても敵を追い詰めることができた。
女真族の戦い方は、よく言えば漢民族や蒙古族の良いところ取りだ。しかし言い方を変えれば「中途半端」だ。つまりは、個々の部隊の力は巨大なカムイ一匹を倒すほど強力でも、秀二率いるカムイたちの連携力には敵わないのだ。
長引くと思われた戦いは開戦して数週間で、そのまま戦線を秀二に押し込まれる形となった。
――進退極まる女真族軍閥は、配下の各部隊長やダオやその参謀である真田を交えて軍議を開いた。ワール市市庁舎の議会だった部屋で、絨毯を敷きつめ、椅子を人数分に直した部屋だ。全員の視線はヌルハチの玉座のような黄色い椅子に注がれ、その背後には、龍が描かれた掛け軸があった。
「こんなにも早く押しこまれるとは思いも寄らなかった。いい案を持つ者はいるか?」
ヌルハチ
六七歳
女真族軍閥を率いる将軍
少し太り気味でおっとりした雰囲気
真っ赤なベレー帽の様なものを被っている
女真族にとって神聖な黄色を基調とした布製の衣服を着用
服には龍の模様が施されている
身長一八五センチメートル
体重七四キログラム
「このまま戦えば、敗れると決まった訳ではない。このままの布陣でいいのではないか?」
崔立
五六歳
頭部にはヌルハチと同様のものを着用
教養の浅さが目立つ無頼の男
身長一七一センチメートル
体重六八キログラム
「それでは、今こうして軍議を開く意味がないではないか! 貴様はいつも先の読めない戯れ言ばかり……!」
「まぁまぁ落ち着きなさい。仲間割れをするべき局面ではないぞ?」
このやり取りを聞いたダオは、ここぞとばかりに空気を読んで口を開いた。
「根没喝殿、貴候は先駆けて“獣王”と戦闘した一人で、もっとも善戦されました。ずばり敵を黙らせるには、あの連携力による対応の速さと的確さを封じなくてはなりませんか?」
「そうだな。それが敵の唯一にして最も強力な要素だ」
根没喝の怒りを緩和させたダオは、そのまま話を続けようとした。しかし次に口を開いたのはヌルハチだった。
「どの兵法書にも書かれていない異形の敵相手に、一度は善戦するなどやはりそちは有能な兵士だな。それで、よい策はあるのか?」
「お褒めにあずかり恐縮であります。策はあります。閣下、我々には数多の驰车があります。それを用いて、"獣王”とかいう数の力でゴリ押しするしか脳のない輩よりも、速く動いて突破してしまえばいいのです!」
粘没喝は自慢気にそう言ってのけた。彼には勝算があったのだ。肩の剥製の上のほこりを払い、彼はヌルハチの賛同を待った。するとダオの横であまり存在感を放たない比較的細身で長身の男が、口を開いた。それは真田だった。
「しかし、驰车が数多あると申されるが、敵の魑魅は未だ一〇万は下らぬ大群。流石に、その数が足りぬと存ずるが……」
見識ある真田の意見に感心した粘没喝は、有意義な問答を期待する全員の注目を集めて語った。
「良い着眼点だな。だが侍よ知っているか? 漢民族には、宋江という男がいた。私と同じ時代に生きたが、巡りあうことはなかった才人だ」
彼がそう言うと、同席する女真族の面々は上の空になり、宋江という男について思いだそうとした。
「この男は多くの好漢を大陸にある沼地『梁山泊』に集め、自国に対して反乱を起こした。この男の配下に、霊兽を鎖で繋がせる『連環馬』という奇策を用いる者がいた」
その言葉に議会はざわついた。多くの人が梁山泊の存在を思い出したのだ。蒙古族台頭の数年前、ヌルハチを頂点とする彼らの国「金」が漢民族国家を攻撃していたころ、国内では国を良くしようとする義賊が蔓延っていた。
連環馬は官軍から義賊になるために落草した男が使っていた戦法だったのだ。崔立は反発した。
「漢民族の戦い方を真似するのか!」
「あぁそうだ……勝つこのがなによりも大切だ。連環馬は鎖に繋がることで、馬力が増えてその速度は速くなる。さらには各個体の間に隙間がなくなり、一匹の巨大な生き物のようになるのだ! この連携力と速さがあれば、"獣王”など敵ではない!」
各部隊を拠点に配置する方針のままでは、軍の連携力に遥かに勝る"獣王”に敗れてしまう事は明白。そのためヌルハチは軍議の結果、粘没喝の進言を採用して結論を出した。
「前線の各拠点二◯数ヶ所に配置した一◯数万の軍、並びに後詰めの数万の軍を集結させる。二◯万の全軍を纏めて、散らばっている敵を各個撃破していくこととする」
粘没喝の進言に反発しかねない人々を睨み牽制しながら、彼は命令を出した。
「我々には数多の驰车があり、速度は彼らに勝る。また工兵には連環馬や、即席の驰车を作らせる。"獣王”が我々の思惑に気づき対応するよりも速く、互いに連携して敵を撃破するのだ!」
ヌルハチは腰帯していた三日月のような刀身の剣、呉鉤を鞘から引き抜いた。そしてそれを掲げて、叫んだ。
「出陣だ!」
ヌルハチの戦略は大当たりであった。正攻法で勝てないと悟った彼の兵法破りな単純明快な策は、大いに“獣王”を破った。全軍を先鋒にするという超短期決戦は、一人で大群を操れるという強力な個性がありつつも、操作が下手な"獣王”には、対処の術はなかった。
また子供の頭脳である秀二は、ヌルハチの思惑に気づくことにさえ時間がかかった。さらに気づいたあとも要らぬ深読みをしてしまい、損害を増やすという失敗を重ねてしまった。
ヌルハチは包囲網を突破してワール市を抜けだし、驰车部隊は混乱する"獣王”を撃退した。
「この地を抜けだしてしまえば、こっちのものだ。敵が再起不能の内に、さっさと抜け出してしまおう!」
普段は温厚で「人徳」があり、的確な判断をくだすことができることで「威厳」を保ち、指揮系統を遵守させる。これがヌルハチのヌルハチたらしめる要素だった。その優れた「判断」で、彼らは“獣王”を出しぬいた。




